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お題「バレンタインデー」【創作BL小説】

自分の執筆スキルを上げるため&クラウドソーシングサービスに掲載するのポートフォリオ作成のための「一時間で小説を書こうチャレンジ」第二弾。

今回のお題・執筆時間・文字数はこちら

お題:バレンタインデー
執筆時間:一時間十五分(十五分オーバー)
文字数:2,997字

では、どうぞ!

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「野原くん、バレンタインのとき僕にチョコレートをくれないかい」

 放課後。生徒が皆、いなくなってしまった教室で一人。クラスメイト達が提出した数学と国語のノートが積み上げられた教卓を見つめ、どうすればこれらを効率よく、一人で職員室へ運べるかを考えていた野原の後から、そんな声が聞こえた。驚いて振り向くと野原の直ぐ後にクラスメイトの藤谷が立っていた。

「藤谷かよ……びっくりした」

 彼が近づくことに全く気がつけなかった。教室が薄暗いせいだろうか。野原は驚きと僅かな恐怖で跳ね上がった心臓を押さえ込めるように胸を押さえた。

 藤谷は野原と去年、今年と同じクラスの男子生徒で、今は野原の左隣の席だ。特段仲が良いわけではないが、教科書を見せて貰ったり、消しゴムを貸して貰ったり……まあ、良くも悪くも隣の席同士程度の仲である。
 確か、彼は遅くまで教室に残っていたがために日直のし忘れていた仕事を任されてしまった野原とは違い、ホームルームが終わったら早々に教室を出て行ったはずだが。どうして、ここに藤谷がいるのか。いや、それよりも――彼は先ほど不可解なことを言っていなかったか。そう。バレンタインがどうとか。
 野原はゆっくり息を吐くと藤谷の日本人形を思わせるその顔を見据えた。

「なんか、理解しがたい言葉が聞こえた気がするんだが……藤谷、さっきお前何か言ったか」

 野原の言葉に、藤谷は何故か嬉しそうに笑うと野原に一歩近づいた。

「もうすぐバレンタインデーだね」
「そうだな」
「チョコレート頂戴」

 全くもって突拍子がない。いや、バレンタインの話をしていたのだから順当だろうか。違う。そもそもバレンタインの話をすること自体が突拍子もないのだ。

「チョコレート?」
「チョコレート」
「俺が?」
「あぁ」
「お前に?」
「そう」
「なんでだよ」
「くれないのかい」
「何でやらないといけないんだよ」

 藤谷は依然、野原の眼をじっと見つめている。しばらく見つめ合った後、藤谷は悲しそうに眉を下げる。そして口元に手を当て何かを考えると突然明るい顔をして拳を打った。

「なるほど。君にとって僕は感謝するに値しない人間ということか」
「そういう意味じゃねぇよ」
「なら、今日からバレンタインに向けて一生分の恩を売ることにするよ。ほら、野原くん。手始めにそのノートの山を運ぶのを手伝ってあげよう」
「それは、助かるけど……」

 藤谷は素早く国語のノートを抱え上げる。「君はそっちを持ちなよ」と言わんばかりのアイコンタクトを受けて野原も残ったノートを持ち上げた。そのまま二人は並んで教室を出て職員室へ向かった。

 夕暮れに照らされた廊下は赤く染まっている。構内に響き渡る吹奏楽部の演奏が、なんだかもの悲しく聞こえた。
 仲が良いクラスメイト相手なら、この時点でプチ肝試しが起きてふざけ合う事が出来たのだろうが、生憎野原はまだ藤谷とそこまでの仲まで至っていない。毎朝挨拶をして、たまに、本当にたまに授業でわからなかった問題について話し合う程度だ。

 そう。そこまで仲は良くないはずなのだ。ならば何故、自分は藤谷にバレンタインのチョコレートを強請られているのだろう。

「マジで何が目的だよ」
「何って、君からチョコレートを貰うことが目的だよ」
「いや、その目的だよ。俺からチョコ貰いたいその理由はなんだよ。何が目的でチョコを貰いたいんだよ」
「それは、」

 ちょうど職員室に辿り着いた二人は、とりあえず数学と国語教員の机の上へそれぞれノートを置くと、そのまま静かに職員室を出る。そして、流れるように藤谷の口から話の続きが語られ始めた。

「君って、調理部じゃないか」
「あぁ。料理が趣味だからな」
「だからだよ」
「……はぁ?」

 何が「だから」なのだろうか。野原にとっては全くもって意味が不明だが藤谷は野原を見向きもしないで話を続けた。

「君は料理が美味いということで有名だ」
「そうなのか」
「照れなくて良いよ。君の作る料理が美味いのは事実だ。去年、家庭科の授業で同じ班だっただろう、僕ら。その時に君が作ったお味噌汁、とても美味しかった。もっと胸を張って誇るべきだ」
「あ、ありがとう」
「だからね、そんな君が作ったお菓子は、さぞ美味しいだろうと思ってね」

 そこでやっと野原は藤谷の言わんとしていることを理解する。

「……つまり」
「つまり」
「俺の作ったお菓子が食べたいだけか、お前」
「そうだね」
「別にバレンタインじゃなくてよくないか」
「そうかい? 何でもない日にプレゼントを贈るより「普段お世話になっている人に感謝の気持ちを伝える」という大義名分のある日にプレゼントを贈る方が、君も気が楽かと思ったんだけど」
「あのな、藤谷。バレンタインはな、日本では「愛の告白をする日」でもあるんだぞ」
「そうだね」
「俺がお前にチョコあげて周りにもしも勘違いされたらどうするんだよ」

 もしもではなく、恐らく、絶対にクラスメイトは勘違いをするだろう。「野原は藤谷のことが好きなのだ」と。勘違いをしないにしてもからかいのネタにはされるかもしれない。野原はクラスメイトから受ける面倒くさいからかいがこの世で一番嫌いなのだ。
 ただでさえ、野原は「男なのに調理部に入部している」と皆からからかわれている。藤谷が言うように自分を評価してくれている人もいるそうだが、それでもからかいのネタがこれ以上増えるのは嫌だった。
 僅かばかりに顔を歪める野原に藤谷は眉を寄せ、僅かに首をかしげた。

「いやかい」
「は?」
「僕と恋仲だと思われるのは」

 藤谷に言われ、野原は改めて自分がクラスメイト達から「藤谷と付き合ってるの?」と言われる姿を想像する。正直藤谷は美人だ。クラスの女子のように騒いだりもしない。基本静かに本を読んでいるタイプだし、クラスの男子のようにウザ絡みもしてこない。静かにされすぎて気まずくはならないし、寧ろ落着くくらいだ。
 何が言いたいかというと、そこまで嫌ではないのだ。藤谷と自分が付き合っているとはやし立てられるのが。恥ずかしいためあまり認めたくはないが。

「俺は……別にどうでも良いけど、お前はどうなんだよ」

 念のため藤谷にそう尋ねる。すると野原の声に間髪入れず藤谷はこう答えた。

「嬉しいね」

 野原が驚きの声を上げる暇もなく藤谷の声が続く。

「僕は君のことが好きだから」
「……そうなのか?」
「そうだよ。あのお味噌汁を飲んだ日から、僕はずっと「この人に毎朝お味噌汁を作って貰いたい」と思って過ごしてきたからね」
「……それ、俺が好きなのか? それとも俺が作る飯が好きなのか?」
「両方」
「嘘くせぇ……!」

 どう考えても食べ物目当てではないか。そのことが野原は妙に悔しくて自分の料理の腕を恨んだ。

「で、バレンタインのチョコはくれるのかい」
「しゃーないな……」
「本当に!?」
「勘違いするなよ。部活でお菓子作る予定があるから、その時ついでに作るだけだよ。それと、まあ、ノート運んでくれたお礼と、味噌汁褒めてくれたお礼だ」
「やった! あ、チョコじゃなくてもいいからね。クッキーでもいいよ」
「はいはい」
「あ、ケーキ。ガトーショコラでも良いね。勿論、君が作るのならどんなお菓子でもウェルカムだよ」

 藤谷は楽しそうにステップを踏みながら教室へ向かう。

 ――あいつ、あんな顔をするんだ。

 そう思うと野原は無性に恥ずかしくて、「バレンタインデーに」藤谷にお菓子をプレゼントするか否か。それを真剣に考え始めるのだった。

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