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Isn’t She Lovely

最後の2つのお餅を、ウィンナーと白菜としめじと一緒にコンソメで煮て、仕上げにブラックペッパーをガリガリとすり入れる。
うちにある大きい方のどんぶりにザザザっとがさつにそれを入れて70cm四方のテーブルに運んだ。
私の向かいにある椅子は誰かのためではなく、いつも私の重たい両足がどすんと休むためにある。
セリアでみつけた樽型のちょっといい感じのグラスに、箱ワインを注ぐ。
コンソメ味のお雑煮とワインでお正月の最後の余韻を楽しむ今宵の晩餐。

花の見える椅子にポジションを整えてYouTubeを開いた。
履歴から選んだ曲を聴いたらその次にとても懐かしい曲が流れてきた。

スティービー・ワンダーの『Isn’t She Lovely』

たぶん姉がかけていたレコードから流れてきて自然と耳に馴染んでいた曲なんだろうな。
むかし住んでいた実家の風景が、不二屋ネクターのようなとろみでよみがえる。
味気ないベッドの上で、今にも消えてしまいそうな命でギリギリ横になっていたけれど、ひとつもやさしい言葉をかけてあげられなかったひとが浮かんだ。
次に、声をかけてくれたのになぜかそっけない返しをしてしまったひとを思い出した。

「母ちゃん来てたな」

私が中1でそのひとが中3。
たまたま体育祭で同じ組の応援団をして、声を交わすようになった背の高いひと。

「わるい?」

そこは「うん、来てた」で良かったんじゃないかと、今にしたら思うのだけれど、母親が来ていたところを見られていたのがなんとなく恥ずかしく思ってしまい、素っ気ない言葉を返してしまった。私の言葉にそのひとが「えっ」という表情をして会話が終わった。
まさかその4年ほど後に成人式さえ迎えられずにそのひとが消えてしまうとは思いもしないで。

恋とは違うけれど、先輩だとか友達だとかとしては間違いなく好きだった。

音楽って、そういうとこがあるよなぁ。



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