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【第2部10章】戦乙女は、深淵を覗く (1/13)【歓待】

【目次】

【第9章】

「緊張しているのか? ならば、不要だと言っておこう。今回の招待は、自分たちの厚意だからだ。羽を伸ばすつもりで、くつろいでほしい」

 アサイラとリーリスの対面に座るアンナリーヤは、横に並ぶ側近とともに上品な微笑みを浮かべる。黒髪の青年のゴシックロリータの女の身体は、こわばったままだ。

「あなたたちに対して、というより、この高さに緊張しているのだわ。雲のうえから地面に落っこちたら、ふつう死ぬわよ」

「む、それは気がまわらなかった。自分たちにとっては、翼があることがあたりまえだからだ」

 リーリスがアサイラの意を代弁すると、戦乙女の姫君は意外そうな表情をした。対面する四人は、ヒポグリフのうえにしつらえられた豪奢な輿のなかにいる。

 貴金属と織物で飾りつけられた屋形をかつぐ巨体の鷲馬は、翼を大きく羽ばたかせながら白い雲の海のうえを悠々と飛翔している。

 アサイラは、日避け布のすきまから輿の外の様子をうかがう。蒼穹の下で、盾と槍出武装した戦乙女たちが十数名、ヒポグリフを包囲するように飛んでいる。

「しかし、貴殿らの心配は杞憂だ、と言っておこう。ありえぬことではあるが、万が一に落馬しても、護衛の姉妹たちが最優先で救助するからだ」

 ヴァルキュリアの王女の得意げな声を聞きながら、アサイラはつとめて無表情を維持する。周囲の戦乙女たちの注意は、むしろ輿のなかへと向いている。

(警戒しているのは……俺たちに対して、か)

(グリン。当然と言えば、当然だわ)

 胸中で独りごちるアサイラに対して、リーリスが念話で返事をする。鷲馬の頭のほうに視線を向けると、天空に浮かぶ白亜の城が目前まで近づいている。

 やがて、ヒポグリフとヴァルキュリアたちの大名行列は、城のそびえる浮島の外縁部の一画、噴水の設置された広場へと着陸する。

200526パラダイムパラメータ‗インウィディア

 正円を描くように並ぶ戦乙女の護衛部隊、その中心点にあたる鷲馬のうえの屋形から、アンナリーヤは側近とともに宙を飛んで一同の先頭に立つ。

 同乗者である黒髪の青年もまた、ゴシックロリータドレスの女をお姫様だっこでかかえて輿から跳び降り、あとに続く。

(リーリス。わざわざ、こんなことをする必要があるのか? おまえだって、空を飛んで降りられるだろう)

(私が空を飛べる、ってのは、あの娘たちにはまだ知られていないはずだわ。手持ちのカードは、できるだけ伏せておいたほうがいいでしょ?)

「貴殿ら、問題はないか? ここから城までは、徒歩で行こう。親善を深めるためには、自分たちの普段の生活を見てもらうのが最良と思うからだ」

 アサイラと、地面に足をついたリーリスは、アンナリーヤの先導のもと巨大な浮島の目抜き通りを歩き始める。

 街路の左右には、三回建て以上の石造りの建物が並んでいる。有翼の種族の住居らしく、入り口らしき扉は一階に限定されず、むしろ二階以上にある家が多い。

 屋上には植物が植えられ、庭園のようになっている。通り沿いには、食料店、服飾店、武具屋、食堂や酒場らしき施設が軒を連ねている。

 どうやら浮遊城の外縁部は、いわゆる城下町として機能しているようだ。翼持つ住人たちは通りに出て姫君へ歓声を投げかけ、アンナリーヤも手を振って応える。

「先日に受けた攻撃の影響、あまりないように見えるのだわ。実際のところ、大したことなかった?」

「城や居住区に目立った被害がなかったのは不幸中の幸いだった。とはいえ、無傷というわけでもない。浮島の基部の修復は、まだ完了していないからだ」

 リーリスとアンナリーヤが会話を交わすうちに、城下町を抜けて、白い岩山かと見まがうほどの輝く巨城が近づいてくる。

 空を飛べる種族にとっては無意味ということなのだろうか。目立った城壁はなく、敷地の境界を示す垣根が植えられている程度だった。

「あらためて、ようこそ我が居城へ。我が家だと思って、くつろいでほしい。此度の招待は、貴殿らへの礼も兼ねているからだ」

 どことなく誇らしげな様子のアンナリーヤとともに、アサイラとリーリスは見あげるほどの規模の正門をくぐり、城内へと入っていく。

 内部の装飾は、どことなく龍皇女の城を彷彿とさせる。精緻な石細工と金銀の装飾は、ドヴェルグ族の職人の手によるものだろうか。

「少し早いが、晩餐としようか。昨日のうちから、選りすぐりの食材を集めさせている。それに、時間をかけてとる食事はなによりの贅沢だからだ」

 黒髪の青年とゴシックロリータドレスの女は、戦乙女の姫君によって西陽の差しこむ迎賓の間に導かれ、大きすぎるテーブルを囲む。

 手はずは整えられていたのだろう。すぐに料理が運ばれてくる。ヴァルキュリアの侍女が、城主と賓客のまえにまず置いたのは、野菜がたっぷりと入ったスープだった。

「それじゃあ……いただきますだわ」

 アンナリーヤの勧めに促されて、まずリーリスが、続いてアサイラが匙を手に取り。琥珀色の液体を口のなかに運ぶ。

「……美味しい! 三ツ星レストラン並みの味だわ、これ!!」

「確かに、これは旨い。出汁がよく利いている……いったい、なにを使ったのか? 魚介のようでもあり、肉の味と言われればそんな気もしてくるような……」

「大海竜<シーサーペント>の骨を、一昼夜のあいだ煮こんで作ったスープだ。あの魔獣は、自分たちにとって最高級の食材だからだ」

 アサイラとリーリスはあまり腹が減っていなかったにもかかわらず、あっという間にスープ皿を空にしてしまう。

 アンナリーヤの口元が、してやったり、とゆるみ、見計らったように翼を持つメイドたちがメインディッシュを運んでくる。

 主菜は、肉の塊を豪快に焼いたステーキ。あわせるように、デカンタに満たされた赤い液体──ハーブで香りつけしたワインが、グラスに注がれる。

 焼きたてのパンの盛られたバスケット、紫色のパテの盛られた小皿、シェシュの牧場で見たものとは仔細の異なるチーズ……贅を尽くした食物が、卓上に並んでいく。

「これは、どういった料理だわ?」

「大海竜<シーサーペント>の肝臓を、ヒポグリフの乳から作ったクリームと混ぜたものだ。このようにして、食べる」

 リーリスが指し示した淡褐色のペーストを、アンナリーヤはバターナイフですくい、パンに塗って口のなかに運ぶ。

 ゴシックロリータドレスの女も、城主の真似をしてパンをひとかじりする。とたんに目を丸くする。

「やばっ、うま……っ! これはカロリーの美味しさだわ、罪の味だわ……」

 ぶつぶつとつぶやくリーリスは、レバーパテをパンに塗りたくり、黙々と咀嚼する。アサイラはその姿を横目に、ナイフとフォークでステーキを切り、ひと口食べる。

 獣肉と魚肉の旨みが混じりあったような、なんとも欲張りな味わいが舌のうえに広がる。ハーブワインをなめれば、滋味深い匂いが口のなかでいっそう引き立つ。

「メインディッシュの大海竜<シーサーペント>のステーキはどうだ……と聞く必要はなさそうだな。貴殿の表情が、雄弁に感想を語っているからだ」

「……こちらのチーズは? シェシュのおかみさんのところで作っていたものとは、見た目からして違うか」

 ヴァルキュリアの晩餐にすっかり魅了された様子にアンナリーヤも気をよくしたのか、誇らしげに胸を張りつつアサイラの質問に応える。

「それは、王城でのみ作っているものだからだ。ヒポグリフの乳を大海竜<シーサーペント>の腸に詰めて発酵、熟成させる。味は……食べてもらうのが、早い」

 城主のすすめに従い、アサイラは切り分けられたチーズを手に取り、かじる。世話になっている牧場製のものより固めで、濃厚な味わいにどことなく潮の風味が混じる。

「貴殿ら、胃袋の余裕は残しているだろうな? とれるときに滋養と強壮を蓄えるのも戦士の条件だからだ……まだ、食後の甘味も残っている」

 アンナリーヤが手をたたくと、戦乙女のメイドがガラス細工の器に盛られたデザートを運んでくる。

「グリン! 科学文明じゃない次元世界<パラダイム>で、アイスクリームがたべられるなんて!!」

 アサイラですらはちきれそうなほど満腹にもかかわらず、リーリスはジェラートをまえに黄色い開催を叫ぶ。

「甘いものは別腹、ってやつか? リーリス」

「うるさいのだわ、アサイラ。据え膳食べぬはなんとやら、でしょ?」

「貴殿らにも、なじみのあるようだな。自分たちは『氷菓』と呼んでいる。今日は、りんご酒を煮詰めたソースをあわせさせたもので……」

【行動】

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