【第1章】青年は、淫魔と出会う (21/31)【亀裂】
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「なんなのだわ、これ……」
自分の頭上に、白い直線が伸びているのを『淫魔』は見る。はじめは、ワイヤーの類かと思った。
違う。飛行機雲よりは近く、クモの巣よりは遠くにあるような、細いライン。
視界を横切るように一本だけ走っていた極細の白線は、見る間に放射状へと広がっていく。『淫魔』は、破滅的な予兆を直感し、身構える。
──ぱりんッ。
ガラスの割れるような音が、周囲に響く。砕け散ったのは、空間そのものだった。細いライン──ひび割れの入った部分が、弾け飛び、消滅する。
「……──ッ」
脂汗が、『淫魔』の額に伝う。
風景の一部が、砕けて、欠落している。不自然に欠如した領域には、インクで塗りつぶされたかのような、漆黒の空間が広がっている。
『淫魔』の背筋に本能の警鐘が鳴り響き、凍てつくような怖気が走る。
「……なんなのだわ! これッ!?」
闇の割れ目のなかから、病的に膨れあがり、節くれ立った、蛸の脚のような赤黒の触手が這いだしてくる。
「ヒ──ッ!!」
とっさに『淫魔』は、後ずさる。しかし、空間の欠落は四方八方に生じており、前後左右の闇の穴から、同様の異形が現出してくる。
見る間に、『淫魔』の四肢と尻尾、双翼は異形の触手にに絡みとられる。
魔性の蛸脚は、それだけでは飽きたらず、ドレスの内部へと潜りこむと、衣装と下着を引きちぎる (精神体の服飾は必ずしも現実の状態を反映しない)。
「んむ……ッ。んんああぁぁぁ!!」
『淫魔』は、あらんかぎりの魔力を背中の双翼にそそぎこむ。大きく力強く開いた漆黒の翼が、背中に絡みつく触手の群れを引きちぎる。
「あぁアァァ──ッ!!」
乱暴に、『淫魔』は双翼を振り回す。鋭利な刃に触れたかのように、魔性の蛸脚が黒翼によって切断されていく。
自らを犯し、拘束する触手を切除し、解放された『淫魔』は、空中でバランスを崩し、そのまま地面に向かって落下していった。
→【学舎】
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