無愛想の中に見えた親切(中国上海)

何はともあれ、無事にホテルにチェックインすることができた。

空港からバスで20分ほどの場所にそのホテルはあった。ホテルまでの道のりは、道路こそ整備されていたが、道路脇の建物は荒れ果てたものも多く、曇り空の天気も相まって荒涼とした印象を受けた。上海と言えば高層ビルが立ち並ぶ中国の大都市のイメージを持っていたが、中心部以外はそうでもないようだった。瓦礫の山を見て、本当にホテルは存在するのだろうかと心配になっていたが、その心配は無用だった。なかなか立派な建物で、フロントのスタッフはカードキーを渡してくれたし、ベッドはダブルサイズ、もちろんシャワーからは温かいお湯が出た。

少し早いが、夕飯を調達しようと思った。ホテルから数百メートルの位置にスーパーマーケットがあるのは事前に調べており、僕はベッドから起き上がった。

初めて訪れる中国のスーパーマーケットということで、何か面白い発見があるかもしれないと思っていたものの、内装や陳列されている商品は日本と何ら変わらなかった。水産のエリアには大きな水槽で商品の魚が泳いだまま売られており少し驚いたが、僕が知らないだけで日本でもそのような売り方をしている場所はあるだろうなと思った。僕は店内をざっくりと見回したあと、カップ麺と菓子パンを1つずつ手に取り、会計に向かった。

会計もレジに立つチェッカーに商品を渡して代金を支払うシステムで、特に問題はなさそうだった。列に並んでいる間に、現地の買い物客から「韓国人か?」と聞かれ、韓国人は日本人と間違えられるのを嫌うからこのような聞き方をしたのかなと推測できるほどに心にはゆとりがあり、中国での初めての買い物を楽しんでいた。

いざ自分の番が回ってきて、事件は起きた。

商品を渡してバーコードを読み取ってもらい、クレジットカードを手渡した。そこまではよかった。クレカをレジに通すとエラーが出る。嫌な予感がした。僕は一日だけの滞在だったので、中国元に両替をしていなかったのである。中国はキャッシュレス化が進んでいると聞いていたので、何ひとつ心配していなかった。しかし、結局持ってきたクレジットカード、プリペイドカードは4枚とも使えず、僕は商品を購入する術を失った。

「今日の夕飯はあきらめて、明日空港で何か買おう。」と諦めかけたそのとき、支払いに戸惑う僕に対して怒りと呆れを滲ませていたレジのチェッカーがレジの下から財布を取り出し現金を支払ってくれた。あれは紛れもなく彼女自身の財布だったと思う。一瞬何が起きたのか分からなくて呆然としていた僕に商品を手渡し、手で追い払うような仕草を見て、初めて状況が理解できた。僕は感謝を伝えて店を出た。

彼女はどのような動機で、僕の代金を支払ってくれたのだろうか。商品を戻してきてくださいと言うこともできたし、僕はそのつもりだった。しかし彼女は、ポケットマネーで、僕の夕飯を奢ってくれたのである。彼女は終始面倒くさそうにしていたから、純粋に僕を助けるつもりで支払ってくれたのではないかもしれない。「数百円ばかり私が払うから、早くどこかに行っておくれ。」きっとこちらが本音だろう。でも結果として、彼女が僕を助けてくれたことに変わりはない。

中国の方は、感情を素直に表現している方が多いように思える。面倒くさいときは露骨にそれを嫌がっているのがこちらに伝わる。でもそれが、即ち親切でないこととはすぐには結びつかないと思う。無愛想と親切は両立しうるのである。僕はそんなことを学んで気がする。彼女の小さな行動が、僕の中国に対するイメージを大きく変えてくれた。今回はトランジットで立ち寄っただけだが、いつか滞在してみようと思った。

こんなことを反芻しながら、その晩は眠りについた。



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