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【第2部31章】落ちてくる、この空の下で (3/24)【捻転】

【目次】

【皇帝】

「ウラアアァァァーッ!!」

 アサイラは『塔』の屋上に降り立つと同時に、蒼い輝きを噴出する『龍剣』を、グラー帝に向かって振りおろす。偉丈夫が、エネルギーの奔流に呑みこまれる。

「……チッ」

 黒髪の青年は、露骨な舌打ちをする。光の粒子のなかから、グラトニアの専制君主の影が現れる。真紅のトーガが失われたほかは、英雄の石像のごとく筋骨隆々な肉体に、傷ひとつついていない。

「避けるまでもない……とでも言いたいのか?」

「然り。これは、汝の気づきの機会である。愚者よ」

「そいつは、どうも。よけいなお節介か、裸の王さま」

 大剣を構えなおすアサイラに対して、グラー帝は腕組みの姿勢を崩すことなく、つまらなそうな視線を向けている。

『──『光刃』の! 魔法<マギア>ッ!!』

 対峙するふたりの上空から、第三者の声が響く。6枚の龍翼を羽ばたかせるクラウディアーナだ。魔術によって形成された白熱する光が、諸肌をさらす偉丈夫へと一直線に迫る。

「……フン」

 グラトニアの専制君主は、つまらなそうに鼻を鳴らす。黒髪の青年は、グラー帝の足裏が『塔』の石材を小さくたたくのを見る。

 それだけで、偉丈夫の身体は100メートル近くの距離を瞬間的に移動する。龍皇女の魔法<マギア>による攻撃は、超巨大建造物の屋上に焦げ跡を刻むのみに終わる。

『ルガア──ッ!』

 間髪入れず、龍態のクラウディアーナが雄叫びをあげる。今度は、ドラゴンの18番である吐息<ブレス>が、大きく開かれた顎から放たれる。魔力を帯びた光の奔流が、偉丈夫を呑みこもうと迫る。

「ディアナどの……移動直後の隙を、狙ったか!」

 アサイラは、小さくつぶやく。人に限らず陸上動物は、地面を蹴る一瞬、動きが止まる。これならば、命中する。上位龍<エルダードラゴン>の魔力を以てすれば、手傷を負わせられるかもしれない。黒髪の青年は、淡い期待を抱く

「……フンッ!」

 グラトニアの専制君主は、無造作に腕を振るう。アサイラの跳び蹴りを払ったときと、同じ動作だ。ただそれだけで、光の吐息<ブレス>は易々と進路をねじ曲げられ、グラー帝の身体には届かない。

「避けようと、受けようと、払おうと……変わらぬ結果である。愚者たる人間は、ともかく……長命種たる龍ならば、理解できようものかと思ったが?」

 諸肌をさらす偉丈夫は目を細め、涼しげな声音でつぶやく。白銀の上位龍<エルダードラゴン>の歯ぎしりを、黒髪の青年は頭上に聞く。

「そして、愚者よ……汝の目つきが、気に食わぬ。いまだ存在格の違いを理解せず……叛逆の闘志を、宿している瞳であるッ!」

 アサイラが息を呑むと同時に、グラー帝の姿が視界から消える。圧倒的な身体<フィジカ>能力によって実現される、コンマ数秒での瞬間的な移動。常人はおろか、ドラゴンですら目で追えるものではない。

「……ウラアッ!」

 黒髪の青年は、反射的に自分の背後に大剣を突き立てる。諸肌をさらす偉丈夫の姿が、その先にある。すでに、回し蹴りの態勢に入っている。

「グオラ!」

「グヌ……ッ!」

 アサイラとグラー帝のあいだに、壁のごとく突き立てられた『龍剣』の刀身が、回し蹴りを受け止める。

 上位龍<エルダードラゴン>の尾の骨から削り出された大剣は、みしみしときしみ音を立てながらも、超越者の打撃を耐え、へし折れることはない。

「ググゥ……ヌウッ!!」

 それでも、すさまじい衝撃が、黒髪の青年の身体を突き抜ける。アサイラは剣の柄を両手で握りしめ、左右の脚で踏ん張る。

 諸肌をさらす偉丈夫との、彼我の距離は離れていない。反撃のための間合いを、保っている。専制君主の脚の回転が止まる。同時に、黒髪の青年は突き刺した大剣を引き抜き、振りかぶる。

「ウラアアァァァ……ッ!」

 アサイラは、丹田から導子力をくみ出し、『龍剣』の刀身から蒼く輝くエネルギーの刃を形成する。いかに身体<フィジカ>能力に桁違いの差があろうとも、一連の動作の終わりには、わずかながら隙があることを、龍皇女が見せてくれた。

 黒髪の青年は、蒼銀の光の奔流とともに大剣を横薙ぎに振るう。平面的には、グラー帝の逃げ場はない。上空へ逃れようとすれば、そこには龍皇女が待ち受けている。

「──ラアッ!」

 アサイラは、『龍剣』を振り抜く。軽いめまいを覚えつつ、顔をしかめる。諸肌をさらす偉丈夫はやはり、避けるまでもない、といった様子で平然とした顔をしている。実際、ダメージを負わせられた手応えはない。

(これで……無傷かッ!?)

 黒髪の青年は、うめく。今度は、アサイラのほうがバランスを崩す。いまの斬撃は、渾身の一振りだった。かつてセフィロト本社をおおう次元障壁を破った、いや、半年の成長を経て、あのとき以上の威力を見舞ったつもりだった。

 態勢の乱れた黒髪の青年をカバーするように、龍態のクラウディアーナが上空から魔法<マギア>の光を降らす。グラー帝は後退し、アサイラもまた仕切り直すべく間合いを切る。

(だが……次は、どうすればいい!?)

 重い大剣の切っ先を引きずりつつ、黒髪の青年は自問する。ある程度の力量差は覚悟していたが、予想を大きく上回っている。龍皇女の援護もあるというのに、決め手と攻め手を思い描くことができない。

(グリン! 外側から歯が立たないのなら、内面から崩してやればいいのだわ。アサイラ!!)

 胸中で独りごちる言葉に応えるように、黒髪の青年の脳裏に直接、女の声が響く。『淫魔』の異名を持つリーリスからの、念話だ。

(リーリス! なにか策があるのか……?)

(ぬふふ。龍都防衛戦のときのこと、覚えているのだわ? あの手が、使えるんじゃないかしら!?)

 半年より少しまえ、セフィロト本社に踏みこむ直前の出来事を、アサイラは思い出す。セフィロト企業軍に対する、龍皇女の次元世界<パラダイム>の首都である龍都の防衛戦だ。

 旧セフィロト社は、あのとき、あらゆる物理的衝撃を無効化する試験戦闘機を投入し、これに立ち向かった黒髪の青年と白銀の上位龍<エルダードラゴン>は苦戦を強いられた。

 最終的に戦況を打開したのは、リーリスだった。アサイラの『龍剣』に、『淫魔』の精神感応能力を混ぜこみ、パイロットを幻覚に捕らえ、最終的に戦闘機を墜落せしめた。

「なるほど……やって、みるかッ!」

(ぬふふ。龍皇女は、渋い顔をすると思うけど!)

「ふむ?」

 一度は萎えかけた黒髪の青年の闘志が、ふたたび燃えあがるのを偉丈夫は感知する。アサイラとクラウディアーナはアイコンタクト交わし、グラー帝を挟むように動く。

 刹那、凶暴なる専制君主の姿が、アサイラの視界から消える。移動したか。背後に回りこんだとは、かぎらない。『龍剣』にリーリスの力を流しこみつつ、黒髪の青年は全身の神経を研ぎ澄まし、気配を探る。

「そこかッ!」

 アサイラは、大剣を天へかざすように、己の頭上に向かって突きあげる。黒髪の青年を頭から踏みつぶそうと直上に立つ偉丈夫が、『龍剣』の切っ先から噴出する濃紫の奔流に呑みこまれる。

 避けるまでもない、と思いこんでいるグラー帝は、アサイラの放った導子力の波動を全身に浴びる。黒髪の青年は、攻撃動作から即座に後転運動へ移り、偉丈夫の踏みつけ<ストンピング>を回避する。

 石材の砕ける音が、響く。『塔』の屋上に、放射線状の地割れのような亀裂が生じる。そのまま踏みつけられていたら、アサイラは頭蓋から脊髄まで粉砕されていた。

 黒髪の青年が大剣を構えなおし、グラトニアの専制君主と対峙している間に、リーリスはグラー帝の精神の奥深くへ向かって潜行していく。

(グリン……表層意識ていどじゃ、ダメだわ。深層意識……内的世界<インナーパラダイム>まで入りこんで、可能なら破壊。そうでなくても完全に無力化しなくちゃ……!)

 荒れ狂う大海のごとき皇帝の思考と感情に翻弄されながら、ゴシックロリータドレスの女は黒翼を広げ、精神世界の最奥を目指す。深い闇のなかに、一点の光を見つけ、速度を増す。

(もう……少しッ!)

 思念の嵐が吹き荒れるなか、リーリスは腕を伸ばし、輝きのなかへと飛びこむ。とたんに暴風が止み、視界が晴れる。

「ここが、グラー帝の内的世界<インナーパラダイム>……?」

 ゴシックロリータドレスの女は、周囲を見まわす。細切れの雲が、左巻きの渦を描く空。遠近感が狂うほど、巨大な『塔』。その屋上には、精神の主である皇帝本人。対峙するアサイラとクラウディアーナ。

「グリン! ちょっと待って、なんでアサイラと龍皇女がいるのだわ!?」

「それは、こっちの台詞か! リーリス!?」

『なにをしているのですわ、『淫魔』!!』

 諸肌をさらす偉丈夫を挟撃するように立ちまわっていた黒髪の青年と白銀の上位龍<エルダードラゴン>は、空中に忽然と現れたゴシックロリータドレスの女の姿を見て呆然とする。

「……当然の結果に、なにを驚いているので?」

 超巨大建造物の屋上に、新たな女の声が聞こえる。真紅のローブを目深にかぶったグラー帝の最側近、『魔女』だ。

 アサイラとクラウディアーナは相対する専制君主に注意を向けつつも、新手の姿を横目で一瞥する。空中に浮かんでいたリーリスが、向きなおる。

「グラトニアの国土はグラー帝の肉体であり、グラー帝という存在はグラトニアそのもの……グラトニアという次元世界<パラダイム>自体が、皇帝陛下の内的世界<インナーパラダイム>なので」

 真紅のローブの女は、そんな単純なこともわからないのか、といった調子で、帝国の敵対者たちに言ってのける。

「そんな……外界と内面が、不可能物体みたいに、ねじれてつながっているの!? そんな人間も、物体も、世界も……宇宙広しと言えど、聞いたことないのだわッ!!」

 黒翼を広げるゴシックロリータドレスの女は、悲鳴じみて叫ぶ。諸肌をさらす偉丈夫は、つまらなそうに腕組みしながら一瞥した。

【再粘】

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