190811パラダイムシフターnote用ヘッダ第01章19節

【第1章】青年は、淫魔と出会う (19/31)【喝破】

【目次】

【市街】

「あー……ごめんなさい、なのだわ。私、別に、敵対の意志はなくて……」

 ひきつった笑みを浮かべながら、『淫魔』は手のひらを住民のほうへと向ける。

 商店街の路地にいた住人が、ぞろぞろと『淫魔』のもとへと集まってくる。皆、一様に虚ろな視線を宙に漂わせ、ゾンビのごとき緩慢な足取りだった。

 気が付けば、円を描くように人垣が出来上がり、『淫魔』は完全に包囲される。

「とっさのことで、驚いちゃったというか……できれば、私、あなたたちとお友達になりたい、というか……なんて、キレイ事ならべても、もう意味なさそうだわ」

 作り笑いから一転、『淫魔』は周囲の住人たちをにらみ返す。狂気をたたえた虚ろな瞳は、しかし、明確な敵意の光を宿している。

「おまえは誰だ」

 住人の一人が口を開き、抑揚のない声を発する。連鎖するように、他の人々も機械的に言葉を口にしていく。

「我々はかえる」「おまえは我々ではない」「おまえはいらない」

 無感情ゆえに、逆に怨嗟に満ちた波長の音声が『淫魔』の脳髄を揺さぶる。

「うゥ──ッ」

 めまいと頭痛を覚え、『淫魔』はとっさに両耳をふさぐ。それでも、住人たちの呪詛の唱和は止まず、『淫魔』の脳内へと直接に響きわたる。

 ゴシックロリータドレスの表面に、ノイズが走る。

『淫魔』は、怨嗟の不協和音が、自身の精神体を侵食し、分解、排除しようとしていることに気がつく。まるで、生物体の免疫反応のように。

「あぁ、そうだったわね。私としたことが……内的世界<インナーパラダイム>で、物理法則にすがること事態が、ナンセンスだわ……ッ!」

 耳に当てていた手のひらを離し、『淫魔』は人垣の正面に立つ老人をにらむ。視線を介して、攻撃性の思念波を遠慮なく叩きつける。

「──ひギャッ」

 老人は、無感情な叫び声をあげる。その身体は、風船のように膨張し、弾け飛び、やがて塵のように消滅する。

「あらあら、ずいぶんとあっけないのだわ。自慢できるのは、数だけかしら?」

 挑発するような素振りを周囲に見せつけながら、『淫魔』は思案する。

 独立した人格を持つ精神体としては、あまりにもろい。攻撃したさいの手応えすら、ほとんどなかった。

 存在しているようで存在していないような矛盾した感覚に、『淫魔』は動揺する。

 同時に『淫魔』は、排除対象から予期せぬ反撃を受けた住人たちもまた、たじろいでいる様子に気がつく。

「我々を傷つけた」「やはりおまえは我々ではない」「我々をかえせ」

 群体のようにうごめく人垣は、あとずさり、包囲の円を乱しながら、いっそう激しく間断なく、非難の声と呪詛のうめきを投げつけてくる。

 平衡感覚が狂うほどに精神を揺さぶられながら、『淫魔』は自分自身の頭を、ぶんぶん、と左右に振って、己を叱咤する。

「精神世界で、この私から優位をとれるとは思わないことだわッ!」

 開き直るかのように、『淫魔』は叫んだ。

【同化】

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