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【第2部18章】ある旅路の終わり (9/16)【殴打】

【目次】

【砕牙】

「ふむ……我輩も、年をとったということかね。いや……そんなことは、あるまいよ。まだまだ、捨てたものではないぞ……」

 見るからに強がりとわかる軽口をぶつぶつつぶやきながら、『伯爵』は足を動かす。めまいがひどい。気を紛らせなければ、いまにも失神してしまいそうだ。

「く……っ。やはり、我輩には……精神論は、似合わない、かね……」

 三歩、進んだところで満身創痍の伊達男の身体が、大きくよろめく。それが逆に壮年の紳士の命を救う。

──タンッ!

「おグ……ッ!?」

 背後から一発の銃声が響き、『伯爵』はうめく。右肩を、撃ち抜かれた。おそらく、心臓を狙った射撃だろう。ふらついたおかげで、着弾地点がそれた。

「アぐ……はッ!」

 焼けつくような激痛にさいなまれ、満身創痍の伊達男は地面にひざをつく。それでも『伯爵』は歯を食いしばり、伏臥を寸ででこらえる。

 肩口から背中へ向かって、どぷどぷと血の流れ出す生あたたかい感触がある。右前腕がしびれ、指先の感触はない。まずい。反撃はおろか、追撃にそなえることすら、ままならない。

「だが……誰が?」

 苦悶に思考を浸食されながら、満身創痍の伊達男は自問する。トゥッチは、『伯爵』以上の重傷のはずだ。トリガーを引くのはおろか、照準すらまともにつけられまい。

 だとすれば、別の伏兵、あるいは増援がいるというのか。グラトニア帝国にとって征騎士は、ナイトやクイーンに相当する貴重な駒のはずだ。こんな辺境に、二人以上配置するとは考えがたい。

 ならば、ポーンに相当する雑兵が随伴していたか。使い捨ての兵隊を動員するなど、トゥッチの性格ならば好みそうなところだ。そして、いまの『伯爵』にとっては難敵ともなる。

 どのみち、自分の目で状況を確かめねばならない。満身創痍の伊達男は、右肩の痛みをこらえながら、ゆっくりと背後を振りかえる。

「ふむ……まさか、まさか、だ……」

 数メートル離れた地点から『伯爵』へ銃口を向けているのは、ほかならぬトゥッチ自身だった。満身創痍の伊達男同様にひざ立ちの体勢で、右腕の仕込みマシンガンから硝煙がたゆたう。

 コーンロウヘアの征騎士の傷は、間違いなく深い。失血で、顔色が蒼白になっている。にも関わらず、トゥッチは確かな足取りで立ちあがる。『伯爵』は、いぶかしむ。

 致命傷を負わせたはずの男の鎖骨に、なにか奇妙な物体が埋めこまれている。まるで、錠前のような形状のものが、諸肌に直接……

「あガ……がハ……ぶぁラ!」

 両脚で直立したトゥッチはなにごとかをわめこうとし、しかし言葉をつむげず、代わりに血の泡を吐く。

 コーンロウヘアの征騎士は、大きく引き裂かれた防刃コートの懐をまさぐり、注射針つきのアンプルを取り出すと首筋に深々と突き刺す。薬液を注入すると、見る間に出血が止まっていく。

「デぐエエ……痛え、死ぬかと思ったぜ。だが……さすがはプロフ謹製の高速再生剤だ、これがな。ようやく、生きた心地を取り戻した……」

「ふむ……あの傷で死んでいないとは、驚きだ……いまの貴公は、亡霊か、ゾンビのたぐいではないのかね……?」

 トゥッチは瞳の奥に憎悪の炎を燃やし、大股の確かな足取りで、『伯爵』へ歩み寄ってくる。満身創痍の伊達男は、左手でコンバットナイフを引き抜こうとして、取り落とす。

「やってくれるぜ、おじん。念のため、ロックのヤツの死禁錠<デス・ジェイル・ロック>を付けておかなかったら危なかった、これがな」

「ふむ、なるほど……あらかじめ、ほかの征騎士の転移律<シフターズ・エフェクト>を利用していた……というところかね……?」

「黙りな、おじん。亡霊とかゾンビとか言いたい放題に言いやがって……死に損ないはおたくのほうだ、これがな」

 声も絶え絶えに問うた『伯爵』に対して、コーンロウヘアの征騎士はひざ蹴りを顔面へ叩きこむ。

「グはあ……ッ!」

 満身創痍の伊達男は回避も防御もままならず、鼻血をまき散らしながら、仰向けに倒れこむ。

 どうにか臨戦態勢をとるべく、『伯爵』は起きあがろうとする。できない。両脚に力が入らない。

「おう、おじん。おれっちは、優しいからな。立ちたいなら手伝ってやるよ、これがな」

 トゥッチは、満身創痍の伊達男の頭髪を左手で乱暴につかむと、その身を無理矢理に吊りあげる。右腕の仕込みマシンガンの銃口を、『伯爵』のあごの下へ突きつける。

「トゥッチ……やめ……たまえ……」

「いまさら命乞いか? ざまあねえな、おじん」

「違う……頭のほうだ……せっかく整えた髪が……乱れる」

「……どこまでもナメくさったおじんだ、これがな」

 コーンロウヘアの征騎士は、サイバーアームの内蔵機関銃を発砲し、満身創痍の伊達男の頭を吹き飛ばそうとする。銃声はとどろかず、代わりにギアの空転する音が響く。

「弾切れかね、トゥッチ……我輩と同様、貴公も丸腰になった、というわけだ」

「おじん。ナメた口を利くのもたいがいにしろ、これがな」

 コーンロウヘアの征騎士は、仕込みマシンガンの銃身を機械義手の内部へ格納し、冷たい金属製の右手を握りしめる。手の甲に、四角形を重ねたような『印』が浮かんでいる。

「ブッ飛ばせ、『質量押印<マス・スタンプ>』」

 トゥッチの拳が、『伯爵』の頬を殴りつける。インパクトの瞬間、コーンロウヘアの征騎士の右手から灰色の石柱が生じ、満身創痍の伊達男を吹き飛ばした。

【誤断】

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