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【第2部21章】蒸気都市の決斗 (1/8)【追随】

【目次】

【第20章】

 酸性雨に濡れたレンガとコンクリートのビルが林立する灰色の都市。街の中央にそびえ立つ市長府に併設された蒸気瓶工場からは、もうもうと絶えることなく白煙が吐き出され続けている。

 ごうんごうん、と響き続ける低い振動運とともに、道路に渋滞する蒸気自動車や大小様々な建造物からも排蒸気があふれ出し、空をおおう分厚い灰色の雲に登っていく。

 昼間でも薄暗い蒸気都市、視界をおおう濃霧のなか、レインコートを羽織って足早に往来を行き来する市民たちが、一時、足を止めて頭上をあおぐ。

 まばゆいばかりに白銀の輝きを放つ三対六枚の翼を持つドラゴンが、地上の喧噪を意に介することもなく、灰色の曇天の下をすべるように飛んでいく。

 龍という存在を初めて目撃した市民には理解は及ばないが、本来、長く伸びているはずの尾は根本から切断されている。

200526パラダイムパラメータ‗蒸気都市カルミデス

「えへへ……街のみんな、ディアナさまを見て驚いているのね」

「目立ちすぎではないかしら。此方としては、よからぬ輩の耳目を集めないか心配なのだけど」

 ちょうど地表から死角となる龍の背には、ふたりの少女が乗っている。魔法少女姿のメロと、巫女装束に身を包んだエルフのミナズキだ。

『ミナズキの言うとおりですが、先を急ぐゆえ、選択の余地はないですわ……それよりも、メロウ。そなたの産まれ育った街、なにか変わった様子はありませんか?』

 白銀の上位龍<エルダードラゴン>、龍皇女の異名を持つクラウディアーナに問われ、蒸気都市出身の魔法少女は六枚翼のすきまから眼下の街並みをうかがう。

「ううん……見た感じ、特に異常はなさそうなのね。それはそうと目的地の……グラトニアだっけ? 行くためには、もう一回、虚無空間に出るの?」

『幸か、不幸か……次元世界<パラダイム>の外へ出る必要は、もうなさそうですわ』

「ああ、やはり……この感覚は、そういうことかしら」

 龍皇女とミナズキが神妙な面持ちでつぶやく言葉を聞いて、メロは小首を傾げ、ふたたび蒸気都市の様子に視線を落とす。

「それにしても……ディアナさまの次元世界<パラダイム>を見たあとで、正直、あまりきれいな街じゃなくて、恥ずかしくなっちゃうのね」

 魔法少女は、苦笑いする。蒼穹のもと緑したたるクラウディアーナの次元世界<パラダイム>と比べれば、蒸気霧にぼやけたモノクロームの風景は、なんとも味気ない。

 以前は整然とした都市計画のもとに敷かれたと思っていた道路も、龍皇女の膝下である『龍都』を見たあとでは、だいぶ無秩序で行き当たりばったりな印象を受ける。交通渋滞が慢性化しているわけだ。

『どのような次元世界<パラダイム>も、移り変わるものですわ。我がフォルティアの大地も、ひどく荒廃した時代がありました』

「此方の出身地も、『常夜の怪異』のときは、とても人に見せられるような有様ではなかったかしら」

 うつむきかけていたメロは、クラウディアーナとミナズキの気遣いの言葉を聞いて、顔をあげる。

「えへへへ……早いこと悪者をやっつけたら、メロは、この街をきれいにするためにがんばるのね!」

『うふふふ。メロウにとって、この街は代えがたい故郷なのですわ』

 白銀の上位龍<エルダードラゴン>は、慈愛に満ちた声音でつぶやく。エルフ巫女は至極まじめな表情で、同乗者の魔法少女の顔をのぞきこむ。

「ところで、メロ……この次元世界<パラダイム>の大きさは、街の規模とほぼ同じで間違いなかったかしら?」

 旅の仲間の唐突な問いに、戸惑いつつも魔法少女はうなずく。

「うん……都市と、あとはその周りの牧場とか鉱山とかだけのはずなのね……ディアナさまや、カルタさんの次元世界<パラダイム>ほど大きくはないけれど……」

「メロがそう言うということは、やはり……」

 ミナズキは思案顔になりつつ、進行方向へ視線を向ける。エルフ巫女の姿を、龍態のクラウディアーナが、一瞥する。

「……この次元世界<パラダイム>の気配は、あまりにも広すぎるかしら……より正確に言うのならば、まるで大きな空間の端っこに位置するような」

『気づいていましたか、ミナズキ』

 クラウディアーナの龍の顎が、小さくうなずく。魔法<マギア>の才を欠くメロは、卓越した魔術師であるふたりのやりとりの意味するところを呑みこめない。

『わたくしも、同じ感覚を覚えていました。この次元世界<パラダイム>は、十中八、九……すでにグラトニアに呑みこまれ、融合されていると見るのが妥当ですわ』

「あわわ……それじゃあ、ますます早くなんとかしないと……ッ!!」

『おかげで、このままグラトニア本土へ乗りこむことが可能ですわ。ミナズキ、メロウ。先を急ぎましょう』

「……でも、それじゃあ、孤児院によっていくのは無しかあ。会ったら、絶対、長話になっちゃうし……シスター・マイア! メロたちがなんとかするまで、頑張ってなのね!!」

「龍皇女陛下……グラトニアへ入ったあとの方針は、いかがなさるのかしら?」

『我が伴侶も、かの地へ向かっていると『伯爵』……謁見の間にいた髭の男性が言っていました。合流し、預かっている『龍剣』を届けるつもりですわ』

 クラウディアーナの示した方針に、ミナズキとメロはうなずきを返す。龍皇女が『我が伴侶』と呼ぶ青年、アサイラは、ふたりの少女にとっても浅からぬ関係の間柄だ。

 白銀の上位龍<エルダードラゴン>は、わずかに軌道を修正し、蒸気都市を横切ろうとする。はっ、となにかに気がついたかのように、魔法少女が背後を振りかえる。

「……どうかしたのかしら、メロ?」

「なにかが……追いかけてきているのね。どんどん近づいてきている……ッ!」

 魔法少女は、得物である二輪一対のリングを握りしめ、龍態のクラウディアーナの後方を凝視する。龍皇女も、わずかに背後を気にする素振りを見せる。

 視界をさえぎる濃霧の影響もあって、ミナズキの目は追跡者を捉えることはできないが、それでも、ふたりの緊迫した空気を感じとる。

 ふたりの少女を乗せた白銀の上位龍<エルダードラゴン>は、六枚の翼を大きく広げ、飛翔速度をいっそう増した。

【後塵】

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