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【第2部10章】戦乙女は、深淵を覗く (13/13)【寂寥】

【目次】

【現実】

「それでも、自分は地獄行きだから……グリフィンに、この身をついばませながら……」

 アサイラと肌を触れあわせていたアンナリーヤは、身をはなし、両ひざを抱えて寝台のすみに座りこむ。すすり泣くような声が、聞こえてくる。

「別にあなたのせいじゃないのだわ、王女どの。どう考えても悪いのは、あのエルヴィーナとかいうやつじゃない」

 ベッド縁に腰をおろすリーリスは、戦乙女の姫君をなだめるように語りかける。アンナリーヤは、弱々しく首をふって否定する。

「それは違う……ヴァルキュリアの未来を奪ってしまったのは、他ならぬ王族の責だからだ。それに、もっと自分が強ければ……あの惨劇を止められたかもしれない」

「グリン。やんごとなき御方の考えることは、庶民にはおよびもつかないのだわ。それとも、王女どのが特別に強情ってことかしら?」

 勇ましさのかけらもなく、ひざのなかに女々しく顔を隠すアンナリーヤに対して、リーリスはわざとらしく肩をすくめてみせる。

「……とはいえ、王女どのが私たちのことを手厚く保護してくれた理由もわかったのだわ。あなた、私たちの次元跳躍艇を使って、女王さまを探しにいくつもりだったわけね?」

『淫魔』のふたつ名を持つ女は、続けて姫騎士に尋ねる。アンナリーヤは沈黙を守り、返事はない。リーリスもまた、無理に精神を読むようなことはしない。

「俺たちが、この次元世界<パラダイム>を離れても……もし、どこかで女王の手がかりを見つけたら、必ずアンナリーヤどのに知らせるか……」

「アサイラ、ずいぶんと気が早いのだわ。私たちが、また次元転移<パラダイムシフト>できると決まったわけでもないのに……とはいえ、異存はなし」

「……そんなことができるのか? 次元世界<パラダイム>を越えて情報を伝達するなど、想像もつかないからだ」

 黒髪の青年とゴシックロリータドレスの女の会話に興味をひかれたのか、すすり泣きを続けていた戦乙女の姫君が少しばかり顔をあげる。

「完全に、ララちゃん任せになっちゃうけど……たぶん、できるのだわ。あの娘、なんとやらと紙一重の超絶級の天才だから」

 リーリスは、次元跳躍艇『シルバーコア』の制作者である少女の名前を出す。アサイラも、同意するようにうなずく。ララならどうにかできるだろう、という信頼はある。

「そうか。いままで努めて考えないようにしていたが……言われてみれば当然のことだから……いずれ貴殿らは、自分らの世界から去っていくのだな」

 ささやくようなアンナリーヤの言葉に、今度はアサイラとリーリスの二人が目を伏せ、沈黙を返す。

「まあ、いい。わかりきっていたことだから……さあ、好きにしろ。朝陽が昇るまえに、この部屋からも出て行くのだろう?」

 姫騎士は勢いよく寝台のうえにあお向けとなり、四肢を大の字に投げ出す。黒髪の青年とゴシックロリータドレスの女は、互いの顔を見つめあう。

「……どうした? 精神感応能力とやらを使って、今宵、貴殿らが自分に夜這いをしかけた記憶を消すのだろう。自分が覚えていれば、そちらが困ることのはずだからだ」

「これ以上は、もう、なにもしないのだわ」

 生け簀からまな板にあげられた魚のごとく覚悟を決めてまぶたを閉じていたアンナリーヤに、リーリスは迷いなく即答する。アサイラは、その姿を一瞥する。

「確かに、他の戦乙女にバラされたらヤバいけど、ちょっと予想よりも迷惑かけちゃったし、これ以上の手出ししないのだわ。かわいい女の子に無理矢理、ってのはシュミじゃないし」

「ここまでやっておいて、それを言うか。クソ淫魔」

「しかたないのだわ。今夜の一見を口実に私たちを拘束しようとしても、受け入れる……抵抗はするけどね。王女どの、言っておくけどアサイラは強いわよ?」

「けっきょくのところ、俺まかせか。クソ淫魔」

「グリン! 私はからめ手担当なの……ああ、そうそう。このうえワガママ言うのは気が引けるけど、シェシュさんとエグダルさんの責任は問わないでもらえるかしら。これは、私たちの独断だわ」

 あきれたように口を挟む黒髪の青年と、そのつど条件反射のようににらみかえすゴシックロリータドレスの女を見て、アンナリーヤは目を丸くし、それから小さな笑いをこぼす。

「ふふふ……っ。つくづく奇妙な連中だな、貴殿らは……わかった。安心して客間に戻るといい。今宵のことは、姉妹たちに口外しないと約束するからだ」

「……感謝する。アンナリーヤどの」

「いろいろと、ごめんなさいだわ。王女どの、よい夜を」

 招かれざる客であるアサイラとリーリスはベッドから降りると、戦乙女の姫君に背を向ける。天窓からのぞく夜空は、暗い。夜明けまで、まだ少しばかり時間がある。

「あぁ……やはりダメだ。待ってくれ……っ!」

 一歩踏み出した黒髪の青年の背に、寝間着をはだけさせながら抱きついてくる。アサイラとリーリスは、足を止める。

「すまない、今度は自分がワガママを言うほうだ……もう少しだけ、一緒にいてほしい。この次元世界<パラダイム>の夜は、寂しいから……」

 黒髪の青年とゴシックロリータドレスの女は小さくうなずきあうと、ふたたびベッドの縁に腰をおろす。そのまま、宵空が白むまで三人は無言で身を寄せあった。

【第11章】

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