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【短編小説】本当のことは流れ星が教えてくれる

ちゃぶ台でアツアツのうどんをすすっていると、思わず鼻からうどんが飛び出そうになった。それから俺はしこたま腹を抱えて笑い転げたのだ。夕方6時のニュースの中で、キャスターが大真面目な顔をして、
「サンタ死去。享年272歳。死因は転落死」と報じたからだ。
北欧の新聞社が一斉に公表したことで、全世界に瞬く間に広がったビッグニュースだという。そもそもサンタが存在していたこと自体が疑わしいのに、大人たちが神妙な顔つきで次々に、
「お悔やみ申し上げます」と目を潤ませていたのが、妙にツボに入った。

六年の俺のクラスで、いまだにサンタの存在を信じている奴は、教室の隅っこでいつも呪文を唱えている自称魔導士の竹田と、ゴスロリに目覚めてしまった安川くらいしかいないと思う。もっとも竹田はサンタ以外にも魔法使いや宇宙人等も信じているらしいのだが。
クラスメイト以外ではもう一人、サンタを信じている奴を俺は知っている。奴は大人だから、なおさら始末が悪い。
通称クワケン、桑原健太、俺の親父だ。
四十を過ぎた売れないロックミュージシャン。ロックスターを気取って、寝る時まで真っ黒な革ジャンに革パンツをはいているイカレた中年オヤジだ。
外でいったい何をしているのかわからないが、稼ぎがほとんど無いから、俺たち家族はボロアパートに住んでいて、脚が一本無くなったちゃぶ台を囲んで毎日飯を食っている。2年くらい前に、酔って帰ってきたクワケンが蹴つまずいて脚を一本折ったままになっていた。3人の内1人がちゃぶ台を抑えていなければ不安定で、飯も落ち着いて食べられないから、俺たち家族は決まっていつも3人揃って晩飯を食っている。
「なあ、カズオ」
カズオとは俺の名前だ。ロックスターを気取っているくせにダサい名前を付けやがって。物心ついた頃から、俺はずっと根に持っている。
「サンタが死んじまったってのは本当だと思うか?」
サンタが死んだだって?俺は存在を認めたわけじゃない。この21世紀の現代社会で信じている奴なんて、ゲームとリアルな世界の区別がつかなくなっゲーマーくらいなもんだ。モーゼが海を割ったくらいの絵空事だ。
「そんな非科学的なことを言われてもね。そもそもサンタなんて馬鹿げてるよ」
と俺はそっけなく答えた。間髪入れず、クワケンは焼酎臭い息を俺の顔に吐きかけながら、切り返してきた。両目が充血して耳たぶまで赤い。こういうときのクワケンは面倒くさい。
「科学、科学ってよぉ。お前に科学の何がわかるってんだ。サンタのことを、もっと真面目に研究してしかるべきじゃねえか?サンタの特殊能力とかよぉ。人類に夢を見させるのが科学だろ」
科学の意味をはき違えているように思うのは、俺だけだろうか? 母親のミツコは黙って沢庵をコリコリかじっていて、俺とクワケンの話に割って入ろうという気配すらない。母は黙って見守るのみ。まるで聖母マリア様のようだ。容姿はともかくとして。

「サンタが死ぬわけねえよ。何かの間違いだ。全世界の子供の夢はどうなっちまうんだ?」

クワケンは何かの間違いだと何度も執拗に繰り返していたかと思うと、そのままちゃぶ台のそばで大いびきをかいて寝てしまった。酒に弱いくせに酒が好きな、本当に面倒な親父なのだ。
後日わかったことだが、サンタ死亡のニュースは、フィンランド地元新聞記者が悪戯で書いた記事を、誤送信してしまったことにより、図らずも全世界に配信されたということらしい。ご丁寧にも「サンタは健在です!」と、サンタコスチュームに身を包んだジジイが、それらしくピースサインをしている動画まで公開された。

珍しく午前中から雪がちらついていた。俺が住んでいる町は雪国のように毎年、大雪で困っているようなところではなく、空っ風が吹く雪が積もらない町だ。頑張って年中半ズボンを穿いてはいるが、やっぱり風は冷たい。
学校は冬休みに入り、他にすることもないので友達と公園でサッカーする約束をしていた。生憎、今回はメンバーが揃わないから、仕方なしに魔導士の竹田を呼んだ。無論、友達とは認めていない。ただのクラスメイトだ。
待ち合わせ時間より少し早くに公園へ行ってみると、竹田が一人サッカーボールに向かって、何やら意味不明なことを呟いていた。また呪文でもかけているのだろう。だから友達ができないのだ、ということに本人が気づくには、後10年はかかるのかもしれない。
「おい竹田!」
突然、後ろから声をかけたせいか、竹田は肩をビクッとさせて、恐る恐る振り返った。
「やあ、桑原君。今日は負けないからね、僕は」
と、根拠のない自信を覗かせた。目がマジなのが怖い。まあ、どんな小細工をしたところで竹田の鈍足は折り紙付きだ。万年ビリで女子の中に入っても負ける子は数えるくらいしかいない。たとえ竹田が11人の「竹田イレブン」対俺ひとり、でも負ける気がしなかった。
淳史と信也たちが続々と集まってきて、俺たちはサッカーを始めた。小雪がちらつく寒い日だが、走り回っていると汗ばんでくる。みな軽快なパスを回してくれたおかげで、俺たちのチームが先制した。
案の定、竹田が動いているボールに触れることはなかった。いくら全力で走っても、誰にも追いつけない。状態をのけ反らせて、やたらに太ももを高く上げるようなバタバタした走り方では無理もない。アンドロイドのようにぎこちない動きだ。すぐに息が上がってスタミナ切れとなってしまった。
窮地に立った竹田がとうとう叫んだ。
「ベホイミ!!」
とっさに試合中の全員が、竹田に注目する。なんだコイツ?みんな一様に怪訝な表情を浮かべていた。淳史なんかはドンがつくほど完全に引いていた。竹田は息を切らせながら立ち止まり、それから腕を組んで首をかしげ、考え込んでしまった。試合は一時中断となってしまった。
しばらく沈黙が流れた後、竹田の口から出た言葉に、俺たちは絶句せざるをえなかった。
「どうも今日はおかしい。どうやら今日はマジックポイントが足りないようだよ。呪文が思うようにかからないんだ」
おかしくはないだろう。もし呪文がかかったら、それこそ大事件だ。とはいえ、当の竹田は大まじめに何度も首をかしげ、魔法が使えない魔導士は、もはや魔導士ではなく、ただの町民であり、ただの町民では勝負にならないと、わけのわからない理由をこじつけ、今日のところは出直すと言い出した。
「ルーラ!」
と天に向かって腕を振り上げたが、当然ながら瞬間移動なんてできるはずもなく、肩を落として寂しそうに帰っていった。
竹田を呼んだのは俺だ。メンバーを揃えるための苦肉の策ではあったが、責任は重く感じる。せっかくの冬休みに水を差す形となって申し訳なかった。

なんだかサッカーをやる気が失せた俺たちは、公園の遊具で遊ぶことにした。ブランコに乗るなんて何年ぶりだろう。低学年の頃はバカみたいに毎日乗っていた記憶がある。よくこうやって靴を飛ばして遊んだものだった。「靴飛ばし」という、ブランコに乗りながら、どれだけ遠くに靴が飛ばせるか、という単純なゲームに興じた俺たちだったが、何度も靴を飛ばして遊んでいるうち、信也の靴が誤って、通りかかったジイさんに命中するというハプニングが起こった。
少し前から公園のゴミ箱をあさっていた空き缶拾いのジイさんだ。何十年も髭を剃ったことがないらしく、大きく突き出た腹の先まで灰色の髭が伸びていた。担いでいる白い大きなビニール袋には空き缶がびっしりと詰まっていて、ガラガラと耳障りな音を立てていた。
「やべぇ!逃げろ!」
と、信也が叫んだ。信也の靴は空き缶の詰まったビニール袋に見事命中して、ガシャンと大きな音を立てたと同時にビニールが破けて、空き缶が散乱してしまった。ビニールは案外と、もろかったのだ。
俺たちは信也の掛け声とともに、一目散に逃げだした。淳史は右へ信也は左へ、そして俺は後ろへと逃げた。逃げている最中、なぜかニタニタと笑いがこみ上げてくる。いったん、ずらかって様子を伺い、また公園に戻ってくることは俺たち中での暗黙の了解となっていた。過去にも何度か、同じようなシーンがあったからだ。最近では3か月ほど前に、淳史の奴が投げたボールが山田さん家の窓ガラスを割ったことがあったな。
信也の奴は、靴を片方無くした状態でこの寒空の下、逃げている。地面は雪のせいで冷たい。10分も経たないうちに信也は公園へと戻るだろう。いざとなれば、俺たちの足があれば、あんな老いぼれジイさんに捕まることなく、靴は無事に取り戻せるはずだ。

しばらくして公園に戻ってみると、信也とジイさんが向かい合って何やら話をしていた。ジイさんが怒っている様子はない。靴をぶつけられたのに、むしろ笑っていた。変なジイさんだ。恐る恐る近づいてみると、俺の顔を見るなり、
「やあ、メリークリスマス!」
とジイさんが笑顔で言った。なんのことだかよくわからなかった。空き缶拾いのジイさんの割には、やたらと血色がいい。大きな頬っぺたをピンク色に染めてニコニコしている。
そういえば、今日はクリスマスイヴだ。桑原家にとっては、なんら関係のない日だから、すっかり忘れていた。また去年のように、酔っぱらったクワケンが下手くそなジングルベルを歌いながら、悪ふざけで、おでんの大根にロウソクを灯して終わりだ。
信也はジイさんから「メリークリスマス!」と、靴を受け取っていた。返ってきた靴がなんだか重い。信也が不思議に思って俺に靴の中を見せると、靴の中には飴玉がビッシリと詰め込まれていた。
ジイさんは、
「ワッハッハッハ」
と高らかに笑うと、くるりと後ろに向いて、どこかへ歩いて行ってしまった。


「たまにはケーキでも買ってあげたら?小学生最後のクリスマスなんだし」
母のミツコが珍しく、今年はクリスマスケーキを買おうと言い出した。桑原家にとっては一家はじまって以来の事件だ。ミツコの中に聖母マリアが降臨したのか、普段は寡黙な母が今日はなんだか輝いて見える。
「パンが買えないならケーキを買えばいいのに」と無神経な戯言を平然と言ってのけるゴスロリ安川にも聞かせてやりたいくらいだ。桑原家待望のケーキだ。
ちゃぶ台の横で転がってテレビを観ていたクワケンは、
「しょうがねーなぁ」と言って、財布の中身を確認してから起き上がった。「おい、カズオ、行くぞ」
とクワケンがおもむろに俺の手を引っ張った。
「え?俺も行くの?」
「当たり前だろ。お前のために買うんだからな」

冬の夜は早く、すっかり辺りは暗い。今日はよく晴れたせいか星がたくさん見えていた。風が冷たくてクワケンは首を縮めて猫背になって歩いていた。駅前のケーキ屋までは、少し歩かなければならなかった。俺はクワケンとケーキ屋までの道のりを、人気のない路地を並んで歩いた。こうやってクワケンと歩くのも、なんだか久しぶりのような気がする。
「そうだ、近道があるんだ。あの公園を抜けて行ったら近いよ」
空き缶拾いのジイさんがいた公園を抜けると、少しは駅までの道が縮まるはずだ。公園は小高い丘の上にあって、丘の裾野を迂回するよりは近い。
「近道だぁ?そうだな、こんなクソ寒い日にゃあ、とっととウチに帰って酒でも飲むさ」
と言ってクワケンは鼻水をすすりあげた。公園へ向かうコンクリートの階段をふたり並んで上っていると、夜空の中で瞬いている星々に紛れて、一瞬、流れ星が糸を引くように流れたのが見えた。
「あ、流れ星」
俺はつぶやいた。
「流れ星だと?」
クワケンもおもむろに夜空を見上げた。
「今さっき、空に流れ星が見えたよ」
「そんな都合よく、流れ星なんか見えるかよ」
とクワケン。
「嘘じゃないよ。確かに見えたんだ」
一瞬の事だったから、クワケンは見逃したに違いない。だけど俺には確かに見えたんだ。
しばらく沈黙が続いてから、クワケンが静かに口を開いた。
「いや… お前が見たのは流れ星なんかじゃないぞ」
「じゃあ何さ?」
「サンタだよ。サンタクロースに決まってんだろう」
「まだ言ってらぁ。サンタなんかいるわけないって」
「じゃあ、お前は流れ星を間近で見たことがあんのかよ。見たものしか信じないんだろ」
「そんなの見れるわけないじゃん」
「だったらいい加減なことは言うな」
「いい加減なことを言っているのはオヤジの方だろ」
クワケンはいつもの調子で諭すように、
「なあ、サンタってのは、見える奴と見えない奴がいるのを知ってるか?見えるから信じるんじゃない。信じるから見えるんだよ。心が透明でないと見えないのさ」
「信じてどうなるんだよ」
「さあな。信じる気が無いのなら、それはそれでいい」
と冷めたように言い、
「ただ、お前のこの先に待ってる、ひたすらに長い人生も― 」
と言うと、クワケンは優しく笑って続けた。
「少しは退屈しないで済むのかも、しれねぇなぁ」
そう言うと、大きなくしゃみを一発して、さみぃ~と肩を震わせ、早く行こうぜ、と大股で歩き出した。

公園に入ると、所々にある外灯の明かりの他は真っ暗で人気がない。それにしても、今日の夜空は星がたくさん見える。寒いせいか空気が透き通っているようだ。
公園を奥へと進むと、遠くの方で、何人かの人影を発見した。こんな寒いクリスマスの夜にいったい何をしているのだろう。
「誰かいるよ」
次第に近づくにつれ、ドラム缶の焚火で暖をとるジイさん3人だということがわかった。ジイさん達はそれぞれにウイスキーやら焼酎やらと自分の好きな酒を持ち、ボトルのままラッパ飲みしているらしく、陽気に騒いでいた。そのうちの一人のジイさんが、どこで拾って来たのか、壊れかけたヴァイオリンを構えてクリスマスソングを奏で、もう一人のジイさんがドラム缶を叩いてリズムをとる。そして、もう一人のジイさんが音楽に合わせて、突き出た腹をユサユサと揺らせて踊っていた。浮浪者の楽団だ。俺はそう思った。

「メリークリスマス!あなた方も我々と一緒に踊りませんか?」

そう言って、声をかけてきたのは、昨日、この公園で出会った、あの空き缶拾いのジイさんだった。すっかり酔いが回ってご機嫌な様子だった。

「サンタだ。本物のサンタクロースだ」
そのとき、俺の隣で妙な声が聞こえてきた。見上げてみると、クワケンの目が少年のように輝いている。確かに突き出た腹といい、ヘソまで伸びた髭といい、ピンクの頬っぺたといい、俺たちが俗に連想するサンタクロースに似ていなくもないが。
「おいカズオ!ママに電話して俺様のギターを持って来いと伝えろ。今すぐにだ」
クワケンの声は興奮して上ずっていた。それから、子供のようにはしゃいで、ジイさん達の輪に入って踊り出した。ジイさんにもらったウイスキーをラッパ飲みして、馬鹿笑いをしている。まったく面倒くさい親父だ。

ミツコがギターを抱えてやってくるまでの間、俺たちはサンタのジイさん達と、ドラム缶を囲んで踊った。クワケンと一緒にいると、ごくたまに、妙な体験をする。まあしかし、こういうクリスマスイヴも悪くはない。去年のおでんにロウソク事件よりは、はるかにマシだ。

クワケンのバカ騒ぎと、ヴァイオリンの音色が、夜空の星空の遠くまで響いていた。
「あっ、ケーキは?俺のクリスマスケーキはどうなっちまうんだ?!」
やっぱり、クワケンという奴は、ロクな親父じゃない。


(6165字)



~あとがき~

大昔に、たぶん20年くらい前に書いた短編小説です。季節感なしのクリスマスネタですが💦
小学生だった息子も、今ではすっかり社会人となって・・月日が流れるのは早いもんですね。改めて読み返してみて思ったのは、これってほとんど実話じゃないか!ってことです。アマチュアバンドやってたボクと、小生意気な息子と、息遣いがそのまんまじゃないか、って。当時は創作のつもりだったんでしょうかね😅
まあ、とりあえず。noteマガジンに格納しておきます。


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