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1/2「じいちゃんが入退院していたことを知る」

AM 7:00

その日は朝の7時に起きたので、とりあえず洗濯機を回しながら顔を洗ったり、なんだりしました。
起きてすぐはほとんど頭がはたらきません。どんよりしてます。それは新年になっても変わらずで、僕は「この身体と今年も付き合ってくのかー」と思いながら身支度を済ませました。
今年もがんばろうな。

じいちゃん家は群馬にあり、東京から新幹線でも電車でも行けます。僕は特に急いでいなかったので、のんびり行くことにしました。

電車に乗りこんだら、人がいっぱいいて、しばらく座れませんでした。僕はその時、「もう帰ろうかな」と思ってしまいました。

僕は、自分で誘って、計画も自分で立てたにもかかわらず、いざ、当日になると前髪が決まらないとか、思った時間に起きれなかったとか、そういった些細な理由でつい「行きたくないなー」と思ってしまう人です。
よくない。直したい。

電車が埼玉に近づくにつれ、乗客が減っていき、窓の外からは背の高いビルが消えていきました。いつの間にか車内にはほとんど人がいなく、外に見えるのは畑と一軒家。
それらを眺めてるだけで電車は同じ速度で走っているのに、時間感覚がゆっくり過ぎていく気がしました。僕はそうなってようやく「じいちゃんの家に向かうか」という気にななりました。

僕の(母方の)じいちゃんは今、81歳です。
そしてじいちゃんは僕の知らないうちに、がんで入院して、退院したらしいです。
それを知ったのはクリスマスの日にじいちゃんと一緒に暮らしているおばさんから届いたCメールでした。
僕はそれまでじいちゃんがガンだったことも、なんにも知りませんでした。
心配でした。
だから、僕はじいちゃん家に向かいました。

(LINEが当たり前の世の中でおばさんは毎年、僕の誕生日とクリスマスと年明けにCメールをくれます。それが届くと毎年、僕はその日としての実感が湧くので、時代遅れだけどなんか好きです)

高崎駅に着くと、じいちゃんが車の前で周りを見渡してました。
小豆色のダウンを羽織ってポケットに手を突っ込んでいて、何も知らなければ入退院したなんて分からないほど、じいちゃんはしゃんと立っていました。
ちょっとかっこよかったです。

車に乗り込むとじいちゃんは「駅の周りが随分変わったろう」と言いながら、僕らの目に映った建物が、いつ建てられて、どんな場所なのかを片っ端から解説してくれました。
じいちゃんは昔から喋るのが好きで、運転はブレーキとアクセルが人より強いので、車の中で携帯はいじれません。
久々に会ってもじいちゃんの癖や性格は変わってませんでした。昔は嫌だったけど、今はそれが見れて安心しました。

途中スーパーで夕飯の買い出しをして、お昼のお弁当もそこで買いました。
ビスケットとかチョコとかせんべいとか、お菓子が好きでつい買い込んじゃうところも変わってませんでした。

家に着くとこたつ用の丸卓の上にお弁当を置き、とりあえず僕はテレビをつけました。
もう食べられる準備はできてるけどじいちゃんはストーブをつけたり、洗濯物を取り込んだり、なんだりかんだりと動き回っていて、なかなか座ってくれません。これも昔から変わってません。
僕はお正月特番を眺めながら、働きアリみたいに、忙しなく行ったり来たりするじいちゃんを気長に待ちました。お弁当はおいしかったです。
お腹がいっぱいになると2人とも眠くなってそのまま昼寝をしました。

夕方の6時くらいに叔母のようちゃんが帰ってきて、僕は買ってきた材料を使って、餅入りの煮込みうどんを作りました。
2人とも美味しいと言いながらうどんを啜っていましたが、僕が「ちょっと生姜入れすぎたかも」と言うと「そうだね」と言っていました。
でも、全部食べてくれて、ありがとうと思いました。

後は3人でテレビを見ながらみかんを食べたりしました。結局、初詣も、初売りも、正月らしいことは全くしませんでした。
でも、じいちゃんの顔が見れて、小さい頃に泊まった時みたいに、ゆっくりできてよかったです。

じいちゃんの癖は変わってなくて安心したけど、僕の癖は直さないとな。

今年もがんばっていこう。


電車の中で読んでた本


「遠い指先が触れて (島崎大樹)」


記憶を消されてしまった男と女が出てくる話で、一人称視点で書かれたものです。
男と女の視点が頻繁に入れ替わり、1行の中でも、視点を入れ替えて書いているところが珍しいし、話自体も面白いです
(まだ、半分しか読めてないけど)。

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