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【第2部15章】次元跳躍攻防戦 (15/16)【旋空】

【目次】

【粉砕】

「うげブ……ッ! やってくれたようだが!?」

 戦闘ヘリのコックピットのなかで、ココシュカはうめく。せわしなく操縦桿を動かす。稲妻が落ちたかのような衝撃のあと、機体は制御不能に陥った。

 外部カメラのうち、いくつかが故障したようだ。360°モニターの表示がノイズまみれになり、視界の悪さも手伝って、状況を判断しきれない。

 警告音とともに、いくつものアラートメッセージが眼前に表示される。ローター停止、導子力場<スピリタム・フィールド>展開不能、失速をともなう急激な高度の低下。

「やむを得ない状況だが……ほどけろ、『旋空大蛇<オロチ・ザ・ヴァイパー>』ッ!」

 操縦席のうえで落下する慣性を感じながら、ココシュカは叫ぶ。操縦手の意思に応じて、戦闘ヘリがひも状に分解しながら、ほぐれていく。

 ノイズまみれの映像画面がばらばらに分解され、その向こうから本物の空と断崖絶壁の景色が現れる。機能不全のモニターが取りのぞかれ、外部環境を目視できる状況になる。

 だが、相変わらず視界は悪い。氷壁を砕かれて生じた破片が、大粒の雹のごとく狭い渓谷の狭間を飛び交っている。

 どすん、という重苦しい衝撃とともに大蛇形態となった愛機が谷底に着地する。無機物の長虫の背をなでながら、ココシュカは顔をあげる。

 おそらく回転翼を破壊したのであろう黒髪の青年が、背に翼の生えた原住民と狼の耳のついた小娘の手によって、空飛ぶ船のうえに引きあげられている。その様子が、氷片の向こうにかすんで見える。

 敵船は、氷壁を突破した。ココシュカの大蛇も渓谷の底を滑りながら、そのあとに続く。女軍人の表情が、露骨に苦々しくゆがむ。

 ココシュカにとって、この氷壁は必殺のポイントだった。凍原の地形を数日がかりで綿密に調べあげ、導子信管式地雷を敷設し、シミュレーションを重ねてきてこの有様だ。

 だが、悔やんだところで状況が好転することなどあり得ないことを、女軍人はよく知っている。長虫の背にひざをつき、まぶたを閉じて、意識を集中する。

「いけるか、『旋空大蛇<オロチ・ザ・ヴァイパー>』?」

 同僚にも向けることのない優しげな声音で、ココシュカは愛機に語りかける。応えるように、女軍人の脳裏に戦闘ヘリの現在の状態が流れこんでくる。

 ローターハブを砕かれ、回転翼は完全に沈黙した。ココシュカの転移律<シフターズ・エフェクト>は、戦闘ヘリを『変形』させるものであり、『修繕』はできない。

 ふたたび空を飛ぶためには、技術者による修理が必要だ。だが、搭載火器と管制システムに問題はない。大蛇形態なら、動かせる。まだ戦える。

「ターゲットの実力は、認めねばならないようだが……ロックのやつの首を飛ばしたのは、さもしい偶然ではあり得ない」

 ココシュカは、目を開く。氷の破片ごしでも、敵船の影はまだ見える。このまま、追跡を継続する。谷底をすべる無機物の長虫の進行速度をあげる。

 女軍人は、ターゲットを氷壁に至るまでにしとめるつもりだった。それは、事実だ。しかし、その向こう側の地形を把握していないわけではない。

 この先の渓谷は、さらに細く、ぐねぐねとうねる迷宮のごとき回廊となる。空を飛ぶには、あきらかに不向きな地形だ。

 仮に『旋空大蛇<オロチ・ザ・ヴァイパー>』が万全の状態であったとしても、ココシュカはヘリ形態ではなく大蛇形態での戦闘を選んだだろう。

 つまり、ターゲットを渓谷の内に閉じこめ、上空へ逃さなければ勝機はある。女軍人の側が飛べないとなれば、なおさら敵はより高度を求めるはず。そこに、つけいる隙が生じる。

「小官と『ヴァイパー』に見あげる位置を取らせるなど、このうえない屈辱だが……それでも貴兄らには、敬意を払おう……これから! 銃火を以てッ!!」

 ココシュカは前進速度を維持しながら、金属製の大蛇の胴体を横滑りさせ、断崖を登っていく。敵船が少しでも上昇する動きを見せたら、体当たりしてでも阻止する。

 女軍人は、軽いめまいを覚える。長時間の緊張状態からくる、疲労だ。予想を越える消耗戦となっているのは間違いない。

 愛機『ヴァイパー』とて、対空ミサイルはとうに撃ち尽くし、機銃の残弾も心許ないありさまだ。無駄弾は、使えない。

「これだから実弾は……レーザーガンならば、さもしいことを気にせずとも済んだのだが」

 ココシュカは、グラトニア征騎士となってから数え切れぬほどつぶやいたグチをこぼす。無機物の長虫が、氷の破片越しにかすんで見える敵船の横につける。

「原住民の羽虫は、どうした? ターゲットの周囲には、見あたらないようだが……」

 執拗な機銃掃射を妨害しつづけた忌々しい有翼の姫騎士を、女軍人は目視で探す。あの原住民が手にする盾は、対空射撃でしとめるならば、もっとも邪魔となる。

「どちらにせよ、氷の礫の晴れた瞬間が勝負だが……いや、待て!?」

 ここに来て、ココシュカはようやく異常に気がつく。視界を妨げるほど細かく、大量の氷の破片が舞い散っているにも関わらず、女軍人の顔には一粒たりとも当たっていなかった。

【大蛇】

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