見出し画像

【第2部29章】至高の騎士、最強の刃 (7/16)【幻滅】

【目次】

【対話】

「見損ないました、トリュウザさま……グラトニア征騎士、序列第1位ともあろう御方が……ッ!!」

 激情のまま、フロルは吼える。初老の剣士のことなど初めから、なにも知らなかった。至高の騎士はかくあれかし、という勝手な幻影を重ねていただけだ。

 自分でも的外れなことを言っている、と少年は思う。それでも、叫ばずにはいられなかった。口にせねば、己自身を保てなかった。

 ひゅん、と音を立てて、トリュウザの握る長尺の刀が無造作に、それでいてフロルの頸動脈を的確に捉えて振るわれる。

 少年の瞳孔が焦点を絞り、収縮する。確かな手つきで操られたバスタードソードの切っ先が、迫り来る斬撃の軌道をそらす。初老の剣士が、ほう、と息を吐く。

「……見損なった、とは勝手な夢想にて御座候。確かなものは、己の振るう剣筋のみ。最初から、某は一介の人斬りに過ぎぬ……そこまで大言壮語を吐くなら、若人よ! 騎士道とやらで……某を斬り伏せて見せよッ!!」

 酒に酔ったかのごとく、流暢に舌をまわすトリュウザは、返しの斬撃を繰り出す。フロルの瞳が切っ先を追って、せわしなく虹彩が動く。刃同士が打ちつけられて、甲高い音を響かせる。

 致死の剣撃をくぐり抜けたフロルは、初老の剣士に対して鋭い刺突を放つ。トリュウザは、風に揺れる柳の枝のごとき動きで一撃をかわす。

 相手の口角が、いびつに吊りあがるのを、少年は見る。フロルとトリュウザは、ともに刀剣を構えなおす。

(見えて……来たッ!)

 少年は、独りごちる。釣り鐘のように、心臓が早打っている。さきほどまでは、全く見えていなかった序列1位の征騎士の剣さばきが、かすかながら目で追えるようになった。

(小さいけれど。これで、トリュウザさまのレベルに到達したわけではないけれど……確かな進歩であることは、間違いない……この一歩を、積み重ねるんだよッ!)

 フロルの両腕に、成長痛のような感覚が伝わってくる。『龍剣』の片刃から伸びる鋼線が長さを増して、獅子のたてがみのごとく上昇乱気流にたなびく。

「花は桜木、人は武士。この期におよんで、さらに伸びるか……男子、三日会わざれば刮目して見よ、とは……まことにて御座候!」

 少年と初老の剣士は、ふたたび激しく斬りむすぶ。ドラゴンの骨から鍛造された刃が、目がくらむほどの火花をまき散らす。

 あたりまえのように死線が走るトリュウザの剣撃に対して、もうフロルは打ち負けない。柄の握りと刀身の傾きを巧みに操り、実戦のなかで斬術のなんたるかを学んでいく。

(斬りあうほどに……トリュウザさまの、凄まじさがわかるッ! でも……最初は、なにもわからなかった……立ち会いの瞬間に首を飛ばされていても、おかしくなかった!!)

 重く、バランスも悪いだろう長尺の刀を、初老の剣士は軽々と、自分の手足の延長であるかのように操る。対する少年は、片手でも両手でも振るえるバスタードソードの利点を活かし、スピードとパワーを巧みに切り替えながら対抗する。

 フロルの五感が、トリュウザの肉体の躍動を捉えはじめる。いささかも加齢による衰えを感じさせない、鍛えあげられた身体<フィジカ>。くわえて、その潜在能力を100%発揮しきる驚くべき技量を併せ持つ。

(怖いくらいだよ……人間とか、征騎士とか言う以前に……存在としての規格が、違いすぎるッ!)

 熱く乾いた空気に息切れを覚えながらも、少年は剣を振るい、初老の剣士の刃をはじき続ける。周囲の極高温環境に反して、臓腑の底から冷え切る感触を味わう。

 トリュウザは、フロルのことを高く評価していた。征騎士の叙勲と『龍剣』の下賜から半年ほど、少年は自分にできる限りのトレーニングを積んできた。さらに5年、10年と鍛錬を続ければ、初老の剣士の境地に近づけるのだろうか。

(それでも、いまは……喰らいつくのが、やっと……だよッ!)

 フロルは、両腕が疲労で重くなるのを感じる。だからといって、剣速を緩めることは許されない。それは、生存の放棄とイコールだ。少年は、熱を孕んだ空気を肺腑へ送り、酸素を取りこみ、血流を速める。と、前方やや下側に、違和感を察知する。

「──ぬぅんッ!」

「ぎゃむ……ッ!?」

 トリュウザが、力任せに長尺の刀を打ちつけてきた。とっさにフロルは腰を落とし、バスタードソードの刃で受ける。重い衝撃にたたらを踏み、一歩、後退する。

(体勢を崩しにきた……ッ!? だったら、このあとに来るのは……!!)

 両手の指先まで駆けぬける痛み、しびれを耐えながら、少年は剣の構えを必死に維持する。このあと、命を刈り取るとどめ一撃が飛んでくる。フロルの予想は、裏切られる。

「ふうぅぅ──」

 トリュウザは、静かに呼気を吐き出しながら、自分から間合いを切るように後方へと跳び退く。長尺の刀を、大きく振りかぶる。彼我の距離は、刀身の倍以上は離れている。刃が届くはずもないのに、はちきれんばかりの殺気が膨れあがる。

「……注意しろ、少年! ヤツは、斬撃を『飛』ばす気だからだッ!!」

 上空に逃れた戦乙女の姫騎士が、声をあげる。初老の剣士の両腕に膂力がみなぎり、筋肉が丸太のように膨れあがる。

「花は桜木、人は武士。入れ知恵は、無用にて御座候……知ろうと、知るまいと、逃げ場はなし──ッ!!」

 ヴァルキュリアの言葉が事実ならば、初老の剣士は、間合いの外の相手も斬り伏せられるのだろう。トリュウザが、長尺の刀を横薙ぎに振るいはじめる。

 どくん、とフロルの心臓が大きく脈打ち、どろり、と時間感覚がスローモーションになる。いま、自分は死に臨んでいる。だが、窮地を切り抜ける余地も残されている。

 ゆっくりと迫り来る死神の刃を見据えながら、少年は足場に片ひざをつくぎりぎりまで腰を落とす。己の『龍剣』を逆手に持ち替え、トリュウザの見えざる斬撃を待ち受ける。

「頼んだよ、『機改天使<ファクトリエル>』……」

 逃げ場はない、そう言った初老の剣士の言葉は、おそらく正しい。コマ送りのようになった動態視力によって、彼我の間合いの空間が薙ぎ払われていく様を捉える。

 この勢いならば、フロルの後方、数十メートルまで容赦なく刈り取るだろう。巨蛭の背の幅を、優に超えている。はじめから、とても回避できるような一撃ではない。

「ぎゃ、むう……ッ!」

 鈍化した時間感覚のなか、無形の刃がフロルの刀身に接触する。爆心地に巻きこまれたような衝撃が、全身を貫く。防御のためにかまえていた剣が、力負けし、少年の胴体に向かって押しこまれていく。

「少年──ッ!!」

 戦乙女の姫騎士の悲鳴が聞こえてくる。よどんだ時間感覚が、もとに戻っていく。フロルの胴体はまっぷたつ、上下に両断されていた。

「花は桜木、人は武士……若人の闘気は、いまだ消えずに御座候」

 初老の剣士は、残心の姿勢を保ちつつ、静かにつぶやく。フロルの上半身で首がめぐり、戦意の光を宿した双眸がトリュウザをにらみつける。

 肉体を横方向に分割されたにも関わらず、血飛沫は一滴たりともこぼれていない。少年の胴体の切断面は、血肉の色ではなく、鈍色の金属光沢を放っている。

「──つなぎなおせ! 『機改天使<ファクトリエル>』ッ!!」

 フロルは、叫ぶ。『龍剣』の片刃から伸びた、たてがみのごとき鋼線たちがうごめき、両断された少年の半身を縫いあわせていく。

 フロルは『機改天使<ファクトリエル>』の能力を使い、トリュウザの斬撃が胴体を切断するよりも先に自分から分割させることで、不可視の刃を素通りさせていた。

【投擲】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?