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【第2部27章】星を呑む塔 (2/4)【脱獄】

【目次】

【生贄】

「ん……っ」

 アンナリーヤは、独房のなかで苦しげに身じろぎする。手と足はもちろん、ヴァルキュリアである彼女の種族的特徴を示す背中の翼にも枷がはめられ、ほぼ身体的自由は封じられている。

 小さな室内を照らす冷たい照明は、少しばかりまえに消え、暗闇に包まれた。それでも、戦乙女の王女の心が動くことはなかった。

 死力を尽くして立ち向かったアンナリーヤは、グラー帝に対してまったく歯が立たなかった。

「もはや自分は死んだも同然だ……はじめから、できることなど、なにひとつなかったからだ……」

 戦乙女の王女は、虚空に向かってつぶやく。姫騎士としてできるすべてをぶつけても、赤子の手をひねるように敗北したアンナリーヤの心は、とうにくじけている。

 そのとき──

──バチバチバチッ!

 暗闇のなか、扉のあった場所に火花が散る。電光が消えると、技術<テック>で造られた見慣れぬ仕掛けの扉が、手によって押し開かれる。

「無事かしら、お姫さま? 白馬の王子でなくって申し訳ないんだけど、助けにきたのだわ!!」

 わずかな光源がアンナリーヤの顔を照らすと同時に、聞き覚えのある声が独房に反響する。

「リーリスか! どうして、ここがわかった!? 貴殿らと別れたあと、自分の身になにが起こったか、知るすべはないはずだからだ!!」

「グリン。細かく説明していると、長くなっちゃうんだけど……あなたが『塔』に閉じこめられている、ってわかったのは完全に成り行きだわ。幸運に感謝なさい?」

 リーリスが口にした『幸運』という言葉を聞いて、アンナリーヤは表情を曇らせる。

「幸運。そんなものを、自分は持ちあわせていない……あのとき、なにひとつできたことはなかったからだ……」

「見送ってもらったあとに、なにがあったかは知らないけど。とりあえず、じっとしているのだわ。きれいなお肌に、火傷じゃすまないわよ」

 ゴシックロリータドレスの女は、ペンライトの出力をレーザートーチに引きあげ、姫騎士にはめられた枷を強引に切断していく。

「リーリス。どんな事情で貴殿がここに来たのかはわからないが、自分を助けても益はない……武器がなければ、いや、あったとしても、なにもできなかったから……あうっ!?」

 弱音を吐き続けるアンナリーヤの目に向かって、ゴシックロリータドレスの女は光量を絞ったペンライトの灯火で照らす。

「グリン。こんなにめそめそしているのは、あなたの夢のなかに潜ったとき以来かしら? ご自慢の魔銀<ミスリル>製の武器がどこにあるかも、調べがついているのだわ。立ちなさい、凛々しさが魅力のお姫さま?」

 アンナリーヤは、少しのあいだ、うつむきながら沈黙する。やがて小さなうなずきを返しながら立ちあがる。

 武装解除されたヴァルキュリアの姫騎士は、ゴシックロリータドレスの女が持つペンライトの光点を頼りに、ふたりだけで闇に呑まれた通路を走り出す。

「なんでこんなに暗いんだ。ドヴェルグの地下都市だって、もう少し明かりがあるだろう……それに兵士とはち合わせる可能性もある。仮にも敵地のなかのはずだからだ」

「あー、そこらへんも話せば長くなるんだけど……とりあえず、敵兵の心配はないのだわ。ともかく、あなたの武器を取り戻すのを優先しましょ?」

 漆黒のなかに足跡を響かせながら、走ることしばし。ふたりは、同一フロアの倉庫にたどりつく。リーリスは、独房のときと同じようにレーザートーチでロックを焼き切る。

 乱暴に扉を押し開き、なかへ踏みこめば、持ち主に答えるかのように棚のうえに置かれた魔銀<ミスリル>の武具たちが、蒼碧の反射光を放つ。

「グリン。見つけやすいところにあって、助かったのだわ。暗闇のなかで家捜しなんて、いくら時間があっても足りやしない」

「まずは鎧を身につける。リーリス、すまないが手伝ってくれ……敵兵の心配がないとはいっても、早いに越したことはないからだ」

「もちろんだわ。万が一だけど、残りの征騎士が向かってきたら、やばい」

 アンナリーヤは魔銀<ミスリル>の胸当てを、手慣れた様子で装着していく。リーリスは、ペンライトを口にくわえ、すね当てのほうに取りかかる。

 兜をかぶり、籠手をはめ、戦乙女の姫君は蒼碧に輝く具足で完全武装の姿となる。愛用の武器である、壁に立てかけられた魔銀<ミスリル>の大槍と大盾を手に取ると、検分する。

「問題はなさそうだ。剣、弩、矢……槍と盾のなかの仕込み武器にも、欠けはないからだ」

「グリン、重畳だわ。正直、ほっとした」

「ときにリーリス。ここから外に出るためには、どうすればいい?」

 アンナリーヤに問われて、ゴシックロリータドレスの女は目を丸くし、間の抜けた表情を浮かべる。

「グリン……考えてなかったのだわ。正門は……閉まっているだろうし。『ドクター』のところまで……戻っても、出られるわけじゃないし……」

「まさかとは思うが……脱出のことを考えていなかったのか? そもそも貴殿は、どうやって入ってきたんだ?」

「グリングリン! ともかく、話せば話すほど長くなるのだわ……わたしたちも、いろいろと複雑な事情を抱えているのッ!!」

 見通しの甘さを咎められて、必死に言い訳する子供のように、リーリスはペンライトを振りまわす。その様を見たアンナリーヤは、思わず噴き出す。

「ぶっ、ふふふ……! 貴殿らと一緒にいると、本当に飽きることがない……いつも予想できないことばかりだからだ!!」

 腹を抱えて、ひとしきり大笑いしたヴァルキュリアの王女の瞳に、失われていた生気と意志の輝きが戻る。

「わかった……ならば、もっとも外側に近く、壁の薄い地点を教えてくれ」

「それなら、通路の突き当たりに物資搬入口があったはずだけど……さすがにレーザートーチで焼ききれる厚さじゃないのだわ?」

「無論だ。貴殿は、明かりで位置を指し示してくれればいい……自分の道は、他ならぬ自身の力で切り開くべきだと思い出したからだ」

 ふたりは、狭苦しい倉庫から通路へ飛び出す。リーリスが先行し、目的地点のまえで信号灯のようにペンライトを振って合図を送る。

 アンナリーヤは、魔銀<ミスリル>の大盾を床に置くと、そのうえにうつ伏せで身を乗せる。背の双翼を広げ、魔力を循環させる。

「うおおああぁぁぁ──ッ!!」

 ヴァルキュリアの姫騎士の咆哮とともに、サーフボードのごとき盾が火花を散らしながら通路を滑り、ゴシックロリータドレスの女が指し示す物資搬入口へと突っこんでいく。

 戦乙女の王女は、右腕全体を使って突撃槍<ランス>を支える。すぐに、全身を揺さぶる衝撃が襲いかかる。正面から、隔壁に衝突した。

「うぐあ……!」

 アンナリーヤは、うめきつつ、縦方向に一回転する。硬く閉じたまぶたを開くと、まぶしいばかりの光が眼球に差しこんでくる。『塔』の真横に大穴が開き、その中からリーリスが手を振っている。

「グリン、やったのだわ! アンナリーヤ、近くに『シルバーブレイン』……銀色の空飛ぶ船がいるはずだから、そこへ向かって!!」

「了解だ、リーリス! しかし……これは、なんだ……!?」

 戦乙女の姫騎士は、背中の翼を羽ばたかせながら、頭上をあおぐ。リーリスもつられて、天をあおぐ。

 空全体が、左向きの渦を巻いている。まるで、天が落ちてくるような閉息感を覚える。『塔』のなかに捕らわれていたときとは、まったく別の重圧にさらされて、ヴァルキュリアの王女は背筋をふるわせた。

【剣鬼】

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