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連載小説|不器用たちのやさしい風〔Part14〕最終回

※Part1~Part14でひとつの物語になります※
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 引越し当日の空は、文句のつけようがないほどの、完璧な快晴だった。
「お天気でよかったね、なんか幸先いい感じ」
 平日だが、仕事を休んだという香代子が、達也の手伝いに来てくれている。
「ほんとに、雲ひとつないってこのことだよな」
「めったにないよね、こんな青空」
 身の回りのものを詰めた段ボール箱と、いくつかの家具。抜け殻のように暮らした一年でも、持ち物は、それなりに増えていたのだ。
 生活するとは、こういうことなのかもしれない。
「リュウくん、これから迎えに来るんでしょ。何時頃?」
「引越業者が十一時だから、その頃に来るって言ってたよ」
「久し振りだなあ、リュウくんに会うの。かっこよくなってそう」
「ああ、だいぶ痩せたけどな」
 香代子がいてくれて、本当に良かった。
 パジャマや洗面道具など、今朝まで使った、兄の最後の荷物をまとめる妹の姿に、達也は心から思う。リュウを失っていた間も、香代子がいたからこそ、本物の孤独までは、感じずに済んだのだから。
「香代子、ありがとな」
「えっ、何が?」
「いや・・・なんでもないよ」
 改めて問われると、感謝をもういちど口に出すのが、何故か恥ずかしくなってしまった。

 リュウのパールホワイトの車が、達也のアパートの前に到着したのは、引越業者の車が出ていくのと入れ違いだった。
「わあ、香代子さん!」
 車から降りてきたリュウが、香代子を見つけて、人懐っこい笑顔を浮かべる。
「リュウくん、久しぶり!」
「ほんとお久しぶりです。香代子さん元気そう」
「おかげさまでね。お兄ちゃんの心配、しなくて良くなったから、これからもっと元気になるかも」
 何だか、俺が迷惑かけてたみたいだな。達也が、そう割り込むのを合図にしたかのように、やわらかい風がひとつ、三人を包みながら吹き抜けていった。
「いい風だね」
 リュウが顔を上げて、その風を味わう。
「最高のお天気で、良かったね。幸せへのドライブ、って感じ」
 香代子がそう言って、達也とリュウの背中を、ぽんと軽く叩いた。
「お兄ちゃん、リュウくん、お幸せにね」
「ありがとう。達也を預かるね」
「うん、お兄ちゃんをよろしく。ずっと預かっててね」
 もう一度、やわらかい風が吹いて、彼等の髪をそっと撫でる。それは、達也とリュウの二度目の始まりを祝うような、暖かく、とてもやさしい風だった。

〔了〕

※最後までお読み下さり、ありがとうございました。


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