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サマー・ライアー【堕】

before episode…



「わたしだけのアツムでいてね」
 その問い掛けに対し、幼いアツムはノータイムで頷いた。

 アザミはアツムのことが好きだった。
 ナツキはいつも五月蠅くその割にはリーダーシップをとる力がない。それに無遠慮に頭を撫でたり、体を触られるのは気持ちが悪かった。だからアツムに目が行った。わけではなかった。
 アツムはナツキと知り合う前から親同士のつながりで一緒にいることが多かった。アツムはアザミと二人きりの時はよくしゃべった。彼女の手もよく引っ張った。さわりあいっこ。と名付けた二人だけの遊びがあり、それは第二次性徴期を迎えても続いていた。
 アザミは思春期に入ると二人きりの時は手を繋ごうとせず、三人でいるときに、不意にアツムの手を取った。アツムは全く動揺を見せないため、ナツキにはわからない。その欺く数瞬がアザミにとって快感へと変わった。
 一方、アツムは三人でいるときは従順に、無邪気にふるまい、そして二人きりの時は無に帰った。アツムの本質は無だったのだ。
 本質を自覚しながらも、アツムは素顔が出せないことにやきもきしていたが、その無を必要としていた人間は隣にいた。
 アザミは、アツムの誰にも悟られない表情を眺めているのが何よりも好きだった。押し倒し、両手で耳を塞ぎ、どんなに時間をかけて見つめてもアツムの表情は変わらなかった。その恒常さはアザミの中で最も欠けているものだった。

 アザミは幼いころから情緒をコントロールするのが苦手で、泣くと必ず掴んだものが壊れるまで床にたたきつける癖があった。
 だが、息を止めてアツムの瞳を覗き込んでいると、まるで夕凪の海に浮かんでいるかのような心地がして、その勘違いはアザミを社会的に成長させるのに必要だったため、両親も彼女の異常なまでの執着を黙認していた。

 だが、アツムは両親の意向で、遠く離れた進学校へ進んだ。
 アツムを恒常的に摂取できなくなったアザミは学校では気丈にふるまったが、家族には強く当たった。掃除の為に入った母親の足を踏み、喧嘩の仲裁に入った父親をシャープペンシルの先で刺した。それでもアザミの心は不安定で、彼女はよく、アツムの家に無言電話をかけて嫌がらせをした。
 アザミはアツムのことが好きで、好きで、たまらなかった。
 だからこそ、アツムを遠ざける全ての事象をアザミは恨んだ。そして限界を迎えたアザミはある夜、父親の部屋を訪ねた。

 アザミは賢い女だと知っていたため、アツムは一人きりで彼女が家に尋ねてきても拒まず、招き入れた。勿論、アツムはその日両親を旅行に行かせていた。日帰りの熱海旅行のペアチケットは学校の担任の机から盗んだものだった。

 アザミは玄関で彼を押し倒し、後頭部を強打したアツムは死を悟った。元々生きてる実感がなかった彼をここまで生き永らえさせているのは、アザミが心配だったからだ。
 アザミは歓喜し、咽び泣いた。
 蒸し暑い夏の午後だった。
 潰されていく喉と、絞めている掌が、同じように汗ばみ、アツムは人生の幕切れにはちょうどいい日なのではと思った。

「あなただけのこどもがほしい」
 アザミが呟くと、願望器はノータイムで頷いた。



next episode…


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