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【第2部15章】次元跳躍攻防戦 (14/16)【粉砕】

【目次】

【氷壁】

「衝突まで30秒弱、か」

 アサイラは前方を一瞥して、つぶやく。ナオミは、言ったとおりに船の前進速度をあげている。修羅場をまえにしてひるむような女でないことは、いままでのつきあいでよくわかっている。

 導子通信機から、ブリッジ内の阿鼻叫喚が聞こえてくる。地団駄をふむシルヴィアの声は、強風にかき消される。黒髪の青年は、船尾方向へ向きなおる。

 アサイラは身体をたおし、クラウチングスタートの体勢をとる。一息吐いて呼吸を整えると、船首を強く蹴る。

『わあっ! ナオミお姉ちゃん、氷壁まで1200、1100……1000メートルを切ったということねッ!!』

『グッド……! 船に乗員全員ぶんの命を上乗せして、アサイラに全額賭けだろッ!!』

『いやあぁぁ! チキンレースで激突死なんて、勘弁だわああぁぁぁ!!』

 通信機から響くブリッジ内の怒声を聞き流し、狼耳の獣人娘のまえを横切り、黒髪の青年は船尾へ向かって『シルバーコア』のうえを駆け抜ける。

「ウラアァァーッ!」

 アサイラは船体の後端から踏み切り、空中へと跳躍する。眼下の谷底では、対空射撃を続ける異形の大蛇が、獲物を狙ってうごめき続けている。

 黒髪の青年は自分の前方向、氷壁の袋小路へ突っこんでいく次元跳躍艇の後方へと視線を向ける。アサイラの意を汲みとったアンナリーヤが、跳躍の軌道の先に待ちかまえている。

「……ラアアァァァーッ!!」

 空中で身をひねり、黒髪の青年はドロップキックの体勢をとる。有翼の姫騎士は、突っこんでくるアサイラに対して純魔銀<ミスリル>製の大盾をかまえる。

「はねかえせ! 『神盾拒絶<イージス・リジェクト>』ッ!!」

 アンナリーヤの叫び声が、断崖に反響する。アサイラの両足が盾の表面に接触する直前、不可視の防御力場が展開される。

 ヴァルキュリアの王女の転移律<シフターズ・エフェクト>は、あらゆる外力を遮断し、はじきかえす見えざる壁を作り出すものだ。

 黒髪の青年の蹴りを受け止める形となったアンナリーヤの防御力場は、つまり、アサイラ自身をはねかえすことになる。

「角度、距離、タイミング……どれも、理想的だ。いける、か……ッ!」

 黒髪の青年は、ぼそりとつぶやく。アサイラの身体に宿った運動エネルギーが、いささかのロスもなく反対方向のベクトルへ転じ、さらに盾を蹴る勢いが上乗せされる。

 上空の動きになんらかの驚異を感じとったのか、黒髪の青年と有翼の姫騎士を八つ裂きにしようと、大蛇は猛禽へと変形して、回転翼を振りまわしながら上昇してくる。

 そのときにはすでに、アンナリーヤの『神盾拒絶<イージス・リジェクト>』を踏み台として、黒髪の青年の身は、船の進行方向へと猛烈な速度で吹き飛ばされている。

 アサイラは、戦乙女の姫君が戦闘ヘリのローターによる斬撃を身軽にかわしたのを見届けると、あらためて自分たちの進行方向へ目を向ける。

 猛進する次元跳躍艇の距離は、500メートルを切っている。まばたきした次の瞬間に衝突してもおかしくない。黒髪の青年は目を見開いたまま、空中で一回転する。

「ウラアアァァァ──……ッ!!」

 風切り音に混ざって、アサイラの怒声が渓谷に響きわたる。黒髪の青年は、飛び蹴りの体勢となって、文字通り目にも止まらぬスピードで船のうえを飛び越えていく。

 アサイラ自身が一本の矢となって、氷壁へと突撃する。足の裏が、蒼い障壁とぶつかる。氷点下50℃で締め固められた堅氷の感触が伝わってくる。

「……グヌウッ!?」

 黒髪の青年が、うめく。度重なる酷使に、右の足首が悲鳴をあげる。渓谷をふさぐ氷壁は揺るがない。アサイラは、後方へはじき返されそうになる。

「──ウラアアアァァ!!」

 黒髪の青年は雄叫びをあげて、己自身を叱咤する。一本の槍のごとく、右脚をまっすぐ伸ばしつづける。

 アサイラは、周囲の音が聞こえなくなる。時間感覚がスローモーションになり、一秒の苦痛が一分にも、一時間にも感じられる。

 やがて、ぴしぴしときしむ感覚が右足の裏から伝わってくる。飛び蹴りの着弾地点から、放射線状にひび割れが広がっていく。

──ドゴオオゥンッ!!

 爆発のような轟音をたてて氷のダムが崩壊し、ガラスのごとく透明な無数の破片となって、岩壁の回廊を満たすように飛び散っていく。

 たったいままで障壁にふさがれていた場所を、『シルバーコア』が通り抜けていく。アサイラは、母船の無事を上空から視認する。

 黒髪の青年は、氷壁が崩落する寸前に上後方へと飛び退いていた。アサイラは空中で体勢を立てなおし、身をひるがえす。

「まだだ……ッ!」

 宙を舞いながら、黒髪の青年は己を叱咤する。眼下の渓谷へ視線を走らせる。自分たちをさんざん狩り立ててきた、戦闘ヘリの黒い影が見える。

 氷の破片が目くらましとなっているのか、鋼鉄の猛禽は目標を見失い、戸惑っているようにも感じられる。

「やはり……好機かッ!」

 アサイラは体幹をひねり、空中で制動する。戦闘ヘリの直上をとり、そのまま落下していく。けたたましい音を立てる回転翼が、氷の破片をはじき散らしている。

「ウラアァァーッ!!」

 黒髪の青年は、瓦割りのごときかまえをとって、鋼鉄の猛禽へ肉薄していく。ギロチンの刃のごときローターの中心部分へ、アサイラの鉄拳が寸分違わず打ちこまれた。

【旋空】

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