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温泉街の怪人

 痛みで熱を帯びた呼気は、足湯から立ち上る湯気よりも白かった。

 踏み抜く雪に腹から垂れた血が混ざる。目がかすむのは寒さだけが理由ではない。「鳥嶋ァー!」遠くで組の連中が俺の名を叫んでいる。いや、耳が馬鹿になって小さく聞こえているだけか。「鳥嶋ァー!」想像して腹の底が冷えた。もつれる足を必死で動かす。路面電車の駅。倒れる。電灯が時計を照らしている。午前二時。火を落とした温泉街は眠りについた巨大な昆虫のようだ。「鳥嶋ァー!」近い。今のは近かった。まずい。まずい。雪から体を引きはがす。「鳥嶋ァー!」

 ゴウ、と音がして電車が止まった。

 午前二時。何故。終電は三時間も前だ。

 無人の電車の扉が開き、車内から駅のホームに光が降りた。光の中にはまるでその空間が破れたような、真っ暗な服を着て、真っ暗な帽子を被った男が立っていた。影で隠れた顔が、赤色に大きく裂ける。

 「鳥嶋ァー!」

 男は、俺の名を呼び、くすくすと笑った。

【続く】