200301パラダイムシフターnote用ヘッダ第13章07節

【第13章】夜明け前戦争 (7/12)【戦術】

【目次】

【再編】

「ドラゴンは決して飛ぶな! 地上にいる限りスティンガーは使えない……人間は、ドラゴンの影に身を隠しながら前進しろ!!」

 シルヴィアの指示は、アリアーナの『念話』の魔法<マギア>によって全隊に伝達される。少し遅れて、無数の銃声が夜の丘のふもとに響き始める。

 飛行移動に慣れた龍たちは、難儀そうに、ゆっくりと草原のうえを這い進んでいく。随伴する人間たちは、銃弾が飛来するなか、ドラゴンの背後に息を潜める。

 アサルトライフルをフルオートで射撃しつつ、前進していたセフィロト企業軍の兵たちは違和感に気がつく。

 スティンガーならともかく、ライフル弾ではドラゴンにとって針で突かれた程度の衝撃にしかならない。『龍都』陣営は、少しずつ、確実に歩を進めていく。

 セフィロト兵は、なおも掃射を続けつつ、その場に足を止め、やがて徐々に後退を開始する。

「よし……まずは、作戦通りだな」

 流れ弾から身を守るように、側近龍の首筋に身を伏せるシルヴィアがつぶやく。獣人の女戦士は、うつ伏せのまま、鹵獲品のスナイパーライフルをかまえる。

 銃火のきらめく闇夜の戦場を俯瞰し、自陣営が不利になっている場所を探す。龍の頭頂に、銃口を置く。スコープをのぞき、小隊長らしき兵士の頭に照準をあわせる。

──タンッ!

 短く鋭い発射音が響く。スコープ越しに、目標の頭蓋が破裂する。シルヴィアは、丁寧に敵軍の要所に向かってくりかえし、弾丸を穿ちこんでいく。

 ドラゴンの前進を止められず、さらに的確な支援射撃を受けて、セフィロト企業軍の焦燥と混乱が少しずつ蓄積していく。

「おあぁぁぎゃあーッ!」

 迫り来る龍の威容に気圧されたのか、兵士の一人がアサルトライフルを投げ捨て、背負っていたスティンガーミサイルの発射機をかまえる。

「……馬鹿ッ! やめろ!?」

 友兵が気づき、止めようとする。狂乱状態の兵士は、かまわずトリガーを引く。

 だが、目標は地上。丘陵の斜面も勘案すれば、発射点よりも低地にいる。携行対空ミサイルの誘導装置は正常に作動せず、明後日の方向へと飛び去っていく。

 その様子を暗視機能付きの双眼鏡で観察していたシルヴィアは、戦況が次の段階に移りつつあると理解する。

「アリアーナ、全隊に伝達だな……接敵次第、ドラゴンと戦士は白兵戦に移行。射手は援護射撃を開始、魔術師は通信の維持に専念」

『了解なのですよ、シルヴィア指令官どの』

「……ク~ン」

 側近龍の返事に、獣人の女戦士は居心地悪そうに身じろぎする。そうしている間にも、アリアーナの『念話』によって指揮が各隊へと伝播していく。

 前線では射手たちが弓をかまえ、龍の巨体の影から放物線を描くように矢を放つ。通り雨のように、鏃がセフィロト兵の頭上から降り注ぐ。

「うわあはああーッ!?」

 敵兵のあげる悲鳴を、シルヴィアの鋭敏な聴覚が拾う。

 二射目で放たれたほとんどは、なんの変哲もないふつうの矢だ。セフィロト製のプロテクターなら、問題なく防御できる。それは、相手も理解している。

 しかし、そうであるはずの装甲を、一射目の魔法<マギア>で強化された矢によって貫通されたことにより、セフィロト兵たちは疑心暗鬼に陥る。

 一瞬の躊躇に足の動きが止まり、アサルトライフルの掃射が止まる。天から落ちてくる鏃は、複合装甲にはじかれる。それで、充分だった。

『グラアアァァァ──ッ!!』

 龍たちの咆哮が、暗黒の戦場の空気を震わせる。大きく顎を開いたドラゴンののどの奥から、炎、雷、氷……魔力を帯びた吐息<ブレス>が放たれる。

 轟音が響きわたり、爆煙が立ちこめる。セフィロトの尖兵たちが、吹き飛ばされる。ヴラガーンの撃った圧縮空気に至っては、丘の一部を削り取っている。

「──行けッ!」

「……おりゃあおぁぁぁ!!」

 シルヴィアの短い号令に応じるように、丘裾に響きわたるのは人間の戦士たちの雄叫びだ。隊列を大きく乱した敵陣に、爆煙をくぐり抜けて襲いかかる。

 原始的な武器と侮ったセフィロト兵が、若い冒険者の振り降ろした大剣によって袈裟斬りにされる。鮮血が飛び散り、仰向けに倒れこむ。

 髭面の闘士が、鎚で相手の頭を砕く。熟練の兵士が、槍の穂先をきらめかせ、敵の心臓を串刺しにする。反応の遅れたセフィロト兵が、次々と狩られていく。

『龍都』陣営の戦士たちが手にしているものは、魔術師ギルドや街の有力者たちが所持し、供出された魔法<マギア>製の武器だ。

 通常の剣や槍では歯が立たない高度な技術<テック>のプロテクターでも、これならば対抗できる。さらに、龍の牙が、爪が、尾が、力任せに敵陣をなぎ倒す。

 アリアーナのたてがみのなかに身を沈めつつ、後方から前線を監視していたシルヴィアは、セフィロト企業軍の指揮系統の大きな乱れを見てとる。

 戦場から逃げ出そうと、独断で走り出す兵士がちらほらと見える。潰走が、始まった。獣人の女戦士は、小さく拳を握りしめる。そのとき──

──キイイィィィ……ンッ。

 上空から、甲高い金切り音が響く。反射的に頭をあげたシルヴィアとアリアーナは、丘の向こう側から『龍都』の方角に向かって伸びる、一条の飛行機雲を見た。

【飛翔】

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