銀河フェニックス物語 <番外編> つくってみた ショートショート
番外編 ショートショート「買ってよかったもの」の続きです
彼氏のレイターからもらった超高価なフライパンの調子はいい。クイックレシピの料理に自作のオムレツを添えると、食卓が一気にゴージャスなものへ変化する。
希少金属製で焦げ付かないから失敗したことがない。
レイターにお礼がしたい。このフライパンで作った手料理なんていいんじゃないだろうか。
今週末、フェニックス号へ宇宙船レースを見にいく。手作りのスイーツを持っていったら盛り上がるよね。レイターの驚く顔を想像するだけでも楽しい。
アンタレスの実家にいたころ、ママに手伝ってもらってマドレーヌを作ったことがある。正確に言うと、ママが作るのをわたしが少し手伝ったというところだけれど。
でも、このフライパンがあれば上手くいく気がする。道具は人を変える。
お菓子のレシピを検索する。マドレーヌを本格的につくるにはオーブンが必要だ。
「フライパンで作る」とレシピを絞り込む。
ほう、マドレーヌも作れるらしい。ケーキやらクッキーやら次々とおいしそうな動画の候補が現れた。
目移りする中、美しい完成品に目が留まった。
ミルクレープ。
整然と何層にも重なる生地と生クリームが織りなす表情が芸術的だ。
クレープを何枚も焼くという手間はあるけれど、このフライパンなら無敵だ。
とりあえず、練習で作ってみよう。材料の小麦粉、卵、牛乳はすでにある。バニラエッセンスと生クリームを買ってきた。
まずは生クリーム。
たぷたぷとボウルに生クリームをいれて不安になる。思った以上に液状で牛乳のようだ。電動ミキサーはうちにはない。でも、調理部の女子は手で泡立てていた、問題ないはず。
砂糖とバニラエッセンスを加えて泡立て器で撹拌する。
カシャカシャカシャ……
いい匂い。彼氏のためにお菓子を作るのは初めてだ。おいしそうな甘い香りが幸福感を引き出す。
カシャカシャカシャ
カシャカシャ
カシャ
なぜだろう? いつまで経っても液体の状態だ。もしかして、生クリームと牛乳を間違えて買ったんじゃないだろうか。
パッケージを確認すると泡立て方が載っている。生クリームで間違いない。
小さな文字に目を通す。
氷で冷やしながら、って書いてある。最初から読めばよかった。説明文に沿って氷を用意しあらためてかき回す。空気を混ぜ込むように、ってどうやってやればいいのだろう。
料理動画をチェックする。
カシャカシャカシャ
サラサラな液体ではなくなった。けれど、これはまだ溶けたバニラアイスといったところだ。
料理上手なレイターならあっという間に泡立つんだろうな。
カシャカシャ
う~ん。手が疲れてきた。どうも動画と様子が違う。
カシャ、カシャ
泡立て器でスジが描けるようになってきた。
ミルクレープには角が立つぐらいの弾力が必要で、泡立て具合は「八分立ち」で、と動画が言っている。
カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ……
何度すくってみても絶望的にクリームは垂れていく。先がピンと立つまでって、どれだけ遠い道のりなのよ。
疲れた手のひらが、手ごたえを感じ始める。
カシャ、カ、シャ
ふ〜う、ようやく角が立った。もう、腕が動かない。かき混ぜ始めてから三十分が過ぎていた。
休憩しよう。ソファーに身体を投げ出す。明日は筋肉痛の予感。
これからさらにクレープの生地を撹拌して作るなんてもう無理。ミルクレープは断念だ。どうしたものかな、この大量の生クリーム。
そうだ、クラッカーがあった。
生クリームをはさんで食べる。おいしい。これを手土産にする?
いや、だめじゃん。フライパンを使ったお菓子じゃなきゃお礼の意味がない。
つくってみたからわかる。手作りのプレゼントに念がこもることが。恋愛のエネルギー恐るべしだ。彼氏に食べてもらいたい、その一念で頑張れる気がしないでもない。まさに愛情を測るものさしだ。
*
「すっげ~、ティリーさんがこれを作ったのかよ。きれいに焼けてるじゃん」
「まあね、フライパンのお礼よ」
「さっそく、いただくとするか」
レイターがうれしそうに手作りミルクレープを口にする。
「うまいうまい、最高だぜ」
クレープの生地はあのフライパンのお陰で苦も無くきれいにやけた。
きっとレイターは気がついている。生クリームはホイップ済みの市販品を使っていることを。でも、そんなことを気にせず喜んでくれる、その愛の深さがわたしは好き。
料理で手を抜いたからって、愛情が足りないわけじゃない。愛情を測るものさしは、この世界にたくさんあるのだから。 (おしまい)
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<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」