悪意のない斡旋(中国上海)

機内持ち込み規格に収まるリュックサックひとつで旅に出た僕は、他の乗客より一足先に浦東国際空港のロビーへ出ることができた。

宿泊するホテルには、ホテルと空港を結ぶシャトルバスのサービスがあると聞いている。バスのロータリーを探すために空港ゲートから外に出ると、目の前がすでにタクシーやバスが行き交うロータリーだった。

「案外すぐに目的のバスが見つけられるのでは」

という淡い期待も束の間、シャトルバスの時刻表なんてものはもちろんなく、ホテルの案内人や看板も見つけることはできなかった。

どうしようかと周囲を見渡していると、ロータリーに面した歩道に設置されている小さなサービスカウンターにいた中年の女性に手招きされた。

「何か手がかりが得られるかもしれない。」

そう思った僕は、女性のもとに出向き、ホテルの名前とシャトルバスに乗りたい旨を伝えた。すると、女性は、特に何かを調べるわけでもなく鋭い口調で、

「そのホテルにはシャトルバスはないよ、タクシーで行きなさい。」

と言って、付近にいたタクシー運転手を斡旋してきた。

空港のサービスカウンターの方がここまで言い切るなら本当にシャトルバスは出ていない可能性もある。しかしながら、僕はタクシーに乗って大きな出費をしたくなかったのと、その女性の強引さに戸惑いと不信感を覚え、礼も言わずにその場を離れてしまった。

結局、シャトルバスのサービスは存在した。

空港のロビーに戻り、中央サービスカウンターで問い合わせたところ、対応してくれた女性は、次のシャトルバスの出発時間とバスの車両番号を書いたメモを僕に渡してくれた。

ホテルに向かうバスに乗りながら僕は、少し前のタイへの旅行を思い出していた。

バンコクの観光地の客引きには圧倒された。どこに行くのかと尋ねられ、目的地を伝えると、「そこは今日は休みだよ、こっちのがいいよ」と別の場所を提案してくる。彼らの反対を押し切り、目的地に到着すると、そこは観光客で溢れかえっていた。

海外にいるときには、性悪説の立場をとろうと思った。

この経験がまさに今回の一件でも生かされたと思う。

サービスカウンターという観光客の補助を担うべき施設が、付近で展開されているサービスを把握していないのはまだしも、調べもせずに利用者が不利益を被る選択を迫るのはいかがなものかと感じたが、今回の女性を責めることは僕はできない。

彼女に悪意はなかっただろうし、間違いなくホテルまでの移動手段を僕に提示してくれていた。その場所、状況、文化ではそのレベルのサービスできちんと役割を果たしていると認められている、それだけのことだと思った。

自分も海外で過ごす際の心構えができてきたかな、と少しの自信と安堵感を持って僕はバスに揺られていた。




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