191222パラダイムシフターnote用ヘッダ第09章08節

【第9章】サムライ・マイティ・ドライブ (8/9)【鉄馬】

【目次】

【再動】

「いよう、ツバタ。リターンマッチだろ」

 蒸気バイクの主──ナオミは、エンジン音に呑みこまれるほどの小声でつぶやく。

 敵陣が、見慣れぬ乗騎に対する混乱から復帰するまえにしかけようと、車輪を高速回転させる。急発進した車体が、ナオミの重心移動によって飛蝗のように跳ねる。

「ぐえッブ!?」

 先陣の迅脚竜の上方から、鉄馬が落下する。タイヤの回転と車体の重量に巻きこまれて、騎竜と乗り手の頭部が挽き肉に変わる。

 ナオミは、バイクの速度を維持したまま、首無し死体と化したサムライの太刀を奪う。鞘から白刃を滑らせ、反対側にいるサムライを逆袈裟に斬りつける。

「ぎゃブッ!」

「がヘェ!?」

「びギョばッ!!」

 赤毛のバイクライダーは、未経験の軌道に戸惑う武者たちを、次々と斬り伏せていく。一人しとめるたびに、相手の刀を取り上げ、集めていく。

 いち早く恐慌から復帰した武士が、ナオミに向かって大槍を突き出す。赤毛の操縦手は、車体を傾け、バイクの胴体で矛先を受ける。

──ガ、キイィィンッ!

 甲高い金属音が、森のなかに響きわたる。大槍がへし折れ、穂先が地面に突き刺さる。一方、フルオリハルコンフレームの車体には、傷ひとつない。

 ナオミは、鉄馬を横方向に回転させ、その勢いを乗せた斬撃で、相手の騎竜の首をはねとばす。騎手は、恐竜とともに地面に倒れこむ。

「グッド……ブランクを感じさせないだろ、相棒」

 瞬く間に敵兵のおよそ半数を斬り捨てれば、残りのサムライたちもおよび腰になる。ナオミは、遠巻きに自分を包囲する敵兵たちを一瞥する。

 赤毛のバイクライダーは、拾い集めた十本ほどの刀を小脇に抱え、車体をツバタの騎竜『跋虎<ばっこ>』のほうに向ける。ためらうことなく、スロットルをひねる。

「喰らいなアァァ──ッ!!」

 ナオミは絶叫する。蒸気バイクが、暴威竜に向かって突貫する。速度と馬力を乗せて、十本の刀を巨竜の片足、そのすねに穿ちこむ。

「グルギャアアァァァ!!」

「ヌ、ヌヌ、ヌーッ!?」

 巨竜『跋虎<ばっこ>』が、悲鳴をあげつつ、身をよじる。頭上に陣取るツバタは振り落とされまいと手綱にしがみつき、アサイラは革鞭を強く握りしめる。

「まだまだァー!」

 地団駄を踏む両脚と、でたらめに振り回される太尾をかいくぐりながら、ナオミの鉄馬は、暴威竜の周囲を旋回する。

 ふたたび、『跋虎<ばっこ>』の正面に陣取ると、思い切り重心を後ろに傾ける。前輪を掲げあげて、後輪のみ接地したウィリー走行で、巨竜に迫る。

「こいつでッ! どうだアアァァァ──ッ!!」

 暴威竜のすねに釘のように突き刺さった刀へ、バイクの前輪をハンマーのように叩きつける。根本まで打ちこまれた刃は、骨まで届き、粉砕する。

「アギャオオォォォンッ!!」

 断末魔のごとき金切り声をあげて、『跋虎<ばっこ>』は真横に倒れこむ。巨体が周囲の樹々を巻きこみ、へし折り、土煙が立ちこめる。

 暴威竜の頭上にいたツバタは、アサイラとともに鞍から空中へと振り落とされる。

「ヌッ。まずい。引き時だ──ン!」

 滞空しながら、ツバタはつぶやく。うまく受け身をとって着地し、混乱に乗じて森にまぎれ、『げえと』のもとまで後退する。

 そう考えた武将の右腕が、強い力で引っ張られる。ツバタは、自分の手首が竜革の輪で捕らえられていたことを思い出す。

 武将の上方、土煙の向こうに人影が見える。先刻まで殴り合っていた青年が、革鞭をたぐり寄せつつ、ツバタのほうに落下してくる。

「ウラアァァ──ッ!!」

「ぬあッぶ!?」

 着地と同時に、アサイラはサムライの顔面に、瓦割りのごとく拳を叩きつける。武将の鼻の骨が折れ、兜が吹き飛ぶ。青年はマウントをとり、なおも拳を振りおろす。

「ウラララァ! ウラアッ!!」

「あッががゴがッ!?」

 アサイラの鉄拳を何度も叩きつけられ、顔面を腫れあがらせ、前後不覚になりながらも武将は未だ意識を保っている。

 サムライのタフネスにあきれ果てながらも、アサイラは顔をあげる。蒸気バイクにまたがったナオミと、視線が交わる。

「ああ、悪い。こいつを借りていた」

 右手に巻きつけた投げ革を、アサイラは掲げてみせる。ナオミは、笑いかえす。青年は、ふたたびツバタを殴りはじめる。

「いいだろ、それ。手を貸してくれた礼に、やるよ」

 赤毛のバイクライダーはそういうと、鉄馬のエンジンをふかす。ヘッドライトを、砦とは反対、湖の方角へと向ける。

 蒸気バイクを走らせようとして、ナオミは思い出したように動作を中断し、アサイラに対して顔を向ける。

「アサイラ。テメエの探しものは、湖の底にある」

「そうか」

「そいつは、もうテメエ一人でだいじょうぶだろ……ウチは、行くよ」

「そうか……ウラアッ!」

「ま、待て、やめ……ぶグわッ!」

 油断なく、執拗に、ツバタへと拳を振りおろし続けるアサイラを背に、ナオミは蒸気バイクを湖畔へ向かって走らせた。

【出立】

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