【第5章】剛敵は、深淵にひそむ (2/4)【坑道】
【野伏】←
「他のエージェントに貸しを作るのは気に入らないのだが、仕方ないものなんだな」
グレッグは、『機械化鳥隊<バード・カンパニー>』を前面に展開し、自身は岩壁の隙間に身を隠し、導子通信を起動する。
「CQ、CQ……こちら、グレッグ・コクソン。ミッション遂行中に、崩落によって、洞窟内に閉じこめられた。救援を求む……」
ザリ、ザリザリ……救難通信に対するオペレーターのレスポンスは、ほとんどノイズまみれで聞き取れない有様だ。
「導子通信が不安定なんだな……地理的な影響か?」
少なくとも、応答はあった。ならば、本社側も状況を把握するはずだ。グレッグは、そう判断する。あとは救援が来るまえに、ターゲットを始末するだけだ。
銃のグリップの感触を確かめつつ、迷彩コートのエージェントは立ちあがる。進行方向に、『機械化鳥隊<バード・カンパニー>』を九機三個小隊、先行させる。
「なるほど……これが、原因なんだな……」
坑道の奥に進むにつれて、『機械化鳥隊<バード・カンパニー>』と多機能ゴーグル間の導子通信の乱れが大きくなる。
『機械化鳥隊<バード・カンパニー>』の遠隔操作にも、当然影響が出ているだろう。ターゲットに、ことごとく撃墜された一因である可能性は高い。
「ヌヌ……ッ!」
先行する『機械化鳥隊<バード・カンパニー>』のカメラが、人型の動態反応を検知する。射撃型が、ニードルガンを発射し、相手は地形を利用し、回避する。
黒い人影は、身をひるがえしつつ、地面から岩を拾い上げ、投げつける。鳥型マシンに命中し、送信される映像がノイズとなり、沈黙する。
「ずいぶんと器用なんだな」
格闘型の鳥型マシンが、攻撃者に追撃しようと爪型のブレードを展開する。これ以上の交戦は、無意味だ。グレッグは、静止命令を送る。
しかし、『機械化鳥隊<バード・カンパニー>』は止まらない。人影に向かって、急降下攻撃をしかける。
相手は、カウンター気味にチョップを繰り出して、鳥型マシンを難なく叩き落とす。ようやく静止命令を受信したのか、自爆型の個体はホバリング状態を維持する。
黒い人影は、その隙をついて、洞窟のさらに奥へと駆けこんでいく。
「……導子通信の乱れなんだな」
グレッグは、舌打ちする。『機械化鳥隊<バード・カンパニー>』に対するコマンド送信とタイムラグの原因だ。
グレッグは、焦ることなく、人影が逃げこんだ方角にゆっくりと歩を進めていく。表情は動かないが、内心、背筋が冷える感覚を覚える。
『機械化鳥隊<バード・カンパニー>』の迎撃、退路をふさぐブービートラップ……グレッグは洞窟の全容をつかめず、導子通信も不安定だ。
「予想以上の、手練れなんだな……」
エージェントは、生唾を呑みこむ。明らかに、ターゲット側に有利な状況へと追いこまれつつある。
この次元世界<パラダイム>の人間が、導子理論を知っているとは思えないが、ターゲットは「通信が乱れやすい洞窟」を迎撃のために選んだ可能性がある。
「他の次元世界<パラダイム>のエージェントどもがやられたのは……慢心でも、偶然でもなかったのかもなんだな……」
それでも、後退という選択肢はない。グレッグは、覚悟を決めて前進する。
「……ヌヌッ」
やがて、迷彩コートのエージェントの眼前に広大な空間が現れる。多機能ゴーグルのパラメータを調整し、視界を最適化する。
「地底湖なんだな。これほどの規模のものが……」
グレッグは、嘆息する。セフィロト社の存在も知らなかったころ、故郷の次元世界<パラダイム>で冒険者をやっていた記憶がよみがえる。
それでも、グレッグの表情はすぐに、次元間企業の非合法工作員のものへと戻る。『機械化鳥隊<バード・カンパニー>』ともに、ゆっくりとほとりへと近づく。
地面に、足跡を発見する。先ほど交戦した人影……ターゲットのものと思しきそれは、湖のなかへと向かっていた。
「水中に隠れたのか? つくづく、厄介な行動を選ぶ男なんだな……」
グレッグが装備するゴーグルの性能では、地底湖の水中深くまでは見通せない。『機械化鳥隊<バード・カンパニー>』の搭載カメラも同様だ。
手にしたオートマチックピストルをいつでも射撃できるように構えながら、グレッグは『機械化鳥隊<バード・カンパニー>』を湖上に展開する。
水中に潜んでいるのなら、波か泡のようなものが立つはずだ。わずかな気配でも、見逃すつもりはない。ゴーグルに送信される画像情報に、神経を集中する。
──パラッ。
「ヌヌ……ッ?」
エージェントの頭上に、小石が落ちてくる。反射的に、顔をあげる。視界をふさぐように、なにかが落下してくる。
「……ぐアグはッ!?」
グレッグは、天井からの落下物が人間であることに気づくために、わずかな時間を有する。人影は、エージェントのうえに肩車するような体勢で着地する。
「ウラア……ッ!」
突然の荷重によろめくグレッグのうえに陣取った男は、エージェントのあごに両手を回し、思い切り上方に引っ張る。
「……ヌヌッ!!」
グレッグとそのうえに肩車する男の重心が崩れ、二人はともに背後へと転倒する。倒れこむ先には、地下淡海が待ち受ける。湖面に、大きな水しぶきが立つ。
水中に沈みこんだグレッグは、とっさに背後を仰ぎ見る。多機能ゴーグルは潜水用ではないが、雨天用の防水処理が施されているため、かろうじて稼働を続けている。
ノイズまみれの視界に、攻撃者の姿が映る。追跡のターゲットである、あの男の顔が眼前にある。
(迂闊……!)
グレッグは、胸中で悔恨の叫びをあげる。地底湖は、ターゲットの潜伏場所ではなかった。自分をしとめるための、最後の戦場だった。
(ヌヌッ! 重い……ッ!!)
水中での戦闘行動をとろうと、グレッグはもがく。防弾処理のほどこされた迷彩コートが水を吸い、エージェントの動きを阻害する。
あがくグレッグをあざわらうように、軽装の男は身軽にエージェントの背後をとる。青年の両腕が、グレッグの首にからみつく。
「あぐッ、ゲボぉ!!」
グレッグののどから、空気の泡がもれだす。相手の頸部にアームロックを極めたターゲットの男は、万力のごとく力をこめていく。
(まだ、だ……まだ、なのだな……ッ!!)
瀕死の多機能ゴーグルを通して、グレッグは『機械化鳥隊<バード・カンパニー>』に攻撃指示を飛ばす。
コマンド受信までの数秒のタイムラグが、いまは数時間にも感じられる。鳥型マシンたちのカメラ映像が、ゴーグルの視界に重なって映し出される。
ニードルガンの軽量の針は、水圧を突破できない。高振動ブレードを装備した個体は、そもそも水中に侵入できない。自爆型は、論外だ。
打開策を見いだせぬまま、グレッグの血中酸素濃度が低下していく。酸素欠乏で、視界が暗くなっていく。
「ぐアッぐ……ゲはオ……ッ!!」
限界まで開かれたグレッグの口から、ひときわ大きな空気の泡が生じたかと思うと、そのまま、四肢はぐったりと脱力する。
背後から極められたアームロックが、解除される。
グレッグには、もはや、指一本動かす余裕は残されていない。肺腑のなかの空気をすべて吐き出した肉体は、ゆっくりと暗い湖底に向かって沈んでいく。
意識が消えゆくグレッグの脳裏には、少年のころ、故郷の湖に潜った記憶がよみがえっていた。
→【伯爵】
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