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プライマリー・カラー 〈Rの章〉

 たった二両しかない赤色の私鉄に乗り込む。
 透香は母親にゆるめに巻いてもらった黒髪の先を摘まみながら、隣にいる彼に気付いてもらえないだろうかと思っている。
 ロングシートには誰も座っていないが、二人は一席分空けて座っている。照れ臭いのは幼馴染みだからだろう。
 透香は俯き、自分の両膝を見ている。海沿いを歩いていたときに転んで出来た傷は、まだ若く赤い。一方、彼は股を広げて座っている。車窓から見える森ばかり彼は眺め、アセロラ味のキャンディを口の中で転がしている。
 団地に住んでいる彼が小学3年生の時、隣の部屋に透香が引っ越してきた。両親がいつの間にか仲良くなっていて、初めて家族同士で海に行くことになった。海で透香が溺れた。彼は彼女を助けた。そこから何となく二人で過ごすことが増えていった。
 二人はほぼ毎日遊んでいた。透香は彼の隣で四季を過ごした。だが互いにそれ以上、踏み込んでいいのか分からなかった。
 二人は手を繋いだことがない。出掛けたのも勿論、これが初めてだ。そして、透香は明日から彼とは違う私立高校に通うことになる。
 今朝から二人はずっと黙ったままだ。二人とも言いたいこと、伝えなくちゃならないことが沢山あった。だが口には出せなかった。互いに大人ではなかったからだ。
 透香は沈黙がただ恥ずかしかった。隣の彼の耳の先は真っ赤だった。
 最寄り駅に電車が着き、駅を出た後も、二人は黙って歩いた。
 辿り着いた団地の花壇には、チューリップが植えられていて、中でも赤色がよく揺れている。
 両親は透香の帰りを待っていた。本当は今日の昼には向こうへ着いている予定だったからだ。日が沈もうとしていた。

「ありがとう」

 言えた。
 だが、透香はそれが精一杯だった。
 彼からの言葉を待たずに一気に3階まで駆け上がった。

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