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精神科に入院中短歌を詠んだ その6

救急搬送

外が嫌に暗かった。おそらく22時は回っていると思った。時間が定かではないのは時計も携帯も持たずにいたからだ。セーターだけの薄着でいたが寒くはなかった。暖房が効いていて暑いぐらいだった。上着を着ていないのは家を連れ出されたときに自室に行くことも許されなかったからだ。家で巻いていたストール、履いていたコンバースも今は無かった。1時間ほど前に私は保健所の車でここに運ばれてきた。

暗い中を半日ほど留置されていた警察署を出発し、着いたところが精神科の救急病棟の入り口だった。と言ってもそれを知ったのはだいぶ後になってからだった。車内で説明があったかどうか覚えていない。どこに行くんですか?と尋ねた気はする。答えは覚えていない。ちゃんと行き先を告げられたのか、あるいははぐらかされたのか。自分がどこに向かっているか私は分からなかった。運ばれた車に同乗していたのは女性の保健師二人とたぶん保健所の職員の男性、運転手が一人。途中道を間違えて引き返したのは覚えている。とにかく道がやけに暗かった。今思うとおそらく山沿いのルートを使ったのだろうと思う。暗い暗い道を通ってきた。ずいぶん時間がかかったように思った。

着いたとき、救急車が前にいて受付に時間がかかりしばらく待った。点滅する明かりを覚えている。何が起こるのだろう。私は疲れ切っていたので早く決着をつけたかった。なんでもよかった。悪いことはもう起こってしまったのでこれ以上酷いことが起こるとは思えなかった。

ふいに明るいところに通された。介助必要ですか?と看護師らしい人が出迎えて保健師に聞いた。しっかりしているので大丈夫です。会話は私の頭越しにされていた。私のことを話しているのに遠くで聞こえるような気がした。

ほどなく部屋に通された。白衣を着た医師らしい男性がいた。いくつか質問されたが何と答えたのか覚えていない。話はすぐ終わり、帰っていいのかと聞いた気がする。医師らしい男性が何か言った。事務的なやり取りが背後でされ、私はその場からまた別の場所に通された。その時に靴とストールを置いていくように言われたのだと思う。

気づくと私は真ん中にベッドのあるがらんとした部屋にひとりでいた。看護師が薬を持って現れ、これを飲んで今日は眠るように言った。看護師の見ている前でおとなしくそれを飲んだ。

朝。いつ眠ったかも覚えていなかった。ずいぶん早くに目が覚めたのは窓にさす光でそれと分かった。窓は手の届かない場所にあって何の装飾もなかった。窓からは杉の木の枝が見えた。鳥の声が聞こえた。部屋は次第に明るくなってゆき、とても静かだった。

眠っていたベッドを見ると拘束具がついていた。私は拘束されずに眠ったが、暴れる人がいるのだな、暴れれればこれで縛られるのだな、と思った。

精神病院に運ばれてきたのだな。と、そこで初めてはっきりと分かった。もう出られないのかもしれないな、とも思った。


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