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4_koto_bungaku

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四コマ漫画みたいなノリで書けないかなと思い、始めたショートストーリー集です。
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#ショートストーリー

ケロケロ・アイスクリーム

 歩行者信号の青が点滅していても、ワタシは走るどころか、早歩きさえしなかった。間に合わず赤になって立ち止まった時、彼からのLINEに4日ぶりに既読をつけた。 〈エリカさ、  オレと付き合ってて楽しい?  オレは、分かんない。楽しくないのかもしれない〉  ワタシは彼のことが今も好きで、弁解しないとならない。それでも、何も打ち込めないでいると信号が青に変わる。  酔った男女が互いを支えにしながら歩いてくる。横断歩道の向こうにはコンビニが見える。歩行者信号が点滅し再び赤に変わる

9.5カラット

 だらしない母はいつも妹のように私に甘えてきたが、時折、母らしい顔をすることがあった。この時も母は、母の顔をしていた。だからこそ、私はもう二度と母がこの家に帰ってこないのがわかった。村中から''売女''と揶揄された母は私に別れの言葉を残していった。 「女の涙は飾りじゃない。だから、然るべき時に使うの。そうやって強かに生きなさい」  両肩を掴み、母は私に向かってわかったかと念押しをした。  それからキャリーバックのキャスターが石畳の上を転がっていった。雨音のようだったが、そ

アンビエント

「お買い上げありがとうございました。おやすみなさい」  老婆に雑貨屋の店主が頭を下げる。家に帰った老婆はラジオを聴きながら買ってきた鉢植えに月下美人の種を植えた。  老婆の家の庭の前を老人が通りかかる。皺と血管が幾つも浮かぶ手を引くのは黒い犬で足取りは鈍い。  犬と目が合った学生は自転車に跨り、総菜パンを咥えている。  学生たちが帰った進学塾の明かりは消え、講師たちが家路をたどる。男の講師が女の講師を飲みに誘うが断られてしまう。  誘いを断った彼女は姉夫婦が営む珈琲屋へ向か

アイ・ドント・ライク・ユー

 いつか頂上までいってみたいね、と言いながら眺めていた裏山へ先に登ってしまったのはセナちゃんだった。だからこんな山道を易々と進んでいくのだろう。軽やかで、しなやかで、忌々しい彼女はいっつもわたしの前を歩いている。  言ってくれればせめて学校のジャージに着替えたのにと思いながら、わたしはさざめく木々を見上げる。  ローファーの先が土で汚れ、太腿が痒い。お姉ちゃんにせっかく磨いてもらった爪を気遣っている余裕はなく、わたしは岩や地面から露出した木の根を掴み登っていく。  見上げ

サンデイ・レイン

 黄砂が降り始めたのは日曜の昼過ぎからだった。  社会人になり、初めて出た給料でローンを組んだ彼はホンダの旧車を中古で買い、何度もリペアしながら乗っていた。だが今の彼が乗っているのは真っ白なエコカーだ。  ボディに覆いかぶさった黄砂を水で流していると家の中から金切り声が聞こえる。彼がリビングに小走りで向かうと、彼の妻がテレビの前で怒鳴っていた。  彼の妻が指をさしているのはテレビ台で、リモコンがテレビ台の横に置いていないことに対して声を荒げている。  彼の妻が声を荒らげるのは

サステナブル・ハビット

 明け方の渋谷のセンター街で、若者たちがオアシスのDon't Look Back In Angerを歌っている。アルコールに侵された彼らの脳では英詞を上手く発音できないのだろう。分からないところは強引にハミングで誤魔化し合ってはいるが、皆楽しそうだ。  日本から8167㎞離れた街では今日もミサイルが降り、遺体にはブルーシートが被せられ続けている。遠くで爆撃音を聞いた家族はベッドから起き上がり、身を寄せ合いながら家の外に出た。  一足遅れて寝袋から出た彼は居候中のカメラマンで

ハイアー・ザンザ・サン

 ヤツは今頃、ハワイの上空だろう。  半年前に別れた彼女から連絡が入り、先月の終わりに俺は彼女と再会を果たした。  だが、その逢瀬は復縁の申し込みや一夜の過ちといった浪漫が絡んでくるものではなく、彼女にとって、俺との再会はただの回収作業だったのだ。こうして、半年前に計画したハワイ旅行のプランは、センターパートでイギリスと日本のハーフらしい証券マンの手に渡った。  解体工事の現場の昼休憩中、惣菜パンをいくつか買うと俺は再び現場に戻った。  2つ年下の後輩が先月結婚したらしく

プライマリー・カラー 〈Wの章〉

 彼は都内の飲食店でバイトをしているらしい。確かにと透香が思ったのは、体を撫でる指先がひどくかさついていたからだ。透香の両腕を押さえつけ、貪るように、あるいは今夜の居所を探るように、彼は柔肌に顔を埋める。30過ぎの熟れかけの身体でも需要がある。それは単純に嬉しかった。頬のニキビ跡が気になったものの、そこそこ顔立ちも整っていた。だがエサになったような気分がずっとあり、透香は行為に集中できずにいた。  対する彼は透香の身体に溺れていた。会話の中で同年代にはない落ち着きと色気を感じ

プライマリー・カラー 〈Bの章〉

 大学時代に付き合っていた彼氏に貸した三十万円は未だ、返ってきていない。  出版社に就職した透香は営業部に配属された。彼女は前に立って何かをすることが苦手だったため、総務課を希望していたが、社会は彼女中心で回っているわけではない。結局、三年経てば異動願いが出せると説得され、透香は働く度にすり減っていった。  水曜日の午後4時。コンビニを出ると夕立が降っていた。  コンビニから会社までは徒歩5分圏内だが、彼女は営業資料が詰まった紙袋を両手で持っていたため、立ち尽くすしかない。

プライマリー・カラー 〈Gの章〉

 透香はエスカレーター式に大学へ上がる。  住んでいるアパートの一階にはエントランスがある。緑の半キャップを首に欠けたまま、彼が慣れた様子で番号を打ち込む。  チャイムが鳴り、透香が部屋のドアを開けると彼は玄関で靴を脱ぎ捨てた。靴箱横のスタンドに半キャップをかけ、彼はリビングへ進む。短い廊下に汗で出来た彼の足形がついていた。  ローテーブルの上にはあさりとほうれん草のパスタがあって、微かにまだ湯気が上がっている。皿の両脇にはスプーンとフォークが整列していて、彼は洗っていない手

プライマリー・カラー 〈Rの章〉

 たった二両しかない赤色の私鉄に乗り込む。  透香は母親にゆるめに巻いてもらった黒髪の先を摘まみながら、隣にいる彼に気付いてもらえないだろうかと思っている。  ロングシートには誰も座っていないが、二人は一席分空けて座っている。照れ臭いのは幼馴染みだからだろう。  透香は俯き、自分の両膝を見ている。海沿いを歩いていたときに転んで出来た傷は、まだ若く赤い。一方、彼は股を広げて座っている。車窓から見える森ばかり彼は眺め、アセロラ味のキャンディを口の中で転がしている。  団地に住んで

ストロー

 4月を待たずして、桜は散ってしまいそうだ。  公園の花見スペースにはいくつもブルーシートが敷いてあり、肩を寄せ合って春風の匂いを楽しむ男女もいれば、頭上の景色そっちのけで酒盛りに興じる中年男性グループもいる。  皆、仄かに頬が赤く、目尻が蕩けていて幸せそうだ。  ブルーシートの端に桜の花弁が舞い落ちる。頭上にある真っ青な空に旅客機が一機飛んでいるように花弁は目立ち、三人家族の娘が拾おうと手を伸ばした。すると風が吹き、隣のブルーシートへ転がっていってしまうので、娘は青年の背中

ワルツ・フォー・デビィ

「お前にとっての音楽ってなんだ?」 「そういうことはあんまり考えたことがない。考えないようにしてるってのが近いかもね」  この曲を作った時、そう答えたのを今思い出したよ。  あれは、3月頃だったかな。  兄夫婦に一人娘が生まれた。それはもう嬉しくてさ、赤ちゃんてすごい温かいんだね。僕びっくりしちゃってさ、気づいたら泣いてて、それを見た兄さんたちが笑っててさ、それで3人でひとしきり祝福しあったんだよ。  それからさ、なんとなくだけど、ここからは夫婦の時間だろうと思って、病室

ドライアイス

 マイナス79度の二酸化炭素は空気に触れると昇華され、大気中の水分を逆に凍らせながら、白い煙となる。 「なんで、まだあの男と付き合ってんの?」  喫茶店の窓際の席、外気と室内の温度差でガラスは結露している。  彼女には付き合って6年の彼氏がいて、向かいに座る彼女の親友は結婚して三年目だ。親友の夫は馬車馬で、ファミリーカーであり、もはやレジャーシートだ。そんな親友のことを彼女は心から尊敬し、常に正しいと思っていた。  それでも前髪を真ん中で分け、耳のあたりから鎖骨まで緩く巻