サマー•ライアー【Q】
before episode…
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十三回忌を終え、夏の夕暮れが村に訪れる。
酒に酔ったアツムはにへらと笑いながらナツキに絡んだ。
幼いころからナツキはアツムに対して誰かを演じているような違和感を抱いていた。が、アツムは問いただす度に人懐こそうに笑って躱すだけだった。欺かれているのに気づきつつも、ナツキはそれを良しとして受け入れ、アツムに接してきた。
アツムはできることならば全てを話したかった。だがナツキに対し、そういった態度をとってしまうのは、彼にとって心を許せる存在がナツキだけだったからだ。
期待でも、歪んだ愛でもない。
ただ一人の人間として、隣にいてくれる。
それがどんなに尊いか、アツムは心で理解していた。
だからこそ、何がなんでも耐え切らねばならなかったのだ。
僕らの中に偽りがあってもいい。
だからもう何も手放さない。
その誓いがアザミの死後、アツムを16年間も生き永らえさせている。
普段はテキトーに相手をするだけのナツキが酔い潰れる寸前のアツムの胸襟を掴む。ナツキの声はただでさえ大きく、鍛え上げられた肉体は力のままにアツムを揺する。そのうちに下戸の癖に断れず先取し続けていたアルコールが体内に回り、アツムはナツキの顔面に吐瀉した。
二人は一緒に風呂に入り、ナツキに誘われたアツムは狭い浴槽に浸かった。浴室のどこにも逃げ場はなく、長らく突っ込んだままだったアツムの栓は抜けてしまった。そこからぼこぼこと懺悔の泡沫が吹き出す。
ナツキは苦悶に顔を歪ませ、時折アツムをきつく責め立てるように睨み、無理やり事実を飲み込もうと努力していた。アツムは抑揚をつけず、私情を持ち込まず、事実だけを述べ続けた。蓄音機のように語り続けるアツムを見て、ナツキは初めて彼の素顔を見れたと思った。
「アザミは僕を犯さなかったし、殺さなかった。だから、僕らの間に子供はいないよ。僕も、ぼくもね、その先の6日間アザミがどう過ごして、何を感じて、或いは悔いたりして死んだのかわからないんだ。察しはいくらでもつくよ。でもね、ナツキ。本当のことはなにもわからないんだよ」
声は震え、アツムの眼からは涙が流れた。
浴槽に満ちたお湯を吸っても、しょっぱくはないし、本心で泣いているのかも今のナツキに判別しかねる。
それでも寄り添わなければ今にも壊れてしまう気がして、ナツキは隣で膝を立てて蹲る身体を腕で引き寄せた。するとアツムはまるで今、生まれたかのように泣いた。
浴室に突然、アザミの父親が現れた。
ナツキは様子を見に来たのかと思い、声をかけようとして、アツムはゆっくりと立ち上がった。アザミの父親は子供のように泣きじゃくっていた。何かがおかしいと思ったナツキはアツムの手を引こうとした。
アツムは父親を抱きしめた。
股の先からだらだらと、太腿を伝い、血が排水溝に向かって流れていく。
ナツキは叫ぶ。
窓の外の夏蝉は喧しい。
ナツキは浴槽から飛び出てアツムをアザミの父親から引き剝がした。アツムの胴の真ん中からナイフの柄が突出し、血が噴き出ている。
仰向けになった親友の腹からは出血は止まらない。浴室が赤黒く染まっていく。手で抑えようとも、指の股から溢れ出てくる。突き飛ばしたアザミの父親は隅っこで、呪詛を唱えるようにずっと誰かに謝り続けている。
その時、ナツキはアツムが嘘をついていたのが分かり、なぜアザミが死んだのかがわかってしまった。
七日間生き続けた夏蝉が、鳴き止んだ。
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