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【第2部30章】阻止限界点 (1/4)【電磁】

【目次】

【第29章】

「なんとなればすなわち……これでは、どうかナ!?」

 ドクター・ビッグバンは、モニターの明かりのみが光源となっている暗闇のなかで、たん、と強い打鍵音を立ててエンターキーをたたく。

 液晶画面上に並ぶ文字列が、一瞬、消える。白衣の老科学者は、息を呑む。次の瞬間、『Reboot』の文字列とともに、『塔』の中央管制室の照明がともり、電源が復旧する。

「試行回数、12回……まあ、順調の範疇と言ってもかまわないかナ……」

 かくしゃくたる老人は、ため息をつく。輸血チューブのように前腕に突き刺していたケーブルを引き抜く。モニターには、見慣れたセフィロト社製のOSをベースにしたホーム画面が表示される。動作に異常はない。

 とはいえ、時間的猶予もない。なんのために利用されていたかも不明な核熱球を区画内に見つけだし、ほとんど強引にエネルギーパスを接続、それもオーバーロード状態での無理矢理な電力供給だ。

 関わるファクターの理路を、きちりと把握してシステムを組み立てるドクター・ビッグバンにとって、自分ごとながら納得のいかない即席の仕事ぶりではあるが、ぜいたくを言っている余地はない。

「ミュフハハハ……まだまだ気を抜ける状況とは言い難いかナ!」

 白衣の老科学者は、目にも止まらぬ速度で指を動かし、キーボードをたたく。まずは、開け放していたオペレーティングルームの扉を封鎖する。

『塔』内に、どれだけグラトニアの残存戦力が残っているか不明な以上、できるかぎり邪魔者の割りこむ可能性は排除する。

 続いて、中央制御システムのコントロール権限を奪取。こちらは、敵の心臓部まで潜りこんでいる以上、たやすい。同時進行で、帝国の通信回線をハックする。

 見る間にグラトニアの連絡網を遮断しつつ、掌握したドクター・ビッグバンは、自分たちの母艦である『シルバーブレイン』に向けて無線導子通信を試みる。

「CQ、CQ……こちら、ドクター・ビッグバン。艦長代理のララ、応答は可能かナ?」

『──……ああ、おじいちゃん! よかった、無事だったということね!?』

 中央制御室のモニター一体型スピーカーから、聞き慣れた少女の声が聞こえてくる。

 無線とは言え、グラトニア帝国の軍用回線だ。帯域は広い。音声に少しばかり遅れて、次元巡航艦内の映像を受信する。白衣の老科学者は、ぴくりと眉を動かす。

「ララ、そこはブリッジではないようだが……メディカルルームかナ? なにか、トラブルが?」

 液晶画面に映し出された通信相手の背後の様子を見て、かくしゃくたる老人は尋ねる。孫娘の少女は、カメラを横手にせわしなく手を動かし、医療機器を操作している。

『たたっよたったた……本艦は、極高温環境の足止めによる遅れを取り戻すために、全速前進で『塔』へ接近中。その過程で、負傷者を収容……ララは、現在、艦の遠隔操作と重傷者の治療を、ワンオペでこなしている状態ということね!』

 孫娘の少女は、早口言葉のように息継ぎなしで言ってのける。

 ララの奮闘をモニター越しに見たドクター・ビッグバンは、焦らずひとつずつ片づけなさい、と声をかけようとして、自分も他人のことを言えないマルチタスクの状況であることを思いだし、苦笑いする。義理の父娘とはいえ、似てくるものか。

 白衣の老科学者はキーボードを操作し、『シルバーブレイン』の現在座標を取得する。確かに、予定よりも遅れている。

 孫娘の少女は、極高温環境がどうとかと言っていた。ドクター・ビッグバンが、プロフェッサー・モーリッツと死闘を繰り広げているあいだに、帝国側も手を打ってきたということか。

「なんとなればすなわち……大変だったかナ、ララ。『塔』のなかにいると、外側の様子がまったくわからなくてね」

『おじいちゃん、心配無用とい──うことね! それに、アサイラお兄ちゃんを『塔』へ届けてか──らが、作戦の本番──』

「ララの言うとおりではあるが……通信に、みょうなノイズとディレイがあるようだが、心当たりはあるかナ?」

『たたっよたったた、そ──れは、たぶん、上空の導子圧が急上昇し──ている影響ということね。おじいちゃんが、『塔』のなかへ転移したあとに──それよりも、おじいちゃん。そっちからも、なにか、へんな音が──』

「むむ……ッ!?」

 ドクター・ビッグバンは、キーボードを操作する手を止め、中央制御室の扉へと目を向け、耳を済ます。機密データのサルベージと孫娘との会話に集中し過ぎて、気づかなかった。

 機密ドア越しに、廊下から、確かに重苦しい物音が聞こえる。建築重機が、鈍重な身体を引きずっている音に似ている。

「なんとなればすなわち、中央制御室のロックを強引にこじ開けようと言う魂胆かナ? しかし、『塔』のような司令施設のオペレーティングルームは、有事には立てこもることを想定して強度設計してある。そう簡単には……」

──キュドオォン!

 白衣の老科学者が独りごちる言葉を遮るように、空気の破裂するような轟音が響きわたる。異常を察知したドクター・ビッグバンは、とっさに机のしたへ潜りこむ。

 室内に鎮座したメガフレームの大型筐体が、ひしゃげ、ガラクタと化す。中央制御室の内装がはがれ、ぱらぱらと天井から瓦礫が降り注ぐ。白衣の老科学者は身を隠しつつ、慎重に様子をうかがう。

「ソニックブームが発生しただと!? とっさに耳をふさがなければ、鼓膜が破れていたかナ……いったい、なにを持ち出した!!」

 機密ドアのあった場所に空いた大穴へ、視線を向ける。大々口径の砲門が、こちらに照準を構えている。鉄筒は電流を帯び、ばちばちと青白い火花を放っている。空気がイオン分解された、独特の臭いが漂う。

「なんとなればすなわち……レールガンかナ! セフィロト社においては、ペーパープランの段階だったはずだがッ!?」

──キュイイィィィ……ン。

 高周波音を響かせながら、敵は第2射のための電力を砲塔へと充填していく。ドクター・ビッグバンが把握しているとおりの想定威力ならば、並大抵の遮蔽や装甲は、紙のごとく意味をなさない。

 白衣の老科学者は机の下から飛び出すと、あえて相手が鎮座する廊下へ向かって駆けだした。

【隔壁】

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