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【短編推理小説】五十部警部の事件簿

事件その14

五十部警部と坂木刑事が、異変を知らせる電話によって駆け付けた、その古びた洋館の一室で事件は起こっていた。
洋館は広い庭のある平屋の建物で、そこに有名な占い師でもあり、神秘学についての著述家でもある渋沢虎彦がひっそりと世間とは没交渉に住んでいたのだった。
彼は隠し持っていた拳銃で頭を撃ち抜いて寝台に倒れていたのである。
状況から即死と見てよかった。
入口のドアから入るとその正面にレースのカーテンが掛けられた小窓があり、その窓に面して横向きに置かれた寝台の枕は右のこめかみから流れ出たと見られる血に染まっており、拳銃は右腕に握られていた。
その寝台の下にラテン語で書かれた革表紙の大きな本が落ちており、その脇にはドアのカギがあった。
窓は鍵がかかりキッチリと閉じられていたし、部屋のドアは鍵が閉まっていた。
部屋で何か音がしたと思ったが、家は壁を特に厚くしつらえていた為に、拳銃の発射音とは分からず、食事を知らせる使用人の問いかけに応えず、かといって、その部屋のカギは渋沢氏だけが持っているとあって、手をつかねていたが、仕方なく警察を呼んだのであった。
止む得ず、ドアを警察から持ってきたバールでこじ開け部屋へ入って見ると、薄暗い室内には、寝台の前の床に落ちていた部屋のカギと分厚く大きな革表紙の本、そして寝台に横たわる渋沢虎彦氏の遺体があったのである。
3人いた使用人を一通り尋問し、借財の事で督促状が送られてきていたとの証言を得て、さて、これは自殺かなと思案する警部だったが、ふと窓に目をやるとカーテンがわずかに動いたような気がして、なにか暗示かと不気味な気がした。
坂木刑事がやって来て、遺体は一応鑑識へ回したと報告し、五十部を促して帰ろうとすると、床にあった本に足が触れて、本を動かすと、その下にあった血痕が現れた。
「あっ」と声を上げた五十部警部は断言した。
「これは自殺じゃない!」
なぜそう考えたのだろう?

渋沢氏が寝台に横たわり拳銃の引き金を引いて即死していたなら、彼独りがいた部屋のベッドの前の本の下に血痕があるのはおかしくは無いだろうか。
窓のカーテンが動いたのは目の錯覚ではなく窓ガラスに小さな穴があったのである。
吹き込んだ風が揺らしたのだ。部屋のカギは外から閉められた後、その穴から室内へゴムかなにかの反動を利用して投げ込まれていたのだろう。
彼は寝台の手前でこめかみを撃たれ、その際に出た血が床についたのだ。
その直後、彼は寝台へ寝かされピストルを握らされたはずである。
後に使用人の一人がこの日を境に姿を晦ましていることが分かった。


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