理想のベッド【オリジナルSS】
「うわ、ひれぇベッド!」
高校三年生の修学旅行。宿泊先のホテルで自分たちの部屋に着くなり彼はそう絶叫した。部屋のほとんどを占めている二つのベッドは大の字になって寝られるほどの大きさであったと記憶している。長時間の移動で疲れ切っていた俺はゆったりと眠ることが出来るそのベッドに喜んだが、同室の彼はそうではなかったようで大げさに顔を歪めて腕を組んだ。
どうしたのかを訊くと、彼は深刻そうにこう言った。
「俺、狭い所じゃねぇと寝られんのんよ」
曰く、広いところで眠るのは落ち着かないそうで、家では両隣に抱き枕を置いて寝ていると彼は語った。如何してもこのベッドでは眠れないと彼は駄々をこね続けてきたため、俺は仕方なく自分の枕を彼に譲ってやった。彼は自分の枕と俺の枕を頭の両サイドに置くことで事なきを得たようで、その日は俺より先に眠りについた。
「どっかにねぇかな。俺好みのベッド」
ベッドに横になり、彼が眠りにつくまでの数分間。俺と彼はそんな話題でしばらく語り合っていた。
「どんなベッドなんよ、それ」
「とにかく狭いベッドよ、そりゃあ。四方囲まれて寝返りもうてんくらい狭いくらいがええな」
「なんじゃそりゃ。それじゃあ、まるで――」
「棺桶みてぇじゃな」と言ったことを思い出す。
「あなた、」
どうして今、そんなことを思い出すのだろうと、俺に話しかけた妻の声を聞きながら思う。
「お花、入れてあげましょう」
妻から冷たい菊の花を渡され、俺はぼんやりとした頭のまま、長方形の箱の中へ花を入れる。頭の中ではまだ、ホテルでの楽しげな談笑が響いていた。
「確かに、棺桶の中じゃったら、よぉ眠れそうじゃな」
頭の中で笑い声と共に彼がそう言う。
俺はゆっくりと視線を彼の顔の方へ向けた。
「ほんまじゃな。よぉ眠っとる」
俺は棺の中に笑顔で横たわる、あの頃より年老いた彼にそう言った。
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