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【第2部9章】月より落ちる涙一粒 (16/16)【惜別】

【目次】

【聖別】

「もう出発するのかい? 寂しくなるなあ……あと数日くらいは、ゆっくりしていってもいいんじゃないか」

「お気持ちはありがたいのですが、そんなことをしていては、名残惜しさで腰が重くなってしまいます。わたくしたちには、行かなければならない場所があるのですわ」

 ディアナ、メロ、ミナズキは、最初にこの次元世界<パラダイム>へ降り立った森のなか、虚無空間へ通じる虚穴のあいた大樹のまえにいた。

 三人を取り囲むように、族長をはじめとしてエルフの村の老若男女たちが、別れを惜しんで見送りに来ている。

「こいつを持って行くといい。ささやかながら、餞別だ」

 若き族長があごで合図をすると、体格のいい狩人が背負っていたかごを降ろす。なかには、森でとれた多種多様な薬草と、肉と木の実とキノコを煮固めた保存食が詰まっている。

「此方らには、助かります。メロ、お願いできるかしら?」

「任せてなのね、ミナズキさん! ええーい!!」

 オーバーオールの金髪少女は、片腕にはめていたリングをはずすと、フラフープ大まで広げて見せる。エルフたちは目を丸くし、特に子供たちは歓声をあげる。

「えへへ! 魔法少女ラヴ・メロディに不可能の三文字はないのね……それはそうと、オークさんたちはどうしたのかなあ……?」

 リングのなかにできた亜空間ポケットへエルフたちからの贈り物を収納しながら、メロは問う。

「そういえば、此方も先日からおーくの姿を見ていません……彼らは彼らで、なにかしら忙しいのではないかしら?」

「さあて、な。薄情なオークたちのことだ。ことが済んでしまえば、あいつらにはどうでもいいのかもしれないぞ」

「むー、族長さん! 一緒に仕事した仲間を、そんな風に言っちゃだめなのね!?」

 エルフたちの若きリーダーにメロが抗議しようとし、龍皇女がその仲裁に入ろうとした、そのとき──

──バキバキィ、バキッ!!

 枝々のへし折れる音が、森中に響きわたる。大型の魔獣が近づいてきたのかとエルフの狩人たちは弓と矢をかまえ、その後、唖然としながら武器を降ろす。

「ヴルヒヒィーッ!!」

 メロに向かって、オークらは得意げな顔で手を振ってみせる。豚頭たちは、しとめたばかりと思しき小山ほどはある大猪を荒縄で縛りあげ、引きずってきた。

「これ……メロたちへのおみやげってことなのね!?」

「ヴヒッ!」

 オールバックの金髪少女の問いに、オークは力強くうなずきをかえす。エルフたちが見あげるまえで、豚頭の狩猟者たちは獲物の解体に取りかかる。

 ぽかん、と大きく口を開けていたエルフの族長は我にかえると、腰から大振りなナイフを引き抜いてオークたちのほうに向かっていく。

「……おまえたち、解体の仕方が乱暴だぞ! 大猪は、さばくのにコツがあるんだ!! というか、旅人に生肉を持たせても腐らせるだけじゃないか!?」

「ヴルルヒ!?」

「ミナズキ、練習ですわ。切りわけた肉に『保存』の魔法<マギア>を……メロ。リングのなかは、まだ余裕はありますか?」

「かしこまりました、龍皇女陛下」

「メロのほうも全然だいじょうぶ……これで食事のとき、ディアナさまに迷惑をかけずに済むのね!」

「うふふ……気にせずとも、わたくしは別にかまいませんのに」

 オークとエルフの狩人たちが共同作業で巨大な獲物を解体し、その肉を女衆が葉にくるむ。ミナズキは習ったばかり『保存』の魔法<マギア>をかけて、メロは輪の内側の亜空間ポケットに収容していく。

「……これ以上は、此方たちだけでは食べきれないのではないかしら」

「メロのリングは、まだ余裕があるけれど……ミナズキさんの言うとおりなのね。残りは、みんなで食べて!」

 三人ぶんで見て十日以上はまかなえる食糧を受け取って、メロとミナズキはエルフとオークに丁重に礼を告げる。大猪の肉体は、まだ半分以上残っている。

「ははは! エルフとオークが一緒に宴会をするなんて、聞いたことがないぞ……それはそうと一緒と言えば、もう片方のドラゴンはどうしたんだ?」

「カルタは旅人ではなく、もとより、この次元世界<パラダイム>に棲んでいた龍ですわ。なにか困ったことがあれば、あの娘を頼ってくれれば」

「そいつは助かるな! まさか、ドラゴンが俺たちの味方になってくれる日が来るとは思っていなかった!!」

(──勝手に話を進めるでないわ、クラウディアーナ!)

 エルフの族長と談笑する龍皇女の頭のなかに、直接、声が響く。カルタヴィアーナの『念話』の魔法<マギア>だ。ほかの者には、聞こえていない。

 妹龍は、エルフやオークには知覚できないほど離れた岩山のうえに立ち、クラウディアーナ一行の旅立ちを見守っていた。

(あら、カルタ。次元世界<パラダイム>の住人と良好な関係を築くことは、管理者に不可欠な素養ですわ。礼に、美味しい食事をふるまってもらえるかもしれなくてよ?)

(かしましいわ! そんなことはどうでもいい!! それよりも……あにぃ、は元気にしているか?)

 カルタヴィアーナのヒステリックな思念波が、急にしおらしくなる。姉龍は、わずかに首をかしげる。

(……? ああ、ヴラガーンのことですか。ええ、元気すぎて手を焼くほどで……つい先日も、わたくしの側近龍が痛い目にあわせられました)

(……そうか! あにぃならば当然じゃ!! して、クラウディアーナ……我は元気にしておる、と伝えてはくれぬか?)

(うふふふ。了解ですわ、カルタ。そなたは、昔からヴラガーンと仲が良かったですから……)

(かしましいわ! クラウディアーナ!!)

「……ディアナさま、どうかしたのね?」

 魔法<マギア>によるテレパシーの会話を続けていた龍皇女に対して、メロがいぶかしむように顔を見あげる。

「うふふふ、なんでもないですわ。そろそろ出発しましょう」

 クラウディアーナの言葉を受けて、オーバーオールの金髪少女は身軽に古樹の幹を登っていく。地表からは、エルフとオークがともに両手を振っている。

「またなー! いつ来ても歓迎するぞー!!」

「ヴルッヒッヒッ!!」

 メロは手を振りかえすと、虚穴のなかに潜りこむ。その様子を確かめたクラウディアーナは、黒髪のエルフ巫女のほうを見る。

「ミナズキ、わたくしたちもメロに続くとしましょう」

「はい。龍皇女陛下」

 黒髪のエルフ巫女の華奢な身体を軽々と抱きあげたクラウディアーナは、人間態のまま二枚の龍翼を生やし、空を飛んで次元の穴のなかへと飛びこむ。

 龍皇女の腕に抱きすくめられながら、ミナズキは郷愁を覚えつつ、懐をまさぐる。そこには、陽霊京から持ち出した最後の霊墨、それを加工して作った札がある。

 ミナズキは、自身の髪色のごとき漆黒の符の表面を確かめる。

 そこには、反閇法による儀式の完遂で為された、世界──アーケディアとの契約を示す魔法文字<マギグラム>がはっきりと、ほのかな光とともに浮かびあがっていた。

【第10章】

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