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インフルエンザはかかりつけ医で

(別の場所で過去に公開された記事を、加筆修正しています)

I先生は「ぼくの好きな先生TOP3」にランクインする、優しい男性の医師だ。(当社比)
その日、大きな不調をかかえて患者はかかりつけ医院を訪れた。1年ぶりくらいでI先生に会えるというのに、冴えない顔だ。受付で、消え入るような声で「熱が下がりません」とだけ伝え、問診票を書いた。それを読んだナースがすかさず、奥の別室へ患者を連れていく。こ、これは…バイキン扱いされたような絶望感を抱きながら、リクライニングシートに横たわる。さらにカーテンが閉まって、隔離感が増した。

隔離ゾーンに入ったらすぐ、ナースは長い綿棒のようなものを持って現れた。これが噂に聞いた例の検査だな。この綿棒もどきを、患者の左鼻腔へ突っ込んでごにょごにょ動かす。45年も生きているのに、この検査は初体験であった。

ほどなくして、カーテンの外からI先生が顔をにゅっと出して登場。「お久しぶりですねー。どうですか?」なぜか嬉しそうに先生はつづけた。

「エリィさん、インフルエンザですよ!」

そうでしょうとも。患者は隔離ゾーンで力なく笑った。
「すごくしんどいでしょう?」 聴診器を当てながら、I先生の質問が始まった。
「その後(がんの)治療はどんな感じですか」
患者は弱々しく語った。休憩治療のゼローダ+ホルモン療法(リュープリン+アリミデックス)が1年もったこと。そろそろ効き目がなくなってきたため、先月で休憩治療がストップしたこと。次の抗がん剤を今検討していること。

「そうですか。でも1年も治療が効いてよかったですよね。ハイあーんしてください」
E先生は元・肺がん専門医だ。今は呼吸器、内科、外科という形で医院を開業している。つまり、とても話が早い。大病院との付き合い方や診察を受けるポイントまで教えてくれたこともある。体が動かなくなっても往診してくれるし。頼りになるねぇ。

がん患者は、専門病院にかかるケースがほとんどだ。すると、ちょっと頭が痛いとか、風邪をひいたとか、日常の細かな不調を病院で診てもらえない。というか、それは大病院にとって迷惑でしかない。かといって、その辺の内科へ行くと「なんだがん患者かよ」という厄介者扱いが待っている。そんな時のかかりつけ医だ。

患者はがんの専門病院で、I先生を紹介してもらった。
緩和ケアというと、終末医療みたいに思う人も多いけれど、こうしたかかりつけ医にかかるのも緩和ケアのひとつだ。積極的な標準治療と同じくらい、生活に根差した細かなケアは大切。それもなるべく早い段階から始めるに限る。

というわけで隔離ゾーンで点滴を打ってもらい、患者はその日のうちに復活。今度は往診してもらえるように、も少し部屋を片付けろよと思うのであった。