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【第2部24章】永久凍土の死闘 (3/8)【膠着】
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「もう! ディアナさまったらひどいのね……メロの口をふさいじゃうなんて!!」
『うふふふ。ごめんなさい、メロウ。でも、そなたはおしゃべりだから……わたくしたちの肩書きを仔細に説明しているひまは、なかったですわ』
ふたたび龍態となったクラウディアーナの背のうえで、『舌縫』の魔法<マギア>を解除されて口を利けるようになったメロが、頬を膨らませながら不満をこぼす。
龍皇女と魔法少女のふたりは、牧場主夫妻と戦乙女の兵士たちが連れてきたヒポグリフに負傷者を乗せて、避難を見送ると、自分たちも本来の目的地へ向けて飛び立った。
目指すべきは、いま起こっている次元世界<パラダイム>を越えた異常の震源地──グラトニアだ。
強い吹雪を向かい風として受けながら力強く飛翔する白銀の上位龍<エルダードラゴン>の背に乗ったメロが、きょろきょろと周囲の様子をうかがう。
『なにか気になるのですか、メロウ?』
「……ディアナさま。ここはまだ、目的の次元世界<パラダイム>じゃないのね?」
『ええ、そのとおり……目指すべきグラトニアは、わたくしのフォルティアと似た気候の土地ですわ』
「蒸気都市のとなりに、こんな雪国が広がっているわけないし……やっぱり、次元世界<パラダイム>同士がくっついちゃってるのね」
『わたくしも、初めて見る現象ですわ。一刻も早くグラトニアにたどりつき、我が伴侶と合流して、原因を排除せねば……』
「……待って、ディアナさま!」
なにかに気がついたかのように、メロが前方に身を乗り出す。旅の仲間の第六感を信じ、クラウディアーナも凍原に注意を払う。純白の雪のうえに、豆粒のような人影がひとつ見える。
──ドゥオォォ……ン。
次の瞬間、奇妙な鳴動が大気を伝わってくる。同時に、吹雪が止む。さらには、滑空していた白銀の上位龍<エルダードラゴン>の身体が唐突に浮力を失い、落下しはじめる。
「あわわわ! ディアナさま、なにがあったのね!?」
『わからないですわ……急に翼が風をつかめなくなって……アグうッ!!』
龍皇女は腹部から凍原に墜落して、周囲に雪煙があがる。苦しげにうめく龍態のクラウディアーナを気遣おうとしたメロは、前方の敵意を察知して、上位龍<エルダードラゴン>の背から飛び降りる。
ざくざくと凍りついた雪を踏み抜く足音が近づいてくる。二輪一対のリングをかまえた魔法少女は、雪煙ごしにおぼろげに見える人影を凝視する。
「『脳人形』の報告通り、ジャックのやつが仕損じたか……なに、おまえたちをグラトニア本国へは通さないってことよ」
「何者なのね……ッ!?」
「……おれはグラトニア征騎士序列11位、ライゴウ」
凍原を吹き抜ける強風が雪煙を払い、敵の姿が露わとなる。タンクトップにゆったりとしたスラックスを身につけた、中年の男。体格はドヴェルグほどではないにしても小柄だが、野太い両腕には目を見張るほどの筋肉が詰まっている。
「あなたが、ディアナさまを墜落させたのね!?」
「なに。答える義理はないってことよ、嬢ちゃん……それはそうと、ふむ。ディアナ……クラウディアーナか……」
小柄な男は、にやりと口元に笑みを浮かべると、低く腰を落とした独特の構えをとる。あふれ出す濃密な闘気に、メロは思わず後ずさりそうになる。
ライゴウと名乗った男は、魔法少女を意に介する様子も見せず、その背後にうずくまる上位龍<エルダードラゴン>を見やる。
「『巫女』の予言に従い、龍皇女をグラトニア本国に入れるな、という指令が降りているってことよ。ジャックのやつが喰いそびれたってんなら、おれがここいらで、トリュウザさまと同じ龍殺しの称号をもらっておくのも悪くはない」
『……言ってくれますね、人間の闘士。わたくしを、凡百の龍と一緒くたにされるのは心外ですわ』
不自然なほどに痛む落下の負傷に耐えながら、クラウディアーナはメロ越しに身を起こし、征騎士ライゴウを名乗った男を見下ろす。同時に、いぶかしむ。
(トリュウザ……確か……いえ。確かめるにしても、考えるにしても、あとですわ)
『──ルガアッ!』
一瞬だけ逡巡した龍皇女は、すぐに意識を現在に引き戻し、眼下に立ちふさがる人間の闘士に対してまばゆい灼光の吐息<ブレス>を吹きかける。
四方に敷きつめられた雪がレフ板のごとく光を反射し、いつも以上の輝きが空間を満たし、激しい明滅が晴れれば、そこに男の姿はない。
「やった、口ほどにもないのね! さすがはディアナさま!!」
『油断してはなりません、メロウ……手応えがありませんでしたわ!』
クラウディアーナは、自らの吐息<ブレス>によって更地と化した凍原に視線を凝らす。男が立っていた場所に、大穴が口を開けていることに気がつく。
『凍土を踏み抜いて、逃げ場を作ったと……ッ!?』
「……どっせい!」
雪原に野太い雄叫びが響いたかと思うと、陥井のなかからライゴウが飛び出してくる。氷を即座に蒸発させるほどの力強いすり足で、龍皇女に向かって突進してくる。
『メロウ! 横に退いてくださいな!!』
「ディアナさま……ッ!?」
クラウディアーナは龍の長い首を伸ばし、上方から人間の闘士を牙でかみ砕かんとする。ライゴウの瞳に獰猛な光が宿り、口角が肉食獣のごとく吊りあがる。
「なに……力比べなら、願ったり叶ったりってことよ!」
身をひねり、上位龍<エルダードラゴン>の咬撃を紙一重で回避した人間の闘士は、両腕を使って巨大な顎を抱えこむと、全身を使って口の開閉を封じる。
「ワニは顎を閉じる力は凄まじいが、開く力はさほどでもないと聞く……なに、龍はどうなのか、気になるってことよ!」
『ク……ガ……ッ!』
全身が蒸気機関になったかのように汗を吹き出す男の顔を、人間の頭部ほどの大きさはあるドラゴンの瞳でにらみながら、クラウディアーナはうめく。
龍皇女は、ライゴウを身体ごと持ちあげようとする。できない。首はおろか、背骨も、四肢も動かない。
(人の身で、ありながら……なんという膂力……ッ!!)
もとよりクラウディアーナは、身体<フィジカ>能力よりも魔法<マギア>の技を得意とする。しかし、それはドラゴン同士ならば比較的……という意味だ。
侮っていたわけではない。己の正体を、あらかじめ把握した相手だ。なんの勝機もなく、上位龍<エルダードラゴン>のまえに立ちふさがるなどあり得ない。
(ですが……それでも……!)
ドラゴンと比べれば10分の1ほどの体躯しか持たない人間の闘士の、どこからこれほどの膂力が湧いてくるというのか。組み伏せられつつ、クラウディアーナは驚愕する。
男は、グラトニア征騎士という肩書きを名乗った。旧セフィロト社の圧政から解き放たれて、わずか半年。あの次元世界<パラダイム>を治める新しい支配者は、これほどまでの精鋭を、それも複数、従えているというのか。
「……ディアナさまから、手を離すのねッ!」
まともにもがくことすらできずにいた龍皇女の耳に、メロの叫び声が届く。同時に、ひゅんと風を切る鋭い音が聞こえる。
「なに……!?」
真横から投擲されたリングを目視し、ライゴウはクラウディアーナの顎を手放し、後退する。龍皇女もまた、6枚の龍翼を羽ばたかせて飛び退き、間合いをとる。風圧が、雪と燐光をまき散らす。
「ディアナさま! 先に行って……!!」
『なんですって……メロウ!?』
ブーメランのように戻ってくる2輪のリングをキャッチしながら、魔法少女は旅の仲間へ大声で主張する。白銀の上位龍<エルダードラゴン>も、戸惑いを隠せない。
「ここは、メロが引き受けるから……ディアナさまは、先に行ってほしいのね! アサイラさんだって、きっと待っているはず……!!」
魔法少女の手の内でリングが回転し、内径に形成される亜空間のなかに格納していた大剣──龍皇女の斬り落とされた尾の骨より造り出され、アサイラへと譲渡された『龍剣』が、勢いよく飛び出す。
『ですが、メロウ……いえ、わかりましたわ。後ほど合流しましょう! ミナズキとともに!!』
刀身を口でくわえると、クラウディアーナは龍翼を羽ばたかせて離陸する。魔法少女は一対二輪のリングをかまえながら、グラトニア征騎士を名乗る男と対峙した。
→【胆力】
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