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【第15章】本社決戦 (3/27)【屍兵】

【目次】

【基底】

──ズドオォ……ン。

 アサイラの眼前で土煙が巻き起こり、地面が鳴動する。疾走していた青年は、急ブレーキをかける。

 砂埃のなかに、いくつもの人影が見える。煙幕が晴れていくと同時に、その正体を視認できる。

「ア、ァア、ァ……」

「……グヌッ」

 虚ろなうめき声の合唱を聞いて、アサイラは顔をしかめる。目の前に現れたのは、うごめく屍体──ゾンビたちだ。

 前方をふさがれた青年の背後からは、機械の猛禽が追いすがる。アサイラは迂回路をとろうと反転する。一歩踏み出したその先で、ふたたび爆発が起こる。

 地面が噴き飛ばされ、空いた穴の底から、新たな屍が這いだしてくる。鳥型ロボットが回りこみ、アサイラの逃げ道をふさぐ。

「強行突破は、中止……か」

 青年は、走破をあきらめる。わずかにひざを曲げ、足の裏を岩石の地表につけ、アサイラは徒手空拳の構えをとる。

 人工の天井から照らす薄暗い灯火を頼りに、青年は新たな敵の姿を凝視する。

 土気色の肌、濁った瞳、悶え苦しむような表情は、以前、戦ったことのあるゾンビと相違ない。しかし、明確な特徴がふたつある。

 ひとつは、サブマシンガンと防弾チョッキという近代装備を身に帯びていること。もうひとつは、腹部が丸く、大きく、異様に膨らんでいることだ。

「オァア──……ッ!」

 ゾンビの部隊が、怨念のごとき雄叫びをあげる。生者に対する包囲を狭めながら、短機関銃のトリガーに指をかける。

 アサイラは、素早くジグザグにバックステップしつつ、背後の屍体のひとつに接近する。銃をかまえる手首に肘打ちを喰らわせ、防弾チョッキの襟首をつかむ。

──ズガッ、ガガガッ!

 サブマシンガンが、一斉に弾丸を吐き出す。青年は、捕まえたゾンビを自分の前面にかざす。屍体を盾にして、襲いかかる鉄の飛礫を防御する。

 銃撃が、止む。ゾンビの全身に空いた穴から、腐った体液がこぼれる。アサイラは、身代わりの屍体を、前方に蹴り飛ばそうとする。

「……アァ、アッ!」

「グヌ……ッ!?」

 蜂の巣になったゾンビが、青年の手首をつかみ返す。首が真後ろにまわり、続いて胴体がアサイラのほうに向き直る。もう片方の手が、生者の肩に指を喰いこませる。

 屍体の腹部にあいた孔から、シューシューッ、と奇妙な音が聞こえてくる。心なしか、肥腹がさらに膨らんでいるかのように見える。次の瞬間──

「グヌア──ッ!!」

 アサイラのみぞおちに、強烈な衝撃が襲いかかる。ゾンビ兵の腹部が破裂し、そこから高速で灰色の石柱が伸びる。

 円筒の質量体に突かれて、青年の身体は地面と平行に噴き飛ばされる。その先には、別の屍がうごめいている。アサイラは、背中からほかのゾンビに衝突する。

「……ォアッ」

 青年の身を受け止めた屍兵が、小さなうめき声をあげる。大きな衝撃を受けて、風船のように膨張していた腹部が破裂する。爆風の代わりに、石柱が伸びる。

「──ヌギイッ!?」

 新たな質量体が、カタパルトのごとくアサイラの躯体を弾き飛ばす。高速で宙を滑る青年は、進行方向を見る。また別の、ゾンビ兵が待ちかまえている。

───────────────

「ハッハア! ハメ殺しだ、これがな!!」

 多機能ゴーグルで監視を続けるダルクの横で、塹壕のなかから頭を出したトゥッチが快哉を叫ぶ。

 数百メートル離れた地点で起こる石柱の連鎖爆発は、裸眼でも視認できるほどだ。

 四方八方から高速で伸びる質量体にいたぶられては、さしもの『イレギュラー』であろうとも逃れられまい。トゥッチは、必勝を確信する。

「見ていたか、クソガキ!? セフィロトエージェントの戦い方だ、これがな!!」

 塹壕と迷彩シートから上半身を乗り出して、縞模様のヘアスタイルの男が興奮した声音でわめき立てる。

 脇にいた若輩のエージェントは小さく舌打ちすると、塹壕の外に這い登って、そのまま穴蔵から歩み離れていく。

「どこに行くつもりだ、クソガキ! 後片づけが残っているぞ、これがな!!」

「……前方から、質量体がこちらに飛んできている。ゾンビのうちの一体だ。こいつは、塹壕に直撃コースかもな」

 ダルクは、多機能ゴーグルにおおわれた目元で先輩エージェントを一瞥する。トゥッチは目を丸くすると、前方に視線を向ける。

 若輩者の言っていた飛翔体が、肉眼でも確認できる。狭い塹壕が災いして、退避が間に合わない。

「べぼ──ッ、ぐヒえ!?」

 腹部が風船のように膨らんだゾンビが、放物線を描いた結果、トゥッチの頭部に激突する。衝撃で、屍体の内部に充填されたガスが噴出する。

 多機能ゴーグルを装着したダルクの背で、石柱が現出し、先輩エージェントはその下敷きとなった。

「クソがッ!」

 若輩のエージェント、ダルクは唾棄しつつ、はぎ取るように目元の多機能ゴーグルを投げ捨てる。くせ毛が揺れて、額をくすぐる。

 ターゲット──『イレギュラー』が、一直線にこちらへ接近してくる様が、肉眼で目視できる。

 自動操縦の『刀剣猛禽<ブレード/ヴァルチャー>』が追従しているが、スピードで負けている。

 ダルクは、腰のホルスターから二振りのコンバットナイフを抜き、逆手に構える。若きエージェントの脳裏に、苦い失敗の記憶が去来する。

「クソが、クソがクソが……ッ!」

 蒸気都市と呼ばれる次元世界<パラダイム>で、ダルクはイレギュラーと交戦し、手痛い敗北を喫した。プライドを捨て、姑息な手段をとったにも関わらず、だ。

 若輩のエージェントは、かつての自分の判断を悔いてはいない。あのときの行動は、あれでベターな選択だった。

 だが、姑息な小細工に頼らざる得なかった、それでも敗北した己の弱さに対する悔恨は、あの日以来、忘れたことはない。 

「……殺してやる」

 若干二十歳のエージェントの双眸に、昏い殺意の炎が宿る。自分が前に進むためには、あの敗北を乗り越えるためには、あの男を己の手で殺さねばならない。

 ほかに道はない。少なくともダルクは、そう確信している。

 本社防衛のミッションにおいて、トゥッチが使っていたのは、『屍兵化弾<ホロウ・ポイント>』を埋めこんで作り出したゾンビに、『質量煙霧<エアロ・マス>』を充填したものだ。

 同伴を命じられたいけ好かない先輩エージェントは、おたくがドジを踏まない限り失敗はない、と息巻いていた。結果は、ご覧のありさまだ。

「結局のところ、クソの役にも立たない小細工だったかもな」

 かつての自分がすがった姑息な戦術のように──そう連想して、ダルクは頭を左右に振る。ターゲットは、ますます距離を積めている。

 標的を空から追い立てる『刀剣猛禽<ブレード/バルチャー>』は、かつてダルクが使った『変転刃魚<ソード/フィッシュ>』と、ほかのエージェントに支給された『機械化鳥隊<バード・カンパニー>』のデータを複合して造られた。

 各種機能が複合され、基礎出力も向上しているが、それに伴う大型化により、小回りは利かなくなっている。

 トゥッチの組み立てた作戦が小細工ならば、自分に与えられたこの試作兵器も姑息な玩具にすぎない。己の強さの証明には、ならないのだから。

「クソがッ! 今度こそ、確実に、この手で……殺してやる、『イレギュラー』!!」

 土煙をたてて突っこんでくるターゲットに対して、ダルクは咆哮する。あの瞬間、敗北を喫した男が、眼前へと迫り来る。

 標的はまっすぐと若輩のエージェントを見据え、手刀を構える。ダルクもまた、腰を落とし、二振りのコンバットナイフの柄を強く握りしめる。

──ガキイッ……ィイン。

 二人の青年が交錯した瞬間、なにかが砕けるような鈍い音が響く。血飛沫が、岩石の地面にいくつもの赤い染みを作る。

 ダルクの視界は、不自然に灰色の天井を見あげている。首から下が、動かない。

 まだ若いエージェントは、コンバットナイフの刃ごと、己の首の骨を手刀で打ち砕かれたことを理解する。

「クソ……ッ、が……」

 喉から絞り出すように、ダルクは最後の悪態をつく。やせ気味の身体はバランスを失い、そのまま背後に向かって倒れこむ。

 岩石のうえに身を横たえるまえに、くせ毛の青年の意識と生命活動は、虚無の闇へと呑みこまれ、消失した。

【電脳】

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