ミルクランチ家の女たち
願えば音より早く走り、信じれば空だって飛んで見せる。魔女ってそういうものなのよ。もういない妹の言葉を思い出しながら、私はフィゼリ通りの上空を跳んでいた。目標は跳ね回るカカシ。パン婆さんのところの商品だ。起き上がったのは今朝。屋根から屋根へ跳んで逃げ、洗濯物をひっくり返し、通りすがりのカラスを驚かした。
「こっちだよ!」
叫んだのは母だ。カカシが慌てて跳ねる。隙。私は全身を縮め駅の屋根を蹴って弾丸より早く飛び出した。一瞬の集中は動体視力を研ぎ澄まし、全てをコマ送りに変える。逃げようとたわむカカシ、遠くに見える大鉄塔、こちらを見上げる通りの人たち。その中にはパン婆さんもいた。年甲斐もなく拳を振り上げている。それは四十にもなって町中を跳ね回っている私が言えることではなくて、でも魔女とはそういうものなのだ。
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私と母がカカシを取り押さえてから、遅れてヴィトーがやってきた。よろよろ屋根を渡る様は危なっかしい。そもそも、魔女のくせに眼鏡が手放せない時点で未熟以前の問題。かわいい姪だけれど、まだヨウカイの名前に詳しい以外、取柄はない。
「カラカサオバケです。ジャパニーズ・アンブレラ・ヨウカイ。一本足繋がりでカカシに憑依したんだと……思う」
「それもサムライの彼氏からの受け売りかい?」
母がからかい、真っ赤になったヴィトーを見て、ヒエッヒエッと笑った。
「ヴィトー。母親みたいになれとは言わないけどね。こいつくらい捕まえてもらわないと」
お説教の時間だった。
「ガス灯の光が封じた怪奇を、サムライたちが蘇らせた。それを悪くいう人もいる。彼氏と仲良くするのもいいけれど、その彼氏のためにも頑張りな」
はい伯母さん、とうつむいた声。
「じゃあ実戦だ」
私が指さしたのは大鉄塔。高さ100mの巨躯が起き上がろうとしていた。久しぶりの大物。あれは何だいという母の問いに、ヴィトーが震え声で応じる。
「ガシャドクロ」
【続く】