【第2部5章】戦乙女は、侵略にまみえる (6/16)【肉薄】
【撹乱】←
「征騎士ロック・ジョンストンどの! 攻撃部隊が現住種族との白兵戦に移行した模様です!!」
渓谷の底、洞窟というには小さすぎる岩のくぼみに寒冷地用の迷彩シートをかぶせた簡素な陣幕のなかから、導子通信機と向きあう甲冑兵が声をあげる。
「はあっ? なんだって、現地の蛮族のチャンバラにつきあっているのさ!? すたこらさっさと距離をとらせろ!!」
狭苦しい陣幕のなかを嫌って、外に出ていた指揮官らしき別の甲冑の男があきれたような声で返事をする。
男たちが身につけている全身鎧は見た目こそ中世風の鈍重な防具だが、その実、内側は高度な技術<テック>の産物であり、周囲の低温も完全にシャットアウトしている。
征騎士と呼ばれた指揮官らしき男は、他の甲冑兵と同様の装備に加えて、その背に国章らしき紋様を刺繍された赤い外套を羽織っている。
「それが……スティンガーミサイルによる対空射撃は、現住種族に対しては想定したほどの効果はなかった様子で……」
申し訳なさそうな通信兵の声を聞いて、征騎士ロックは雪の舞い落ちる灰色の雲を仰ぎ見る。気が滅入りそうな曇天模様だ。
「なるほどねえ。セフィロト社からかっぱらったデータでは、対ドラゴン戦闘では有効だったらしいが……何事も、一筋縄ではいかないものさ」
「現住種族の機動性が勝っているようで……実際、ヒポグリフに対してはある程度の効果があったようです」
「ふむふむ、わかったのさ……無駄な消耗をする必要もない。戦闘データを持ち帰ることが肝要だ。すたこらさっさと撤退させろ。後退ルートは確保しているだろ?」
「それが……挟撃を受けている、という報告もありまして……」
「はあっ!? 伏兵でも潜ませていたのか……こっちの襲撃が事前にバレていないと無理なのさ、それは!!」
「不確定情報です! しかし、実際に負傷者が出ていると……」
「征騎士どの! あれを!!」
護衛の兵士が、上空を指さす。征騎士ロックは、その方向に顔を向ける。ぶあつい雲の曇天の下、小さな影がこちらに向かって近づいてくる。
征騎士は、ヘルムに仕込まれた拡大視機能を起動する。吹雪が邪魔して不明瞭だが、ヒポグリフのようだ。背に何者かが乗っている。
「次から次へと……イレギュラーなことってのは、まあ、立て続けに起きるものなのさ。オマエら! スティンガーミサイル準備!!」
男の声に応じて、両脇の護衛兵が対空ミサイルの発射器を肩にかつぐ。征騎士の目論見を看破したかのように鷲馬は高度を落とし、渓谷の狭間に身を隠す。
「ずいぶんと戦い慣れているヤツなのさ。だが、あの軌道はすたこらさっさとこっちに向かっている……オマエらな! 撃墜のチャンスは一瞬だ、ぬかるな!!」
「了解です、征騎士ロック・ジョンストンどの! 偉大なるグラトニアのためにッ!!」
指揮官の男の命令に、左右の甲冑兵は声をそろえて唱和する。征騎士自身も、アサルトライフルをかまえる。
頭上に満ちた灰色の厚い雲のように、重苦しい沈黙があたりを包む。征騎士ロックとその配下は、接近者を迎え撃たんと待ちかまえる。
つむじ風が谷底の雪だまりをさらい、巻きあげる。ほぼ同時に、渓谷を縫うように飛び来たるヒポグリフの姿が数十メートル先に見える。
「──撃てッ!」
指揮官の号令に応じて、左右の護衛兵が対空ミサイル発射器のトリガーを引く。バシュウッ、とジェット噴射の音を立てて、技術<テック>の鉄杭が射出される。
スティンガーミサイルの誘導装置がヒポグリフの巨体をロックオンし、血と肉片を谷底にまき散らそうと殺到する。
鷲馬の騎手は、素早く手綱を操る。まるで戦闘機のバレルロールのような螺旋の軌道を描き、二発の対空ミサイルを紙一重で回避する。
炎の尾を引く鉄杭は目標をかすめ、谷のうえまで飛び出る。大きな弧を描くように旋回し、ななめ上方からふたたびヒポグリフを狙う。
「ナオミ、まだ来るぞッ!」
「バッド! ナメられたもんだろ!!」
赤毛の騎手──ナオミは、有翼の魔獣の体躯を地面に垂直な状態で滑空させる。スティンガーミサイルの自動照準が、ヒポグリフの背筋にあわせられる。
「こいつで……どうだッ!?」
ナオミは、鷲馬の後脚に崖の岩壁を思い切り蹴らせる。ヒポグリフの躯体が、跳躍するように前方へ加速する。
──ズドォンッ!
鷲馬の背にまたがるアサイラとナオミの後方で、爆炎があがる。誘導ミサイルは、胴体ひとつぶん狙いがそれて岩壁に命中し、渓谷を揺らす。
「スティンガーミサイルな、ヒポグリフ相手には有効だったんじゃないのさ!?」
「ハッ! しかし……」
「まあ、いい……相手がやりやがるのさッ! 蛮族風情で!!」
予想外の光景に一瞬だけ呆然とした征騎士ロックは、すぐさま接近する相手を迎撃しようと、アサルトライフルの銃口を有翼の魔獣に向けようとする。
その瞬間にはすでに、ヒポグリフの躯体は征騎士ロックの頭上にあった。国章の刻まれた外套をひるがえし、真上方向にフルオート射撃を放とうとする。
「遅いだろ! 喰らい、やがれッ!!」
「あぎが──ッ!?」
有翼の魔獣が持つ馬の後脚が、甲冑の背をしたたかに蹴りつける。征騎士ロックは雪だまりのうえを、ごろごろと十数メートルほど転がっていった。
→【奇妙】
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