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「経営はアートだ」にしっくりこない、構造的思考が得意な人向けの説明

柴田史郎

追記:これが「まとめ」である気がしたので、引用しておきます。

以下、本題です。

社長が担当する重点プロジェクト。途中経過の内容がしょぼすぎた

これが考えたきっかけ。がっかりする内容だった。

・事業が目指す将来像との接続が説明されてない
・非常に細かい部分の気づきが「成果」として説明されている
・今後の動き方もわからない

社長が単に老いたのか。その可能性は別で本人にフィードバックしておこう。今回は別のパターンを考える。

腑に落ちないことがある。今働いている会社の社長は、私が知る限り「創発的な思考」と「構造的な思考」の両方を行ったり来たりしながら考えられる人なのだ。だからこのアウトプットはあまりにショボすぎて違和感がある。何か自分が見えてない視点がある、という前提で考えてみよう。

結論:経営トップにだけ許される「一点突破型の成果の出し方」があるのでは?

「一点突破型の成果の出し方」は、「経営はアートだ」の一部分でしかないけど言語化しておこう。

構造的思考での成果の出し方

まず、構造的思考での成果の出し方を積み木に例えて説明する。

最初にゴールまでの仮説をつくる。

実際にやってみたら、少し違ったけど、まあ実行できた。

失敗するときもあるけど、仮説との比較によって、学びを得ることもできる。次の仮説に活かしたりする。つまり、だんだん改善されていく。失敗も学びという資産になる。

仮説をつくるのは、合意形成が必要だから

事前に仮説で関係者と合意形成しておかないと、積み木が用意できない。実行するためには、積み木をゼロからつくったり、他から借りる必要がある場合も多いからだ。

また、失敗しても仮説との差を資産にできることも安心材料だ。

一点突破型とは?

目的は壮大

目指す姿は壮大だ。

一番最初に「もっとも代替出来ない、希少性の高い積み木」だけに集中する

最も重要な積み木に集中して作成する。

希少な積み木ができたら、他から足りない部分は持ってきて、すべて積み上げられる、と思っている

で、ここがポイントだ。経営TOP、特に創業者は大号令をかけて、他の積み木を持ってくることができる。希少な積み木以外を集めてくるための合意形成のコストが少ない。

完成後に見ると、普通に「仮説」も後付けで説明できるし、積み木も設計されて積み上がっているように説明できる。

合意形成するための仮説構築に慣れている人から見えると、一点突破型の仮説はショボく見える

特定部分しか見えないから、ショボく見える。

実際には、「残りの足りないところは、後から埋められるから、なんとかなるんだよ」と一点突破型の人は考えている。ここがみんなが納得するほど事前に説明できないけど、結果として実現できてしまうことで「アート」になるのだろう。

他の人からの質問も、積み木の足りないところに集中する。

これらの質問への回答もそんなに精度が高くない。なぜなら、後でなんとかなると思っているから、まだ考えていないのだ。

希少な積み木ができたあと、残りの「普通の積み木」を集めて積み上げる人は苦労する

ここは関係者以外から見えないところだ。別に希少性の低い積み木だからといって、簡単じゃない。それはそれで大変だ。でも、完成後は、希少性のある積み木の部分に注目は集中する。

残りの「普通の積み木」を集めて積み上げる人は、早めに知りたい

なぜ早めに知りたいか?事前に準備したいからだ!しかし、大抵は十分な時間は与えられない。希少な積み木以外の部分は、「積み上げる仮説」としては簡単に構築できるから、「できるだけ早く!」となるのだ。だから、残りの積み木を積み上げる人は、ずっと忙しい。

私自身は「早めに知ることはできないのか」をずっと試行錯誤してきた。一方で、正解はそれだけではないという「もやもや」をずっと抱えていて、今回の記事を突破口に掘り下げられる気がしている。

仮説構築と合意形成の仕事に慣れてしまうと、一点突破型は実行できない

無意識に頭の中で、仮説を構築してしまう気がするのだ。そうしないと、自分で自分を説得できない。

経営TOP以外は、仮説構築と合意形成の割合が増える

誰かに説明しないといけないからだ。

規模が大きくなると、普通の積み木を積み上げる速度が落ちる

希少性のある積み木以外の部分が間に合わず、結果として一点突破型が成功しない場合も増えてきそうだ。

個人的感想:一点突破に興味がわいてきた

私はこれまで、「残りの積み木を積み上げる側」で仕事をしていたのだが、一点突破型の面白さを体験したくなってきたので、今後はその方法を考えよう。

今回は以上です!

追記:この記事を読み、こちらの記事を書いてくださいました!!そもそも「構造的」という言葉を私は適当に使っていることがわかりました!(一点突破型の対比として何かたとえ話がほしかった、ぐらいのレベル感でしかない)


おまけ:twitterの反応とコメント

twitterのコメントによって、自分と違う視点でこの記事のフィードバックがもらえるから、理解が深まる。

イライラするのは「残りの簡単だと思われてる部分」が別にそうじゃないとか、そっち担当の人を軽んじてる感じがどうしてもしてしまうから、だろうか。

こういうことが言いたかった!ネガティブケイパビリティというのか。

ネガティブ・ケイパビリティ英語: Negative capability)は詩人ジョン・キーツが不確実なものや未解決のものを受容する能力を記述した言葉。

wikipedia

私の好きなフレーズも引用しておこう。似たニュアンスだと思う。


個人的には「ただの作業者」であってもいいのですが(担当領域以外まで見通さなくてもいい)、「作業者」がやりやすいように整えてあげている人がいて、「整える人達の負担」を減らしたいと思い過ぎちゃってるかも、という反省がありました。

わかる!実行できないか、実行時にものすごく負担がかかる・・・。

実行している側はそれでよく、かつ、「後でなんとかなる部分」を丁寧に説明している余裕はない。だから、その周囲の誰かが「こういうことだよ」と解説するのかもしれない。

なるほど!周囲がそれを理解してないと、確かにすれ違いが起きてよくわからない感じになりそう。今の会社でも、ここまで言語化してシェアされてるわけじゃなかったから今回のブログを書いたのかも。その前提には「さすがに社長はそんなにダメじゃないだろ」という自分の見立てもあり、何か自分が見落としているはずだという視点であえて考えてみた。

自分も「小さい領域」では似たように考えている(ここだけ重要で、後はなんとかなる)傾向があって、でも、それを「後はなんとかなる部分」の人にそのまま言うとテンションさがるからどうしようかなと思っていた部分がある。今回はなぜテンション下がるのか、をもうちょっと俯瞰的に説明できたから、今後は少し改善しそう。「そこも大事だけど、ちょっと後回しなのです」と言える。

「普通の積み木の積み上げ」も大きくなるとかなり大変であるはずで、規模が大きくなると「残りはなんとかなる」でずっと成立するのか?というのが個人的な疑問ではある。ここがわからない。でも、どこまでも「ここだけ重要で、残りはなんとかなる」で良い可能性もある。そこが迷う。

公開企業であるし、「関係者が納得するための説明」の重要性をだんだんと重視してきてる感じが私の中にはある。それをしないで、「いいから早くやろうぜ」というのは、少人数チームのノリなのか。確かにそうかも。個人的にはそういうのも好きなんだけど、だんだんそうも言えなくなってきた。単にいまの立場の問題かも。

「一点突破だと大きく花開かない」そう思うんだけど、それも含めて「偶発性を活かした一点突破でもいける」と言われたときに、「絶対無理」とは言い切れない気がしている。あと、岩盤を砕いた後に、そのスケールさせる方法考えてよ、岩盤くだかないとスケールさせる準備しても意味ないでしょ、みたいなコメントにどう回答していいかわからない。

これはまじでわかる。そうですよね。私も目の前でこの事象が発生すると、最初にそのような反応をしてしまいます。

あー、これ理解できてないかも・・・。自己組織化されたチームなら、「普通の積み木」を各自判断で後からもってこれる?理解が違いそう。ちょっと考えよう。

以下、noteの記事にコメントもらった。

スクラムとアジャイルは「状況に応じて有機的に計画を作成していく柔軟な進め方」なので、自己組織化されたチームは決まっていない計画を自ら考えて足りない部分を作っていける。
そうでない組織は硬直的なので、ウォーターフォール的に決まった全体の計画に沿って作ることしかできない、ということのようには見えました。

なるほど!ちょっとわかりました。ありがとうございます。そもそも計画に沿って動くチームにあまり所属したことがないので、「決まってなくても自ら足りないところは動く」は前提となっていました。その方法だけじゃないですよね。

社長は雰囲気とノリだけで仕事しているわけではなくて、と「解説」できる役割が必要かも。「ここに何か埋まっている!!」みたいな嗅覚の話は、「雰囲気とノリで決めている」と置き換えるとわかりやすいな。ありがとうございます。

なるほど、主役の器の話とつなげて考えたことなかったです。ここもnoteにコメントもらいました。

ちなみに「社長の器」について、これは「そもそもアイデアの精度」と「本当に構造を作った経験から高精度で実現可否を直感的に判断できるか」の問題かなと感じます。
アイデアの質は才能もあるとして、経験が浅ければ実現可否の予測精度は落ちるので、コンセプト先行型のアートなスタイルでは構造思考をディティールまで高精度で把握しているかどうかで最後に実現するかが大きく変わりそうですね。

ざっくり「アート思考」と「構造思考」に二分して、両方使い分けるとして。アート側出身で、構造側を学ぶ。構造側出身でアート側を学ぶ。どちらか、やりやすいほうはあるのだろうか?周囲を見渡すと、中間管理職的な人でこれができる人は「構造→アート側」が多くて、TOPはどっちもいる感じがする。何の根拠もない。

この記事は「全体的にどうやって実現するのか気になりすぎる人(私含む)」に対して、それ以外の物事の見方もあるという説明です。なので今後も気にしてよいとは思います。

これはそう!でも「こういう状況だ」とお互いに把握しておいたら、ちょっとは変わるかも。お互いじゃなくて、受け手側だけでもいいかもしれない(普通の積み木積む側)。

個人的に「すべてがつながった瞬間」が一番面白いところだから、そこをもっと体験できるような仕事に自分は変えていきたいなと思っている。そのときに、「実行もできる!」というイメージも「つながった」の条件にいれるはずなのだ。私の場合は。

あー!羽生さんの「大局観」とかですかね。なるほど!そことの関連は考えてなかった。そこはありそう。なるほどなー!ありがとうございます!

今回書いてないけど思い出した。「能力のある実行者」をたくさん集める必要がある。その時に、「能力のある実行者」に経営側が理解がある感じがないと、「能力のある実行者」が集まってこない。もしくは去っていく。ここを上手いことやる必要がある。

あ、これは面白い。再生エネルギーにおける「希少性のある積み木」が何か。ちょっとその「希少性のある積み木」がちょっとズレてるときもありそう。

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