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【第2部18章】ある旅路の終わり (8/16)【砕牙】

【目次】

【伐倒】

「そろそろ、こちらからチェックメイトをしかけさせてもらおうとするかね……トゥッチ!」

 石柱が倒れ、コーンロウヘアの征騎士が宙を舞うなか、即座に『伯爵』はスプリントを開始する。壮年の紳士を押しつぶそうと落下してきた石柱たちが、背後で地面へ突き刺さる。

「このまま、重力の沼へと落ちてくれれば手間が省けるのだがッ!」

 走りながら、『伯爵』は重力波観測ゴーグルのデータを視界に重ねる。乱れ狂う引力の波に翻弄され、バランスを崩しているトゥッチだが、どうやら落下地点は足場のうえとなりそうだ。

「ふむ……悪運の強さは、おたがいさまではないかね……トゥッチ!」

 壮年の紳士の口元に、肉食獣のごとき獰猛な笑みが浮かぶ。いびつな放物線を描いて飛んでいくコーンロウヘアの征騎士へと追いすがる。

 すでに石柱の林は抜けた。落下予測地点までに障害物はない。くわえて、トゥッチはバランスを崩しており、制動もままならず、マシンガンの照準はつけられまい。

 パワーアシストインナーの機能停止もものともしない俊足で、『伯爵』はコーンロウヘアの征騎士との平面座標距離を詰めていく。

 視線の先、狙い通りの地点へ、トゥッチが落下してくる。壮年の紳士は足をゆるめることなく、手にした刀──『砕牙』を振りかぶる。

「む……?」

 カイゼル髭の乱れた伊達男は、いぶかしむ。自由落下するコーンロウヘアの征騎士は『伯爵』をにらみつけながら、まっすぐこちらへ向けて左腕を伸ばしている。

 トゥッチの左親指がなにかを壮年の紳士に対して、ぴんっ、と弾き飛ばす。『伯爵』は、コーンロウヘアの征騎士の行為が意味するところを直感する。

「……銃弾かねッ!?」

 トゥッチの親指から壮年の紳士へ向けて放たれた無機質の種子は、見る間にふくらみ、横向きの石柱となって押しつぶさんと『伯爵』へ肉薄する。

 灰色の質量体に前方の視界をふさがれて、なお、カイゼル髭の乱れた伊達男は足を止めない。正面から突っこんでくる石柱に対して、迷いなく刀を振りおろす。

「ぬう──んッ!」

 まだ出会ったばかりの愛刀に対して、『伯爵』は己の導子力を注ぎこむ。一度は弱まった緑色の輝きが、ふたたび、まばゆさを増して『砕牙』の刃から放たれる。

 走りこみながら、壮年の紳士の振るう刀が迫り来る石柱と接触する。『伯爵』は力の限り、刃を押しこむ。灰色の質量体が、左右に斬り裂かれていく。刀身が、きしむ。

 闇のなかに、きぃん、と甲高い音が響く。石柱を分断し、使い手の道を切り開くと同時に、『砕牙』の刀身が折れる。その様を見たトゥッチが、哄笑をあげる。

「おじんの言い方をするなら、チェックメイトってやつだ、これがな! おたくの刀はへし折れたが、おれっちの銃は健在……このまま、ハメ殺しにしてやる!!」

 背中から足場へ落下したコーンロウヘアの征騎士は、受け身をとり、素早くひざ立ちとなると同時に右のサイバーアーム内蔵マシンガンをかまえる。

 動じることなき眼差しを前へと向ける『伯爵』は、宙を舞う『砕牙』の切っ先を左手でつかみ取る。手のひらが裂け、血がにじむのもいとわず、握りしめる。

「スティルメイトには、まだ早い。カーテンコールと行こうじゃないか……吼えろ! 『砕牙』ッ!!」

 カイゼル髭の乱れた伊達男が、叫ぶ。呼応するように、折れた刀の切断面から緑色の光で構成された純エネルギーの刃が現出する。

 輝きの剣を振るい、『伯爵』はトゥッチへ向かって跳躍する。コーンロウヘアの征騎士は表情を歪めつつ、左手で仕込みマシンガンの銃身を支える。

「──ッ! どこまで往生際が悪いんだ、これがな!? そろそろ、おっ死んでおけ、おじん!!」

「知らないのかね、トゥッチ? あきらめの悪さは、戦場では美徳だよ……!」

 サイバーアームに搭載された機関銃が、フルオート射撃の火を噴く。カイゼル髭の乱れた伊達男は、空中で身をひねり、銃弾をかすめつつかわす。

「ふん──ッ!!」

「ばぼブ、でボッ!?」

 緑色の光の刀身を、『伯爵』は振り抜く。トゥッチの左肩から袈裟斬りに、その身を引き裂く。重力波に撹拌された血しぶきが、左巻きの螺旋を描きながら飛散していく。

「ぼア……うゲ……ごボ……ッ!」

 コーンロウヘアの征騎士は仰向けに倒れこみ、びくびくと全身をけいれんさせる。壮年の紳士は、小さく舌打ちする。身体を両断させるまでには至らなかった。

 それでも、肺腑と心臓を斬り裂いた手応えはあった。トゥッチの口元からあふれる血の泡が、傷の深さを裏付けている。致命傷には、違いない。遠からず、死に至るだろう。

 しかしながら、セフィロト社のスーパーエージェントしての戦闘経験が、とどめを刺せ、とささやく。『伯爵』としても、その直感に全くもって異存はない。

 壮年の紳士の手が、意志に反して刀を取り落とす。地面にひざを突きそうになり、どうにか踏みとどまる。ここで倒れれば、立ちあがれない確信がある。

 コーンロウヘアの征騎士との戦闘を通して、それだけ『伯爵』は消耗していた。蓄積した疲労だけでも馬鹿にならないうえ、全身の傷と、さらには導子力の過剰消費も無視できない。

 満身創痍の伊達男は震える手で、腰のホルスターからコンバットナイフを引き抜こうとして、あきらめる。

 ここで交戦したグラトニア征騎士は、『伯爵』にとっての障害であり、目的ではない。トゥッチと相討ちのような形で戦闘を終えれば、すべては御破算となる。

 コーンロウヘアの男を中心に、いびつな赤い血だまりができている。相当な出血量だ。遠からず、死ぬ。よしんば生き延びても、しばらくは立ちあがれまい。

 壮年の紳士は、自分でも甘いと思う楽観的な判断にすがる。それほどまでに、『伯爵』は追いつめられていた。

 満身創痍の伊達男は、己をあざ笑うように震え、いまにも砕けそうな両ひざを叱咤すると、トゥッチに背を向けて闇の果てへと伸びる道を歩き始めた。

【殴打】

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