【第2部23章】世界騎士団 (3/4)【樹術】
【無茶】←
『なんとなればすなわち……間にあったかナ』
「ふむ、不要な心労をかけてしまったかね、ドク、そしてアサイラ……だが、我が友が、それもふたりも一世一代の戦場に臨んでいるのだ。我輩、是が非でも間にあわせるとも」
通信機から聞こえるドクター・ビッグバンの胸をなでおろすような声に、艦外の何者かが返事をする。アサイラは、次元巡航艦の進行方向左に人影を見つける。
淡い緑色の光を帯びて、虚空から伸びる木の枝のうえに、直立する男の姿がある。頭にはシルクハットをかぶり、瀟洒な燕尾服に身を包んだ伊達男。口元には鉤状に曲がった特徴的なカイゼル髭。
「──『伯爵』かッ!?」
「いかにも」
シルクハットの伊達男は、にぃ、と笑みを浮かべながら、自慢の髭を指でなでる。『シルバーブレイン』が、空中に立つ『伯爵』の真横につける。
「『伯爵』……なぜ、どうやって、こんなところまで来た!?」
思わぬ第三者の姿をまえにして、アサイラは思わず声をあげる。燕尾服の伊達男は、顎の下に手をあてて思案する素振りを見せる。
「ふむ、なぜ……友誼の証明、では不十分かね? 貴公に関しては、借りを返す一環という意味合いもある」
なんのてらいも無く言ってのけるリラックスした様子の『伯爵』に、黒髪の青年は思わず面喰らう。シルクハットの伊達男は、敵としてでなければ、こんな表情を見せるのか。
「そして、どうやって……我が次元世界<パラダイム>の魔法<マギア>体系である『樹術』は、次元を越えて繁茂する世界樹から力を引き出す。ゆえに、次元転移<パラダイムシフト>も得意としているのだよ。それはそうと……」
世間話を交わすリラックスした表情だった『伯爵』の顔つきが、一瞬で戦士のものへと変わる。アサイラもつられて、背筋をただす。
眼下では地形変化で足止めされていた自走砲部隊が、体勢を整えなおしつつある。上空では、残存航空戦力が地上部隊と連携攻撃をしかけようと、旋回しつつ機をうかがっている。
「無駄話に花を咲かせている場合では、ない。早急に現状を片づけることとしよう……我輩が、まず戦闘車両を始末する。アサイラ、その間、貴公は航空戦力を抑えてくれないかね?」
黒髪の青年は、ややぎこちなく『伯爵』にうなずきを返す。燕尾服の伊達男は、口角をつりあげて見せると、身をひるがえして眼下へ向かって跳び降りる。
「ララ、上空の戦闘機どもに向かって俺を飛ばせるか?」
『もちろんということね、お兄ちゃん!』
アサイラもまた、いくつもの死線を乗り越えてきた戦士の顔となりながら、ブリッジに問う。少女の快活な声が返ってくる。
地割れを作り這い出てきた根のうえを駆けるシルクハットの伊達男を視界のすみに見やりながら、黒髪の青年は腰を落とす。
アサイラの身体が、次元巡航艦の上部甲板を滑りはじめる。強力な加速、風圧、慣性を感じながらも、黒髪の青年の身体<フィジカ>能力は生身の飛翔に、2度の経験ですでに順応している。
「ウラアアーッ!!」
雄叫びが、薄曇りの空の下に響く。老科学者の薫陶を受けた少女の計算した弾道に従ってひとりの人間の身体が宙を走り、戦闘機の正中線を捉える。
アサイラは、航空機の装甲を鉄杭のごとき跳び蹴りで貫くと同時に、再度、跳躍する。反動と慣性の勢いを利用して、別の敵機をしとめる。
瞬く間に、戦闘機が2機、装甲ヘリが1機、黒煙をあげながら墜落していく。アサイラは空中を舞いながら、地上の戦況へ視線を向ける。
「ふむ。ふたりの友をまえにして無様をさらすのは、我輩の矜持が許さないかね」
シルクハットを左手で抑えながら『伯爵』は、樹術とやらで召喚したのであろう巨大な樹の根に右手を押しつける。
「──『這根』の樹術ッ!」
燕尾服の伊達男が魔力を注ぎこむと、野太い根がまるで大蛇のごとく地面を這いまわりはじめる。のたうつ樹の根が、手近な自走砲を横転させる。
戦闘車両たちは、根のうえに立つ『伯爵』に照準をあわせて機銃と砲弾を撃ちこむが、予想以上の速度と不規則な動きで這いまわり続ける相手に命中させることができない。
魔物のごとくうごめく樹の根に不用意に接近した装甲車は、正面から体当たりを喰らい、車体をひっくり返されて動かなくなる。
「──『砕牙』の樹術ッ!」
いつの間にか右手に握りしめていた小枝を、シルクハットの伊達男が掲げる。枝の切断面から緑色に輝く純エネルギーの刃が形成される。
当てずっぽうに乱射された砲弾の一発が、『伯爵』の足場に命中し、破壊する。燕尾服の伊達男は、瀟洒な衣装をはためかせながら跳躍し、利き腕を一閃する。
「ふん……ッ!」
光の軌跡が、一切の抵抗を感じさせることなく、戦闘車両の砲を両断する。は、勝手はわかっていると言わんばかりの『伯爵』は、装甲車を相手に純魔力の剣を振るい、立ちまわる。
『アサイラ! 見とれている場合じゃないのだわッ!!』
「……グヌッ!?」
シルクハットの伊達男が大立ちまわりを披露する直上で、自由落下する黒髪の青年は、接近してくる生き残りの戦闘機に気づく。
まずい。いまのアサイラに、空中で制動する手段はない。機銃を掃射されれば、回避することもかなわず、ボロ布にされるだろう。
「──『舞葉』の樹術ッ!」
眼下の『伯爵』が、第三の魔法<マギア>を発動する。どこからともなく若草色の蝶の大群のようなものが現れ、アサイラと戦闘機のあいだに割ってはいる。
むらがる蟲のようにも見えたものは、無数の木の葉だった。樹葉は敵の視界をさえぎるのみならず、戦闘機のエアインテークをふさぎ、ヘリコプターのメインローターに張りつき、航空機の飛翔能力を奪って地面へと引きずり落としていく。
「……助かった、『伯爵』」
「ふむ。少しは借りを返せたかね、アサイラ?」
次元巡航艦の船首に着地した黒髪の青年と、大長虫のごとく這いすすみ『シルバーブレイン』と併走する樹の根のうえに立つ燕尾服の伊達男は視線を交わす。
『……地上施設から、再度の対艦ミサイル発射を確認ということね! 今度は、5基!!』
アサイラが息つく間もなく、オペレーター席のララの警告が耳にはめこんだ導子通信機から響く。
『導子力場<スピリタム・フィールド>の高縮展開は、未だ不可能だ。そもそも、着弾のタイミングをずらされれば、この手法では防御しきれない。なんとなればすなわち……』
「ふむ。引き続き、我輩の出番……ということかね、ドク?」
『頼めるかナ、デズモンド』
「無論かね。我輩の……我が宿り木の一族の、真なる転移律<シフターズ・エフェクト>を披露しようではないか」
アサイラが見守るなか、まぶたを閉じ、背筋を伸ばした『伯爵』は、呼吸を整えて精神を集中させる。シルクハットの伊達男は、おごそかに魔法<マギア>の詠唱を始める。
「二十二の冠位、五十六の席次。光と地と風の力、深淵に微睡む星の灯火。導き束ねし常緑の枝葉、胸に抱きし創世の種子、悠久なりし生命の流転。我が頌歌に応じ集いて、一条の鎗穂となれ。無限の躍動を踏み、大樹の意志に従い敵を討て──」
かっ、と『伯爵』は目を見開く。燕尾服の懐から、22枚の呪符が自ら意志を持つかのように飛び出し、持ち主を中心に右向きの螺旋を描くように宙を舞う。
「──いまこそ来たれ、『世界騎士団<ワールド・オーダー>』! 『力<ストレングス>』、『戦車<チャリオット>』!!」
精緻な魔法文字<マギグラム>を刻みこまれた漆黒の札のなかから、2枚を選びとると、シルクハットの伊達男は高らかに声をあげた。
→【殿軍】
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