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【第2部16章】戦乙女は、凍原に嘆く (3/4)【悲憤】

【目次】

【姉妹】

「黙れ、猛々しい侵略者が……この土地は! この空は!! 自分たち、戦乙女<ヴァルキュリア>のものだからだ!!」

「あら、アンナ。本当にそうだと言い切れるので?」

「貴様の言葉に聞く耳を持つつもりはない、『魔女』ッ! 少なくとも、貴様たちのものではないからだ!!」

 アンナリーヤは、いまにも砕けそうなひざの震えを押し殺しながら、ふたたび立ちあがる。つまらなそうに腕組みする男と視線が交錯する。

 ひるんだのは一瞬だけ、戦乙女の姫君の顔は闘士の表情へと変わる。純白の双翼を広げ、雪原を蹴って垂直方向へと飛翔する。

『魔女』が、戦いに参加する様子はない。『皇帝』を名乗る男は、羽を持たない。ならば、ヴァルキュリアの土俵である上空を奪うのは当然のセオリーとなる。

 くわえて天空の騎士である戦乙女たちは、飛翔速度を破壊力に転化する戦闘術を連綿と磨きあげてきた。突撃槍も、そのための武器だ。

 初撃よりも十分に加速距離をとった一突きを視界の外からお見舞いし、傲慢不遜な侵略者を串刺しにする。アンナリーヤは、滑空体勢に入ろうとする。

「ふえ……ッ!?」

 ヴァルキュリアの王女は、己の目を疑う。自分のすぐ前面に、直立不動の男がいる。地を這う存在が十分の一の大きさに見えるほどの高度をとったにも関わらず、だ。

 幻覚に囚われたか?『魔女』の魔法<マギア>ならば、それも可能だ。だが、違う。男は、ただ純粋な身体能力のみで真上へ跳躍していた。

『皇帝』を名乗る男は、天に向かって右腕を伸ばす。拳を握りしめ、アンナリーヤに向けて振りおろす。

「グオラッ!」

「──むぐッ!?」

 戦乙女の肉体が思考よりも早く反射し、大盾による防御がかろうじて間にあう。それでも、ただの拳撃とは思えないほどに……経験したことがないほどに、重い。

 衝撃を受け止めることはかなわず、アンナリーヤの身体が白い地面に向かって急降下していく。どうにか空中で体勢を立て直し、転倒だけはまぬがれて接地する。

 それでも、ありあまる運動エネルギーはヴァルキュリアの王女の身体を翻弄し続ける。姫騎士の両足が雪煙を立てながら、氷原を高速でスリップしていく。

「こん……のおッ!」

 アンナリーヤは、ランスを錨のごとく白い大地に突き立てて、強引に停止する。圧倒的な力量差に戦乙女の姫騎士は、内心、愕然とする。

 この次元世界<パラダイム>が平定されて久しく、アンナリーヤは戦争を経験したことはない。とはいえ、戦乙女の姫君として安穏と暮らしてきたわけではない。

 天空城に暮らす同族たちと、毎日のように稽古と模擬戦を繰り返してきた。野生のグリフォンや大海竜<シーサーペント>の狩りにも参加してきた。

 戦乙女<ヴァルキュリア>は、武勇を尊ぶ種族だ。アンナリーヤにも、天を飛翔する騎士としての矜持がある。

「より疾く! より高く!! より鋭く!!!」

 ヴァルキュリアの王女は、己自身を大声で鼓舞する。膂力で負けている相手に、同じ戦い方で対抗するのは下手だ。ならば、スピードで対抗する。

 アンナリーヤは、小回りの利かないランスのなかに仕込まれた鞘から片手剣を抜き放つ。戦乙女に与えられた天賦の飛行能力で、侵略者に挑む。

「──ッ!?」

 大盾を前面に掲げ、その影に刃を隠すように剣をかまえたヴァルキュリアの王女のまえには、予想外の光景が広がっている。

 先ほどまで相対していた男の姿が、ない。広漠な雪原のうえには、赤いローブに身を包んだエルヴィーナの姿が小さく見えるのみだ。

 表情を伺えない『魔女』が、にたり、と笑ったような気がした。

 刹那、アンナリーヤは背後に気配を察知する。あの男は、すでに回りこんでいる。振り返ろうとすれば、相手はすでに攻撃動作に入っている。

「むぐう……ッ!!」

 踏みつぶすように振りおろされた足を、戦乙女の姫君は半ば転倒するように白い大地を転がりながら回避する。

 屈強なる男の片足が、氷原を踏み抜く。白い雪が細かい飛沫となって周囲に飛び散り、その下に埋もれた厚い氷に放射線状のひび割れが走る。

 アンナリーヤは、相手の一撃をかわしつつ、その脚を斬りつける。魔銀<ミスリル>の鋳塊に剣を叩きつけたような感触が、手首に返ってくる。

 相手に傷を負わせられたよう気配は、ない。ヴァルキュリアの王女は、歯噛みする。男の腕力や頑強さに対してでは、ない。

(俊敏さでも……負けている?)

 間合いの内側、それも背面にまで回りこまれたというのに、察知することも予期することもできなかった。まるで、瞬間移動したかのように感じられた。

 自分の脳裏に張りついた臆病な思いを、アンナリーヤは思考の外に追い出す。もっとだ。もっと自分は、疾く翔べるはずだ。

 転倒状態の姫騎士は脚で立ちあがるかわりに、双翼を羽ばたかせる。浮遊すると同時に体勢を立てなおし、『皇帝』へと斬りかかった。

【慷慨】

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