190825パラダイムシフターnote用ヘッダ第01章25節

【第1章】青年は、淫魔と出会う (25/31)【入浴】

【目次】

【起床】

「……ここには、ほかに誰かいるのか?」

 青年は自問しつつ、フローリングの廊下の床に、ぺたぺた、と足音を響かせる。

 現在、自分の置かれている状況がさっぱりつかめない。なにより、第三者とばったりあって、裸体を見られるのは気恥ずかしい。

「というよりも、あきらかに不審者じゃないか……」

 つぶやきつつも、青年は短い廊下の突き当たりにたどりつく。そこが浴室だと、すぐに気がつく。青年は、バスルームと脱衣所を隔てるガラス戸を押し開く。

 唖然とした。

 広めの浴室は、床から、壁面に天井、果てはバスタブまでパステルピンクを基調としたカラーリングまとめられている。

 あの女が使った直後だからか、室内には湯気が立ちこめ、照明が柔らかく揺らめき、メルヘンチックながらアダルティな雰囲気を醸成していた。

「ラブホテルか、なんかか? ここは……」

 青年は、呆気にとられながらも、シャワーノズルに手を伸ばし、湯滴を浴び始める。温度の具合はちょうどいい。

 蛇口のすぐ近くに石けんを発見し、借りることにする。泡立てると、バラの芳香が匂い立つ。バスローブの女から漂っていたのと、同じ香りだ。

「ここが、あの女の部屋だとするなら……女物でまとめられているのが自然、か」

 青年は、貴婦人のような芳香を漂わせるボディソープに居心地の悪さを覚えつつも、あきらめて肌を洗う。

 シャワーで泡を流し落としても、花の匂いが控えめに残り、なんとも疎ましい。

「まあ……仕方ないか……」

 青年が浴室を出ると、脱衣所の洗面所でドライヤーを発見する。

 簡単に髪を乾かし、全身をぬぐうと、着たときと同じようにバスタオルを腰に巻き、フローリングの床を裸足で歩きながら、部屋へと戻る。

「んーっ、と……確か、ここらへんにしまったはずなんだけど……あぁ、もう! 誰かさんが暴れたせいで、引き戸の立て付けが悪いったらありゃしないのだわ!」

 円形の部屋、壁の一部に備え付けとなっているクローゼットをまえにして、女が山のような洋服を引っ張り出している。

「お……あったのだわ! とりあえず、これ着ときなさい」

 女は、青年のほうを見ずに、ベッドのうえへ男物のジーンズとTシャツを投げる。

「男物の下着は……さすがに、ないか」

「あるわよ。私は、べつにノーパンでもかまわないんだけど」

 女が、意地悪そうな笑みを浮かべつつ、青年のほうを振り返る。ジーンズとTシャツのうえに、トランクスが放り投げられる。

「私のお下がりだわ。以前、メンズスタイルでキメようと思ったことがあってね。すぐに飽きて、タンスの肥やしになってたんだけど……」

「まさか、下着までメンズにしようと思ったのか?」

「んなわけないのだわ! こっちは、昔、連れこんだ男の忘れ物。もちろん、きちんと洗濯はしてあるわよ?」

 女の説明を聞いて、青年は眉間にしわをよせる。

「イヤなら、私は別にノーパンでもかまわない、って言ってるのだわ! それとも、私の下着をご所望なわけ!?」

 腰に手を当てながら頬をふくらませる女をまえにして、青年はため息をつく。服の提供者に背を向けて、もぞもぞと衣類を身につける。

「はぁい。服を着たなら、こちらへどうぞぉ」

 先ほどまでの不機嫌な声音から一転、女は、わざとらしく甘ったるい話し口で声をかけてくる。しなやかな手の先には、小型の丸テーブルとふたつのいすがある。

 青年は、洋服を身につけることで、あらためて相手を観察する余裕ができる。そして、めまいを覚える。

 女が身にまとっているのは、清潔感のある色合いの白衣でありながら、その造形はボディラインにぴったり張り付き強調する、ボディコンシャスに改造されている。

 いまにも下着が見えそうなマイクロミニスカートから伸びる脚を包みこむのは、扇情的に太ももに喰いこむガーターストッキング。

 すらりと伸びる脚の先には、ショッキングピンクのハイヒール。頭に着けた、医療従事者を示すはずの白帽も、このスタイリングでは、かえって冒涜的だ。

「はいはーい。患者さんは、早く座ってくださーい」

 セクシーナースコスチュームに身を包んだ女は、先に腰を降ろして脚組みすると、青年が対面の席に着くよう、促した。

【問診】

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