【第13章】夜明け前戦争 (6/12)【再編】
【黒煙】←
「──というわけでして、以降、『龍都』側の戦力の指揮は、こちらのシルヴィアどのに一任されました。これは、龍皇女殿下の意向なのですよ」
ちろちろと燃える篝火が夜闇を照らすなか、集合をかけられた『龍都』防衛に参加している人間たちとドラゴンたちに、アリアーナが告げる。
人間態の側近龍の横で紹介されながら、シルヴィアは居心地の悪さを覚える。圧倒的戦力差を見せつけられて、士気が沈んでいるからだけではない。
不信と敵愾心に満ちた視線が、自分に注がれているのがわかる。無理もない。どこの馬の骨──狼だが──ともわからない小娘が、指揮官を務めるというのだ。
ポーカーフェイスを保ちつつ、シルヴィアは頭を悩ませる。この状態では、まともな統率もままなるまい。龍皇女も、それをわからぬわけではないだろうに。
『なんだ、ウヌら。葬式に並ぶような顔をしおってからに……オレは従うぞ、小娘。セフィロトの連中を八つ裂きにできるのなら、なんだってやってやる』
龍と人の輪の奥から、地の底より鳴動するかのような声が響く。一同が、一斉に向けた視線の先には、巨体のドラゴン、ヴラガーンの姿がある。
『ほかの連中が、どうしようと勝手だが……オレの足を引っ張るというのならば、いまこの場でくびり殺すぞ』
決戦をまえにした鉄火場で、脅迫まがいの言動は劇薬だ。一歩間違えば、その場で同士討ちが始まることを、シルヴィアは知っている。
だが、今回は、良いほうに効果が出た。まえに向き直った人間たちの瞳からは不信の色が消え、自分たちの故郷を守ろうという純然たる士気の高まりが宿る。
シルヴィアが視線を向けると、ヴラガーンはつまらなそうに首をよじる。暴虐龍の圧倒的な力に対する、人とドラゴンが抱く畏敬の念を思い知る。
同時に、獣人の娘の顔は歴戦の兵士のものへと変わる。これならば、戦える。勝利できる。頭の奥で、パズルのように戦術が組み立てられる。
「よし……では早速、部隊を再編する! ドラゴン一頭につき、三から五の人間で組を作れ。各隊には、戦士、射手、魔術師が必ず一人ずつ入るようにしろ!」
うら若い獣人の指揮官の号令を受けて、人が、龍が動き始める。シルヴィアは、かたわらについているアリアーナのほうを見る。
「アリアーナ、戦列に参加しない後方支援の魔術師たちを集めてくれ。それと、セフィロト側の捕虜は一人もいないか? このさい、死体でもいい」
「魔術師たちには、すぐに召集をかけましょう。それと捕虜に関してですが、墜落した龍の下敷きになったものを捕らえた、と聞いているのですよ」
「よし、いいぞ。そいつの装備も、こちらに持ってこさせてくれ。あと、弓かクロスボウが一丁必要だな。もちろん、矢も」
やがて、指揮所となる陣幕のまえに、魔術師たちが集められる。ほとんどはギルド勤めの人間で、荒事とは無縁の暮らしを送ってきた人間たちだ。
緊張した面持ちの華奢な魔術師たちを後目に、シルヴィアはセフィロト製のプロテクターを篝火の支柱にくくりつける。
獣人の娘は、少し離れるとクロスボウをかまえ、矢を放つ。プロテクターに命中した鏃は、甲高い音を立てて、複合装甲にはじかれる。
弩を手にしたシルヴィアは、魔術師の面々のほうを振りかえる。
「見ての通りだ。こちらの飛び道具は、向こうの防具に通用しない。これを魔法<マギア>の力で、貫通できるようにすることはできるか?」
「不可能ではないですが……すべての矢に『強化』の魔法<マギア>をかけるためには、とても時間が足りません」
「全部を強化する必要はない。各小隊に最低一本、できれば二本。それで充分だな」
後方支援の魔術師たちとの折衝を済ましたシルヴィアは、きびすを返し、陣地を足早に横切っていく。そのあとを、アリアーナが追いかける。
「仕事が速いのですよ、シルヴィアどの」
「これでも間に合わせだな。時間が許すのなら、やりたいことは山のようにある」
「くすくす。アサイラさまが、シルヴィアどのを大事になさる理由がわかった気がするのですよ」
表情は沈着冷静なままだが、アサイラの名を出され、シルヴィアの狼耳がぴょこんと跳ねる。アリアーナは、戦場に不釣り合いな柔らかい微笑みを浮かべる。
やがて二人は、駐屯地の端までやってくる。冷たい夜風がゆるやかな丘陵地を吹き抜け、獣人と側近龍の頬をなでる。
「……この丘の向こう側に、セフィロトのものたちが居座っているはずですよ」
「よし。少しばかり、偵察に行ってくるのだな」
アリアーナが碧眼を丸くする横で、シルヴィアは四つん這いになり、文字通り狼のような体勢となる。
「もしも、こちらが戻ってこなかったら……アリアーナが指揮を引き継ぐのだな」
「それはイヤなので、シルヴィアどの無事を祈っているのですよ」
心底、好まないといった表情を浮かべる側近龍に対して、シルヴィアは笑い返す。
獣人の娘は、ウェストのホルスターからコンバットナイフを引き抜くと、刃の峰を口にくわえる。そのまま、草原のなかに潜りこみ、ほふく姿勢で前進する。
ゆっくりと慎重に、丘陵地の頂点を目指したシルヴィアは、その手前で動きを止める。獣の耳をそばだて、向こう側の同行を探る。
獣人の鋭敏な聴覚は、わずかな音も逃さない。風のささやきに混じって、銃火器の金属音やプロテクターのきしみ音、兵士たちが通信する声を聞き取る。
思ったよりも、近い。シルヴィアは、戦場を俯瞰する光景を思い描きつつ、そろりそろりと草原を横切るように、『龍都』の陣地へと戻っていった。
獣の視力を持ってすれば、丘の斜面のうえから、自軍の戦力の配置が見える。『龍都』を背に、大きく左右に翼を広げるような陣形だ。
中央に見える巨大な影は、あのヴラガーンだろう。シルヴィアは、そちらに向かって、丘を降りていく。
草むらのなかから獣人娘が這い出てくると、暴虐龍が睥睨する。シルヴィアは、くわえていたコンバットナイフをホルスターに納めると、巨龍を見あげる。
「そちらと組になる人間が見えないが、どうしたのだな?」
『……誰も、オレと組もうとしない。そも、中途半端な人間では足を引っ張られるだけだ。オレは、単独でやらせてもらうぞ』
シルヴィアは、少しだけ思案し、暴虐龍に了承のうなずきを返す。
「わかった。そのかわり、全隊の中心を支えてもらう。守るときは屋台骨になり、攻めるときは切っ先となる、重要な役割だな」
ヴラガーンは、たぎる血気を噴き出すように、鼻を鳴らす。暴虐龍の巨体の横を、アリアーナが駆けよってくる。
「お待ちしていたのですよ、シルヴィアどの。我々も、戦列に加わりますか?」
「こちらは暴虐龍の後方に位置取って、全隊へ指揮を飛ばす。アリアーナ、魔法<マギア>を使って、通信のようなことは可能だな?」
「『念話』の魔法<マギア>なら、心得ていますが……ああ、なるほど。それで、各組に一人ずつ魔術師を」
側近龍の気づきに、獣人の娘はうなずきを返す。
「アリアーナは、こちらの指揮を各隊に中継して欲しいのだな」
「了解なのですよ。ただ……暴虐龍は、だいじょうぶですか。魔法<マギア>は、苦手だったのでは?」
『……黙れ、側近龍ッ!』
ヴラガーンが子供じみたかんしゃくを起こす。巨体に似合わぬその様子に、シルヴィアは思わず噴き出してしまう。
「必要であれば、こちらが肉声で直接に指示するのだな。それまでは、全隊の中心に陣取って、味方を巻きこまない程度に暴れてくれればいい」
『ふん……ッ』
暴虐龍は、すねたように鼻を鳴らす。シルヴィアとアリアーナは、ヴラガーンの後方五百メートルほどまで移動する。
人間態だった側近龍はドラゴンの姿へと戻り、獣人の娘はその背に乗る。ウェストポーチから暗視機能付きの双眼鏡を取り出し、丘の頂点を見る。人影が、動いた。
「……来るッ!」
『全隊に伝えますか?』
「ああ……だが、まだ動くな……」
シルヴィアは、双眼鏡越しに敵兵の動きを凝視する。いくつもの人影が、丘陵地の稜線を越えて、身を屈めながらゆっくりとこちらに向かってくる。
「まだだな……まだ、動くな」
自分自身に言い聞かせるように、シルヴィアはつぶやく。やがて、尖兵が突然、動きを止める。戸惑うような仕草を見せ、通信機になにかをわめいている。
「……かかったのだな!」
シルヴィアが偵察のさいにしかけたトラップ──『狩猟用足跡<ハンティング・スタンプ>』に、敵兵が引っかかった。一人、二人と自由を奪われる兵士が増える。
足跡に触れた相手をその場に固着する、シルヴィアだけの『シフターズ・エフェクト』が、セフィロト兵の進軍を阻害する。
「アリアーナ、全隊に伝達! 敵兵に、射撃開始……一射目には魔法<マギア>の矢を使い、確実に命中させろ!!」
シルヴィアの声に応じて、アリアーナが『念話』の魔法<マギア>で指示を伝える。少し遅れて、射手たちの弓から一斉に矢が射かけられる。
セフィロト企業軍の尖兵に、魔力を帯びた矢が突き刺さり、仰向けに倒れこむ。
突然、足が動かなくなったことに加えて、本来ならばプロテクターで完全に防御できるはずの攻撃によってダメージを負い、敵兵の混乱の度合いは増していく。
「よし……全隊、進軍開始ッ!!」
獣人の指揮が、側近龍を経由して、『龍都』陣営の各隊に行き渡る。丘陵のすその草原に身を伏せていた人と龍たちは、いっせいに立ちあがる。
「ウオオォォォ──ッ!!」
夜闇の草原に、人間とドラゴンの混成部隊が吼える鬨の声が響きわたった。
→【戦術】
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?