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【第2部23章】世界騎士団 (2/4)【無茶】

【目次】

【発射】

『次元世界<パラダイム>の境界近くの高々度は、重力の影響を受けにくくなる。そこに大がかりな戦闘機械を浮かべて、地上に対して一方的な攻撃をおこなう。旧セフィロト社では、高出力レーザーの使用が検討されていた……これが衛星兵器のコンセプトかナ』

『私が理解できる範囲だけだと、ぶっちゃけ手出しできないように聞こえるのだわ?』

 ドクター・ビッグバンの講釈に対して、質疑を挟むリーリスの声が通信機越しに聞こえる。アサイラは、背筋に冷たい汗が浮かぶのを感じる。老科学者がうなずきを返しているであろう沈黙が長く感じる。

『なんとなればすなわち、そのための高々度だ。この兵器に関する知識を持ちあわせていない相手には、一方的な蹂躙が可能となる。コストがかかりすぎる、と社長に開発を凍結されたがね。しかし、試作モデルが1基、造られたのを覚えているかナ』

『グリン。グラトニアは、それを打ちあげて……?』

『あくまで可能性の話かナ。だが、彼らならやりかねない……』

 導子通信機から響いてくる声のトーンが一段階落ちた会話を聞きながら、アサイラは空をあおぎ見る。陽が出ているにも関わらず、薄雲の隙間から天上に強い輝点が見える。

「ハゲ博士の言っていることは……作り話じゃなさそうか」

 直上の光は、ますます強さを増し、やがて直視できないレベルになる。黒髪の青年は、前腕で両目をおおう。なにか、手を打たなければ。だが、どうやって?

 ドクター・ビッグバンからの指示はない。打開策がない、ということか。アサイラは歯噛みしながら、死を覚悟する。

 強い熱と光が、地面を撫でる。なにかが焼け焦げ、蒸発するような音が聞こえる。だが、黒髪の青年の身に苦痛はなく、意識も途絶えない。おそるおそる目を開く。

「グヌ……ッ?」

 宙を滑る次元巡航艦のすぐ脇に、地面の焼け焦げたようなあとが残っている。頭上を舞う航空機部隊の数が、半分ほどに減っているように見える。

『ララがハッキングして、ちょーっとだけ照準をずらしたということね! これだけ複雑なシステムをスタンドアロンで動かすなんて、無理。地上から管制しているはずだから……!!』

『グリン! やりようがあるのなら先に言いなさい!! いまので確実に寿命が縮んだのだわ!?』

 快活な声をあげるララと、喰ってかかるようなリーリスの会話が艦橋から聞こえてくる。アサイラは胸をなで下ろしつつ、次なる攻撃に向けて身構える。

『でも、まだ油断しないで、ということね! 今度は、地上から高速飛翔体が接近……おそらく大型対艦ミサイル! こっちはスタンドアロン型で、ハッキング不可能!!』

『さっきの衛星レーザーもそうだったけど、『ドクター』、あなたの転移律<シフターズ・エフェクト>……タコス、だっけ。それでミサイルを回避できないのだわ?』

『『状況再現<T.A.S.>』のことかナ、リーリスくん。しかし、困難だ。あまりにもファクターが多く、このワタシを以てしても消耗が激しすぎる。演算途中で過労死しかねない』

『グリン! ミサイルが直撃したら、あなただけじゃなくて全員死ぬのだわ!?』

「……ブリッジ、聞こえるか。もう1回、ナントカカタパルトを使って、俺を射出してミサイルを迎撃しろ」

 激しく言葉が飛び交う艦橋に、アサイラは通信機越しに口を挟む。加速距離を稼ぐため、黒髪の青年は長い甲板を船尾方向へと走る。

『え、でも……』

 どこか躊躇うようなララの声が聞こえてくる。アサイラは、オペレーター席の少女を叱咤する。

「衛星レーザーもそうだったが……悩んでいる場合なのか? 打てる手は全部、使う。出し惜しみなしだ」

『うー……ん。了解ということね! 導子力場<スピリタム・フィールド>形態変化、仮想カタパルト展開……加速開始ッ!!』

 黒髪の青年の両足が上部甲板を滑り、次元巡航艦から飛翔する。急カーブの弧を描きながら、高速接近する大型ミサイルへと肉薄する。

「ウラアァァーッ!!」

 ドップラー効果でアサイラの雄叫びが歪む。黒髪の青年の卓越した動態視力が、低い弾道に沿って迫る飛翔体を捉える。技術<テック>の粋の結晶である破壊兵器を迎撃すべく、身体<フィジカ>能力を振り絞る。

 アサイラは、空中で跳び蹴りの体勢になり、対艦ミサイルの横腹に穴を開けようとする。足の裏に、なにか堅いものが衝突する。

「グヌ……ッ!?」

 黒髪の青年は、うめく。戦闘機に割りこまれた。蹴りの一撃は本命の大型ミサイルへ届くかず、やむを得ずアサイラは後方へ跳びのく。

『ミュフハハハ、これはララの予想通りになったかナ?』

「笑っている場合か、ハゲ博士ッ!?」

 滞空しながらアサイラは、通信機から聞こえる老科学者の声に言いかえす。対艦ミサイルが『シルバーブレイン』に着弾し、爆炎の立ちのぼるのを見る。

 終わったか。そう思った黒髪の青年の眼下では、黒煙のなかから無傷の次元巡航艦が姿を現す。

『グリン! 何回、人の寿命を縮めれば気が済むのだわ、『ドクター』ッ!! なにをしたわけ!?』

 通信機のなかで、アサイラの感情を代弁するかのようにわめき立てるリーリスの声が響く。

『なんとなればすなわち、艦全体を包みこむ導子力場<スピリタム・フィールド>を、一瞬だけ高密度で展開した。理論上、あらゆる物理現象をシャットアウトできるかナ』

「死ぬようなことを人にやらせておきながら……そんなものがあるなら、とっとと使え! ハゲ博士!!」

『サモニング・ドライブをオーバーロードさせるため、連発は難しいかナ。同様の強度の導子力場<スピリタム・フィールド>を展開するためには、およそ10分ほどのクールタイムが必要となる』

「ふざけるな! 俺とリーリスが慌てふためくのを見て、楽しんでいるのかッ!?」

 次元巡航艦の船首に着地したアサイラは、通信機越しにドクター・ビッグバンにがなり立てる。艦の進行方向の丘陵を越えて迫ってくる、自走砲を中心とした戦闘車両部隊が見える。

「……まだまだ来るぞ。いい加減、出し惜しみはやめないか。共倒れになるぞ、ハゲ博士!」

『なんとなればすなわち、説明不足はわびるが、もったいぶっているつもりは微塵もないかナ。敵の物量は圧倒的であり、我々の手札は限られる。それだけのことだ』

 老科学者の返答を聞いて、アサイラは舌打ちする。戦闘車両が次元巡航艦の下部に潜りこめば、甲板側からは手を出せない。かといって、黒髪の青年が地面に降りれば、残存航空戦力の攻撃を受ける。

 いわば、立体的な挟み撃ちのような状況だ。黒髪の青年は、額に浮かんだ汗を手の甲でぬぐう。ドクター・ビッグバンの言うとおりだ。侵略国家の軍隊に、1隻の非武装艦と数人のメンバーで対抗することが無茶なのだ。そう思ったとき──

「──その無茶を通してきたのが、貴公ではないのかね。アサイラ?」

 聞き覚えのある声が、耳に届く。通信機ではなく、艦外からだ。同時に、眼下に地割れが起こり、巨大な根が這い出てきて、地上部隊の進路を塞ぐ。黒髪の青年は、とっさに周囲の状況をうかがった。

【樹術】

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