【第2部21章】蒸気都市の決斗 (4/8)【発条】
【閉塞】←
「ぴょーん、とッ!」
彼我の距離、およそ10メートル。銃を持っているならいざ知らず、格闘家はおろか、剣や槍の使い手であっても間合いの外だろう。
だが、ジャックにとっては話が違う。一歩で踏みこんで、なお余裕のある範囲だ。フリルスカートをはためかせながら、コンマ数秒でミナズキの眼前まで肉薄する。
「目で追えていないことが、バレバレかな! ま、魔法<マギア>の詠唱に使う時間をあげるつもりも、ないけれど!!」
巫女装束のエルフが戸惑うように視線をさまよわせるなか、その細いのどに向かってジャックは右腕を伸ばす。勝利を確信した刹那、肌がちりつくような危機の予感を覚える。
「むー……ッ!?」
フリルワンピースの征騎士は、直感に従って腕を引き、反射的に後方へ飛び退く。己の右手首があった場所を、なにかが横切る。
「シャアァァ……ッ!」
は虫類の威嚇音が響く。ミナズキの装束のすそから、白銀の鱗を持った大蛇が首をもたげ、ジャックの右腕にかみつこうとしていた。見るからに、ふつうの蛇ではない。
「映像資料で見たことがある……蛇毒蛇<バジリスク>か! さては君、召喚魔法の使い手かな!?」
「その身を以て、確かめてみればよいのではないかしら」
巫女装束のエルフが微笑むと同時に、フリルワンピースの征騎士を包囲する位置取りで、なにかが草むらのなかから姿を現す。
「グルルルウ……」
見た目は、群れをなす狼たちだ。だが、その体格は、一般的な個体の2から3倍ほどのサイズがある。魔獣の一種に数えられることもある、巨狼<ダイアウルフ>だ。
(だけど……それよりも問題なのはッ!)
ビビッドカラーの三つ編みを振り乱しながら、狼たちに向き直りつつ、ジャックは思案する。
(いまの召喚、動作も、詠唱も……呪符すらも見あたらなかったかな!?)
巨狼<ダイアウルフ>の群れが、一斉に飛びかかってくる。フリルワンピースの征騎士は、瞬間的に跳躍して攻撃をかわしつつ、思考を高速回転させる。
グラトニア帝国の覇道侵略政策のかなめを担う征騎士たちにとって、魔法<マギア>文明の魔術師たちは、当然、仮想敵に含まれる。
プロフェッサーから受けたレクチャーでは、魔術には様々な流派があれど、詠唱かそれに類する予備動作、あるいは呪符や巻物のようななんらかの媒介を必要とする。
(いまの召喚魔術……そのどれも、なかったんだけど! 事前に呼んで隠しておいたなら、ボクも気配でわかるはずかな!?)
ジャックは、蛇毒蛇<バジリスク>や追加の召喚を警戒してミナズキから距離をとりつつ、巨狼<ダイアウルフ>たちを相手取る。
「むー、ぴょーん!」
短剣のような牙でわき腹にかみつこうと突っこんできた大型肉食獣の背に手をつき、フリルワンピースの征騎士は跳び箱の要領で跳躍回避する。
「……へし折れ、『発条少年<スプリング・ジャック>』ッ!」
着地と同時に、ジャックは右手を握りしめる。いま飛び越えたばかりの巨狼<ダイアウルフ>が、苦悶のうめき声とともに身をよじる。
大型肉食獣の背筋が、本来あるべき姿と逆方向にのけぞっていく。ばきぼき、と骨の砕ける音が響く。
やがて巨狼<ダイアウルフ>の駆体が、文字通り、まっぷたつにへし折れる。血と肉が周囲にまき散らされるなか、フリルワンピースの征騎士は口元に嗜虐的な笑みを浮かべる。
「次に、ボクの遊び相手をしてくれるのは……どのワンちゃんかな?」
群れなす大型肉食獣たちは怯むことなく、ジャックへと飛びかかってくる。
ビビッドカラーの三つ編みを振り乱しながらフリルワンピースの征騎士は紙一重で回避しつつ、巨狼<ダイアウルフ>の首に、わき腹に手のひらを押し当てていく。
ジャックのふたつ名でもある転移律<シフターズ・エフェクト>、『発条少年<スプリング・ジャック>』は導子力による不可視のバネを作りだし、物体に埋めこむというものだ。
作り出したバネは、伸縮を自由自在に操ることができる。自分の肉体に埋めこめば、人工筋肉のように動かし、身体<フィジカ>能力を大幅に向上することができる。
また、不可視のバネを敵の身体へと埋めこめば、伸縮によって動きを封じることはもちろん、関節技の要領で骨格を破壊することも可能だ。
──ベキョ、バキャ、ボキィ!
数十秒ののち、大型肉食獣たちのある者は首をへし折られ、ある者は自らの肋骨に内蔵を貫かれ、一匹残らず絶命していた。
フリルワンピースに返り血による無数の染みを作りながら、ジャックはミナズキのほうをあおぎ見て、無邪気に口角をあげる。
「かわいいワンちゃんだったかな……これで終わり?」
「それでは、次の趣向を用意しようかしら」
巫女装束のエルフは、真冬の月のように冷徹な微笑みを浮かべかえす。フリルワンピースの征騎士は、魔力の集まる淡い輝きを上空に見る。
(むー……やっぱり、詠唱とか動作とかをしている様子はないかな……)
「クギャアァァーッ!!」
けたたましい咆哮が、反響する。忽然と夜空に現出したのは、ドラゴンの獰猛な類縁種、1匹の翼竜<ワイバーン>だ。
(……?)
ジャックは、夜の帳に包まれた空間の違和感を、ひとつ発見する。ドラゴンの下位種の背に見える空、少しずつ満ちていく月が見える。線のような細いラインが、次第に膨らんでいく。
(ふつうの月にしては、ずいぶんと満ち方が早い……かな?)
翼竜<ワイバーン>はフリルワンピースの征騎士の頭上を旋回すると、急降下しつつ、かぎ爪を突き立てんとする。
「ぴょーん、と空中戦かな!? 望むところだよ……あの六枚翼のドラゴンだって、しとめる自信はあったんだ!!」
ジャックはドラゴンの下位種を迎え撃とうと、両脚に埋めこんだバネの張力を解放して、瞬間的に跳躍する。刹那、背後の殺気に気づき、とっさに振りかえる。
「むー……ッ!?」
召喚されたのは、翼竜<ワイバーン>だけではなかった。巨大な女王蜘蛛<クイーン・スパイダー>が、八本の脚を草むらに突き立ている。
巨体の節足動物は、黒光りする臀部を砲塔のように持ち上げ、空中の征騎士に対して照準を合わせている。次の瞬間、ジャックに向かって大量の粘糸が対空放射される。
「うわっ! キモ!?」
フリルワンピースの征騎士は、反射的に征騎士の赤い外套をつかむと、蜘蛛糸の奔流に向かって振るう。紅のマントを身代わりにして、どうにか、粘糸に身体の自由を奪われる事態はまぬがれる。
「クギャア──ッ!!」
「あゲひゃ……ッ!?」
隙をさらしたジャックに向かって、翼竜<ワイバーン>は容赦なくかぎ爪を振るう。フリルワンピースの征騎士は背を斬り裂かれ、夜闇のなかに鮮血が散った。
→【月齢】
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