![190811パラダイムシフターnote用ヘッダ第01章19節](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/13558415/rectangle_large_type_2_6725a63f03de7a21ac29d3fb5a9b5039.png?width=1200)
【第1章】青年は、淫魔と出会う (19/31)【喝破】
【市街】←
「あー……ごめんなさい、なのだわ。私、別に、敵対の意志はなくて……」
ひきつった笑みを浮かべながら、『淫魔』は手のひらを住民のほうへと向ける。
商店街の路地にいた住人が、ぞろぞろと『淫魔』のもとへと集まってくる。皆、一様に虚ろな視線を宙に漂わせ、ゾンビのごとき緩慢な足取りだった。
気が付けば、円を描くように人垣が出来上がり、『淫魔』は完全に包囲される。
「とっさのことで、驚いちゃったというか……できれば、私、あなたたちとお友達になりたい、というか……なんて、キレイ事ならべても、もう意味なさそうだわ」
作り笑いから一転、『淫魔』は周囲の住人たちをにらみ返す。狂気をたたえた虚ろな瞳は、しかし、明確な敵意の光を宿している。
「おまえは誰だ」
住人の一人が口を開き、抑揚のない声を発する。連鎖するように、他の人々も機械的に言葉を口にしていく。
「我々はかえる」「おまえは我々ではない」「おまえはいらない」
無感情ゆえに、逆に怨嗟に満ちた波長の音声が『淫魔』の脳髄を揺さぶる。
「うゥ──ッ」
めまいと頭痛を覚え、『淫魔』はとっさに両耳をふさぐ。それでも、住人たちの呪詛の唱和は止まず、『淫魔』の脳内へと直接に響きわたる。
ゴシックロリータドレスの表面に、ノイズが走る。
『淫魔』は、怨嗟の不協和音が、自身の精神体を侵食し、分解、排除しようとしていることに気がつく。まるで、生物体の免疫反応のように。
「あぁ、そうだったわね。私としたことが……内的世界<インナーパラダイム>で、物理法則にすがること事態が、ナンセンスだわ……ッ!」
耳に当てていた手のひらを離し、『淫魔』は人垣の正面に立つ老人をにらむ。視線を介して、攻撃性の思念波を遠慮なく叩きつける。
「──ひギャッ」
老人は、無感情な叫び声をあげる。その身体は、風船のように膨張し、弾け飛び、やがて塵のように消滅する。
「あらあら、ずいぶんとあっけないのだわ。自慢できるのは、数だけかしら?」
挑発するような素振りを周囲に見せつけながら、『淫魔』は思案する。
独立した人格を持つ精神体としては、あまりにもろい。攻撃したさいの手応えすら、ほとんどなかった。
存在しているようで存在していないような矛盾した感覚に、『淫魔』は動揺する。
同時に『淫魔』は、排除対象から予期せぬ反撃を受けた住人たちもまた、たじろいでいる様子に気がつく。
「我々を傷つけた」「やはりおまえは我々ではない」「我々をかえせ」
群体のようにうごめく人垣は、あとずさり、包囲の円を乱しながら、いっそう激しく間断なく、非難の声と呪詛のうめきを投げつけてくる。
平衡感覚が狂うほどに精神を揺さぶられながら、『淫魔』は自分自身の頭を、ぶんぶん、と左右に振って、己を叱咤する。
「精神世界で、この私から優位をとれるとは思わないことだわッ!」
開き直るかのように、『淫魔』は叫んだ。
→【同化】
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?