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【小説】【漫画】最近読んだアレやコレ(2020.07.11)

 どうぶつたちの口癖を「はは・・」で統一しているせいで、諦念と停滞の孤島になりつつある我がメルカ島(最初は和音島にして鯨幕をしきつめようと思ったが、漢字表記ができず、あきらめた)、近海の安全が確認されたとかで無事に遊泳・素潜りが皆勤されました。泳いでいるのは私と、全身赤色の説教をしてくるおじさんだけで、住民たちは皆、依然とぼとぼ島を練りあるき、乾いた笑いを連呼していますが、まあ、いいでしょう。それにしても、ある程度遠洋に出て、島が見えなくなった時の恐怖感が、妙に生々しくてよいですね。深夜の海ならなおさらよい。真っ黒な海、底も見えない足元で、オオシャコガイがバクバクと高速移動している様を想像すると、背筋が凍ります。毎週のように漂着する男、島に向かって永遠に泳ぎ続けている魚たちといい、この海域には怪異が多すぎる。

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吸血の家/二階堂黎人

 久しぶりにクラシックで分厚い邦ミステリを読みたい、そんな季節。呪われし旧家での除霊儀式と密室殺人、悲劇性を持った美しき三姉妹、執拗なまでの本格探偵小説宣言と度を過ぎたペダンチズム、そして、傲慢で鮮烈な名探偵と少し頭のわるい筆記役。「あえて」のレトロ調を押しだした作風でありながら、年月を経て、それが本当のレトロになってしまったという経緯は、何年も待ち、ようやく熟成した酒樽を開けるようなワクワクと嬉しさに満ちています。複数の謎に対して提示される真相は、いずれも一言で説明可能なシンプルなものであり、これは同作者の既読作(『地獄の奇術師』『人狼城の恐怖』)でもみられた特徴だったので、二階堂ミステリに共通する個性なのかもしれません。その中でも、本作の主題である「雪密室」に対する回答は、抜群の鮮やかさと事件の異常性を強調する絶品のアイデアであり、読んでいて思わず膝をうちました。『スウェーデン館の謎』や『白い僧院の殺人』に並ぶ、偉大なる前例だと思います。


幽霊を創出したのは誰か?/森博嗣

 個人の不老がほぼ実現し子供が産まれなくなった未来において、あるいは人間の活動空間がヴァーチャルへと移行されるつつある過渡期において、幽霊というツールはどのような効果を発揮し、どのような必要性から創作されるのか。シリーズの中でも非常に限定的な題材を扱いながらも、流れはいつもの大河に合流し、普遍的に拡散されてゆくのです。ある種の思弁小説として抜群のおもしろさを誇る本シリーズですが、今回は「サイバーパンクなガジェットで幽霊譚をやる」という趣向がとにかく楽しく、エンターテイメントなSFとして非常に楽しかったです。それを求め、それを創り出すドラマの過程が、情感たっぷりに語り上げられ、そして同時に極めてドライに解体されてゆく。多ジャンル混交という点でもそうですが、複数の温度を持つレイヤーが重ね合わされる贅沢さは、『ニンジャスレイヤー』を想起させられます。「アナザー・ユーレイ・バイ・ザ・ウィーピング・ウィロウ」、名作だよね。


ヘテロゲニアリンギスティコ(1,2巻)/瀬野反人

 異世界言語ファンタジ。こんなんおもしろくないわけないじゃん!という題材で、前から気になっていた漫画なのですが、案の定めちゃくちゃおもしろく、大満足しました。好きな点は二つ。魔界の生物たちが使う言語が、ただの「奇抜なおもしろいアイデア」に留まるものではなく、彼らの生物学的・文化的背景に根差した必然性のあるものとして組みたてられていること。そして、謎に対する「回答編」を設けないことで、エンタメ性を放棄しながらも、理解と解釈の差異について真直ぐに向き合っていること。とある架空の前提に対して、理屈だって思考を積み上げてフィクションを構築してゆく様は、ファンタジというよりはSFのようで、題材的にもファースト・コンタクトものと呼べるのかもしれません。相互不理解の旅路の中で、「解釈」のすれ違いに遊ぶのではなく、あくまで「理解」に向けて(それが成功するかはともかく)前進してゆく主人公の姿勢も大きな魅力であり、これは言語学者という職業設定が強く出た部分なのだと思います。


忍者と極道(1,2巻)/近藤信輔

 定員制チームバトルで敵に主人公の親友がいるという、『甲賀忍法帖』の頃から伝わる無敵のフォーマットを、最新・最強の形で実現してみせた、無敵の漫画。私はカブチカ編の頃から連載を追っているのですが、おもしろすぎて毎週、脳が焼き溶けて困る。忍者にせよ、極道にせよ、はぐれものたちの個人体験から発される苛烈な憎悪と殺意は、否応なく社会全体を巻き込み、地獄の螺旋を紡ぎあげてゆく。倫理や規範と言った制限を吹き飛ばす私的なドラマの熱狂は、あまりにも悪魔的であり、ヒトとして守るべきボーダーを揺るがすものであり、ある種の危なさすら感じさせるもの。仲間の死に涙し弔いの歌をうたい上げる背景で、何の罪もない人たちがその弔いに巻き込まれ無惨に死んでゆくカブチカ編のラストシーンは、美しい地獄・グロテスクな聖性と言うべきコントラストを完成させており、ただひたすらに圧倒されてしまいます。それにしても、「『烈!!!伊達先パイ』のギャグをシリアス文脈にぶち込んだら、最高のケレン味として機能する」という着想は誰のものなんでしょうか。令和最大の発明では?


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