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【第2部24章】永久凍土の死闘 (2/8)【助力】

【目次】

【難民】

「シェシュ。わてらは、夢でも見ているのか……あれは、戦乙女たんも?」

「あたいに聞かないでよ、おまえさん。ヴァルキュリアには、6枚も翼はないよ。いや、待って……もしかしたら……!」

 牧場主夫妻は、呆然と言葉を交わす。3対の輝く龍翼を広げた人間態のクラウディアーナは、ふたり組の襲撃者に相対する。無表情だったドヴェルグの顔が、初めて歪む。

「……龍皇女を確認した。蒸気都市のジャックが、おそらく足止めに失敗したのだろう。救援を……」

 ふたりのドヴェルグの片方がアサルトライフルをかまえるなか、もうひとりが導子通信機を手に取り、何事かをぶつぶつとつぶやいている。クラウディアーナは厳しい表情を浮かべ、目を細める。

「セフィロトの者が、使っていた武器と道具……」

 人間態の龍皇女は、苦々しくつぶやく。かつて自分に敵対した勢力が使用していた装備であり、知るかぎり、ヴァルキュリアとドヴェルグの次元世界<パラダイム>に存在するはずのものではない。

「……どのみち、わたくしに刃を向けるというのならば、相手をするだけですわ!」

 クラウディアーナは、まばゆい光を放つ6枚の龍翼を大きく羽ばたかせる。強烈な風圧が凍原をなめ、激しい地吹雪を巻きおこす。

「うわっぷ……!?」

 リングを握る魔法少女が、二の腕で顔を守る。凍原の厳しい気候に慣れているはずのシェシュとエグダルも視界をふさがれる。おそらく襲撃者たちも同様だ。

 龍皇女は足もとの雪を蹴って、ふたり組のドヴェルグへ低空飛行で急接近する。6枚の龍翼から、白銀の燐光がまき散らされる。

 雪の目くらましにくわえ、人間態とはいえ上位龍<エルダードラゴン>のけた違いの身体<フィジカ>能力に、その場に居合わせた全員、動きを追うことができない。

「……遅いですわッ!」

 一瞬でゼロレンジまで踏みこんだクラウディアーナは、襲撃者たちに反応する間も与えず、それぞれの顔面を左右の手でつかむ。ドヴェルグの小柄な体躯が、宙につり上げられる。

「『閃光』の……魔法<マギア>ッ!」

 刹那、龍皇女の両手のひらから激しい輝きがまたたく。まぶたを閉じてもとうてい防ぎきれない光量を浴びせられたふたりの襲撃者は、びくびくと身を震わせる。

 ふう、と小さくため息をついたクラウディアーナは、ドヴェルグたちの顔面を解放する。一時的に視力を潰された襲撃者は、その場に倒れこみ、根雪のうえをのたうちまわる。

「他愛もないですわ。しょせんは雑兵のたぐい……に、しては少しばかり妙な……」

「さすがなのね、ディアナさま!」

 両手に握ったリングを振って快哉をあげる魔法少女の声を聞いて、当座の驚異を無力化した人間態の龍皇女は、優雅さすら感じさせる所作で振りかえる。

 貴人の気品あふれるクラウディアーナから微笑みを投げかけられたシェシュとエグダルは、夫婦そろって思わず居住まいを正す。

 人間態の龍皇女は、白い雪原のうえに横たわり、赤い鮮血の染みを作っているヒポグリフに気づくと、そちらへ歩み寄っていく。

「乗り手のため、勇敢に戦ったようですわ。痛かったでしょうに……」

 半死半生の鷲馬の横腹にできた銃創に、クラウディアーナの白くしなやかな人差し指が触れると、淡く輝く光の粒があふれ出す。『治癒』の魔法<マギア>だ。

 多少なりとも魔術の知識がある牧場主夫妻は、刮目する。この次元世界にも存在するありふれた魔法<マギア>だが、上位龍<エルダードラゴン>の膨大な魔力によって一瞬で傷口はふさがり、体内から銃弾は排出され、あっとういう間にヒポグリフの銃創は完治していた。

「うふふふ、くすぐったいですわ」

 自らに施された魔法<マギア>を理解してか、起きあがった鷲馬はクラウディアーナにじゃれつくようにたてがみをこすりつける。その様子を見て、シェシュは慌てて駆け寄ると、ひざまずき、頭を垂れる。夫のエグダルが、そのあとから追いかけてくる。

「ああ! やはり、あなたさまは……風の大精霊さまに、違いない!! ヴァルキュリアの危機を救うため、おいでなさってくださったのですね!?」

「シェシュ、それはなんたんも?」

「おまえさん、頭が高いよ! 戦乙女の創世神話で、あたいたち一族の最初のひとりをお作りになったとされるお方だよ!!」

「なんと! 神さまだったんも!?」

 ヒポグリフの額をなでる龍皇女のまえにひざをつくヴァルキュリアの妻は、夫であるドヴェルグの頭をつかむと、強引に下げさせる。クラウディアーナ当人は困ったように微笑み、かたわらの魔法少女は得意げに胸を張る。

「えへへへ。なにを隠そう、ディアナさまの正体は……むぐっ!?」

 意気揚々と旅の仲間を紹介しようとしたメロの言葉が、不自然にとぎれる。クラウディアーナが人差し指を立てて、『舌縫』の魔法<マギア>を発動し、口を封じた。

「ふたりとも、顔をあげてくださいな。わたくしたちは、ただの通りすがりの旅人ですわ。かしこまる必要は、ありません」

 龍皇女に柔和な声音で語りかけられ、ヴァルキュリアとドヴェルグの夫婦はおそるおそるうえを見て、声の主と視線を交わす。クラウディアーナの表情に、やや真剣さが混じる。

「この地には、雲上に浮かぶ戦乙女の城がある、と聞いておりましたが……海面に落下していました。それに、このけが人と狼藉者……いったい、なにが起こっているのですか?」

「それが、精霊さま……あたいたちも、何事が起きているのか、さっぱりで……」

「……ドヴェルグどもだ」

 負傷したヴァルキュリアのひとりが、ぼそりとつぶやくように、クラウディアーナとシェシュの会話に口を挟む。ふたりは、声の主のほうを見る。

 軽装の鎧を身につけ、帯剣した戦乙女だ。おそらく、天空城の衛兵だろう。龍皇女は、目を細める。

「……詳しく聞かせていただいても?」

「墜落の原因まではわからないが……天空城が海上に着水すると同時に、ドヴェルグの戦士が城に乗りこみ、占拠しまった……私たちは力およばず、命からがら逃げて来てたのだ」

 無念に歯ぎしりする戦乙女の言葉を聞いて、シェシュは思わず詰め寄る。

「ヴァルキュリアとドヴェルグのあいだには、休戦協定が結ばれているはずだよ! そんな無茶なことしたら……!?」

「……立ち向かった姉妹たちは、いまごろ皆殺しだ。やつらには、慈悲も容赦もみじんもなかった」

 城勤めだったと思しき戦乙女の返答を聞いて、シェシュは絶句する。クラウディアーナは、思案げな表情を浮かべて周囲を見まわす。雪の混じった極寒の風が吹き荒む。

「なれば、この狼藉者のドヴェルグは残党狩りだと考えるのが自然ですわ……戦乙女のご婦人。けが人たちをかくまえる安全な場所に、心当たりはありませんこと?」

「……わてらの牧場に大きめの地下室がある。チーズの熟成に使っているたんも」

 がくがくと震えながら顔面蒼白になったシェシュを支えつつ、エグダルが代わりに龍皇女の質問に答える。クラウディアーナは、満足げにうなずく。

「でしたら、ある程度の食料も確保できそうですわ。牧場というのは、ヒポグリフの?」

 エグダルは首肯する。龍皇女は、けが人たちを見まわす。子供や侍女が中心だが、ドヴェルグの襲撃を知らせた衛兵同様に、ちらほら武装した戦乙女の姿もある。

「それでは、このなかからヒポグリフを操れる者と一緒にいったん牧場へ向かい、ほかの使えそうなヒポグリフを利用して負傷者を輸送する……可能でして? ご婦人、ご亭主」

 クラウディアーナは、すっかりなついた鷲馬の手綱をつかみ、牧場主夫妻へと差し出す。旅人を名乗るただならぬ雰囲気の女性の提案に、シェシュとエグダルはそろってうなずきを返す。

 ヒポグリフの騎手として、けが人のなかから3人の戦乙女が立候補する。彼女たちは龍皇女に『治癒』の魔法<マギア>をかけてもらうと、夫婦のヒポグリフに同乗して、凍原を飛び立つ。

 クラウディアーナは、シェシュとエグダルが戻ってくるのを待つあいだ、負傷のひどいけが人や体力の乏しい幼少者を優先して、『治癒』と『防寒』の魔法<マギア>をかけていく。

 龍皇女のわきでは、口を利けないままのメロが、不機嫌そうな表情で負傷者たちの応急処置を手伝っていた。

【膠着】

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