【第2部13章】少年はいま、大人になる (16/16)【追走】
【血肉】←
「ふん……まったく人間というものは、王とか騎士とか、わけのわからん肩書きばかり作りたがる……」
ヴラガーンは、半ばあきれたように鼻を鳴らす。首をめぐらせ、いまさらのように周囲の気配を探る。霧の向こう側から地面を見下ろす、昼でもはっきり見える白い三日月に目を止める。
「気に喰わん月ぞ。それに、龍皇女の残り香もある……なんぞ、小細工をしていったか……」
荒ぶる龍は、ぶつぶつとフロルの理解がおよばぬことをつぶやいている。しかし、明確な目的を持って、この次元世界<パラダイム>を訪れたことだけはわかる。
「どこまで見通したうえでのことか、わからぬが……あの牝龍め。良いように誘導されたようで、気に喰わんぞ……カルタの顔を見るのも、またあとか……」
「あの……龍皇女とかカルタとかというのは……」
「ウヌには、関係ないぞ!」
「ぎゃむっ!?」
ヴラガーンは、牙をむくように血塗れの犬歯を見せつける。少年は、反射的に背筋を正す。人間態の龍は、あきれたように吐息をこぼす。
「まあ、いい……小僧、ウヌのいた陣営のことを聞かせろ。オレは、小難しいことは好かん。なるたけ、要点だけな……」
「は、はひぃ……」
荒ぶる龍に問われるまま、フロルは自分の知っていることを話す。もとより、いまの帝国に戻るつもりはなく、征騎士としての義務を遵守する理由もない。
自分たちがグラトニアという次元世界<パラダイム>から来たこと、他次元に対する次元侵略を進めていて、その一環であること、『魔女』と呼ばれる女が次元転移<パラダイムシフト>の能力を持っていること、を少年はヴラガーンに伝える。
「……なるほどな、セフィロトのようなものか。面倒なことに、なってきおったぞ」
頬杖をついて目をつぶった人間態のドラゴンは、不機嫌そうにかつて存在した次元間巨大企業の名をつぶやく。
(このドラゴン、セフィロト社のことを知っているのか……)
フロルは内心で独りごちるも、ヴラガーンに怒鳴られるのはいやなので、黙っていることにする。
「小僧、『自分たちは』と言ったぞ。産まれもグラトニアか?」
荒ぶる龍の問いかけに、少年は首肯する。人間態のドラゴンは、なにかしら合点がいったのか、勢いよく立ちあがる。
「あの男が戻ったのも、グラトニアだな……よし。案内しろ、小僧」
「……は?」
ヴラガーンの唐突な要請に、フロルは思わず素っ頓狂な返事をこぼす。荒ぶる龍は、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「勝ち逃げは好かん。そもそも、オレは負けを認めていないぞ……あの男を追いかけて、叩きのめす」
「ちょっと待ってよ……ッ! 次元転移ゲートを開けられるのは『魔女』であって、僕じゃないんだよ!?」
「そんなことはわかっているし、そもそも期待してはおらんぞ。オレだって、できん」
「それじゃあ、追いかける、ってどうやって……」
「走る」
ヴラガーンは、少年の疑問に、さも当然のように答える。フロルは最初、荒ぶる龍の言わんとすることを理解できず、呑みこめたあとはあまりの突拍子の無さに唖然とする。
人間態のドラゴンは、茫然自失とする少年の身体をつかむと、肩に担ぐ。フロルは遅れてもがくも、ヴラガーンの膂力を振り払うことはできない。
「虚無空間を突っ切って、グラトニアとやらに向かうぞ。小僧、ウヌは道案内をしろ。無理でもやれ」
「そんな無茶な!? できないことは、できないんだよ!!」
「できるはずだぞ。人も龍も、産まれた次元世界<パラダイム>の場所が本能的にわかる……らしい。オレも聞き伝だがな」
「不安になるようなことを! もっと確実な方法を探そうとか思わないの!?」
「オレは、時間をかけるのは好かんぞ。叩き潰すと思ったら、叩き潰す。そもそも、この醜態をカルタに見られるわけにはいかぬ」
「だから、そのカルタってのは誰なんだよ!?」
「ウヌには関係ないぞッ!!」
至近距離でまくし立てあった人と龍は、息継ぎのため、互いに黙りこむ。
「だいたい……僕が、グラトニアのスパイだったり、裏切ったりする可能性だってあるんだよ……それは考えないわけ?」
「オレは、小賢しく頭を使うのは好かんぞ。もしそうだというのなら、かみ砕くまで」
グラー帝の口にした「蛮龍」という呼び名がふさわしい、ヴラガーンの直情径行な言葉を聞いて、フロルは深くため息を吐く。
「わかった、わかったよ……あなたには恩があるし、僕一人の力じゃ皇帝は止められない……言うとおりにするよ、ヴラガーン」
「……なぜ、オレの名を知っている。小僧?」
「グラー帝に名乗っていたじゃないか……ああ、申し遅れたけど、僕の名前はフロル。一応だけど、よろしく、と言っておくよ」
「ふん」
人間態のドラゴンは、荒々しく鼻息をこぼすと、自分が粉々に粉砕した古樹のほうへと向きなおる。
虚穴の空いた大木の生えていた場所には、底の見えない井戸のような大穴が口を開いている。
ヴラガーンはフロルを肩に担いだまま、虚無空間につながる次元の穴へと飛こんだ。
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