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銀河フェニックス物語 <番外編>  買ってよかったもの ショートショート

 また、フェニックス号に通販の箱が届いた。
「今度は何買ったの?」
 レイターは居間の床に座り込むとうれしそうに鼻歌を歌いながら大きな箱を開けはじめた。誕生日のプレゼントを前にした子供みたいだ。
「ふふふん。これさ」

ミニ顔ニコニコ作業着

 取り出した物はまた工具だった。確か先週も工具が届いた。
 今、レイターが手にしている物はハサミと形が似ている。
「ペンチ?」
「ノンノン」
 レイターは自慢げにわたしの前に工具を突き出した。
「ジャルピン留めさ」
「ジャルピン?」
「ほらこれ、頭の部分の形が普通のピンと違うだろ。回路を調整するのに便利なんだ。普通のペンチだと先がつぶれやすいんだよ」
 レイターが見せてくれた小さなピン。言われてみれば、先が細くなっている。
 と言っても、これまでレイターは苦もなく普通のペンチで作業していたんじゃないだろうか。

「さっそく試してみるぜ」
 と足取り軽く船内後部にある作業場へと歩きだす。わたしも後に続く。

 フェニックス号に積んである工具の量は半端じゃない。
 レイターのお金だ。好きなことに使うのに文句はないけれど、普段お金にうるさいのにどうしてこう次々とよく似たものを買うのか。
「お金、貯めてるんじゃないの?」
「あん? 貯めてるぜ。使うために」
 そうだった。わたしの彼氏はそういう人だった。

 レイターはすでにばらしてあったエンジンの前に座り込むと、届いたばかりの専用工具でジャルピンを留め始めた。
「やっぱ、スピードが違うねぇ」
「そんなに違う?」
 にっこりとレイターは笑った。
「これまで、神経使っていた分が楽だし、失敗して無駄にしていたピンの分がお得だぜ」
「元が取れるという訳ね」
「専用に作られたモノってのは、このために生きてるんだ。それがどれだけすごいことか。わかる奴には価値がわかるんだよ。圧倒的多数に無視されてもな」

ピアノ@微笑

 含蓄があるのか無いのかわからない言葉だけれど、レイターがこれだけ喜んでいるのだ。すでに元は取れたと言える。買ってよかったもの、というわけだ。

 レイターが船をいじっている姿を見るのが好きだ。作業場のベンチに腰掛けてぼーっと眺めて、飽きたら本を読んで過ごす。
 気が付くと夕方になっていた。

 夕飯を用意するため、リビングへと戻る。
「あれ?」
 通販の箱が床に置かれたままになっていた。マザーが片付けていない。不思議に思ってのぞき込むとまだ中にモノが入っていた。

「さて何でしょう?」
 レイタがにやりと笑う。梱包材を取り除くと、中から出てきたものは直径二十センチ程度のフライパンだった。
「あら、軽いわね」
 小ぶりだからだろうか。持ちやすい。

「折角だから、きょうはティリーさんに試しに使ってもらうとするか」
「え~っ」
「そうだな卵焼きがいいな。この前、教えたじゃん」

 家でも簡単に作れるように、とレイターにオムレツを教えてもらったのだ。エッジを使ってひっくり返すコツも聞いた。しかし、実はシンプルな料理は思った以上に難しい。
「失敗しても知らないわよ」
「大丈夫さ、きょうは」
 レイターに自信があっても、わたしにはない。

 新しいフライパンを火のコンロにかけて、溶いた卵をフライパンに流しいれる。シュワッと軽い音を立て滑らかにいきわたる。

料理卵焼き

「あれ?」
 フライパンを扱うのがとても楽。思い通りに動く。軽すぎず手になじむ。

 鮮やかな黄色い卵がくるくると周る。
 何だかプロみたいだ。焦げ付く気配もない。

 トントントン、固まりかけた卵を端に寄せてひっくり返す。
 おおぉぉ、黄金色の絵の具でムラなく塗ったように美しい。
「わたし、すごくない?」
 思わず自画自賛してしまう。レイターがつくるオムレツと競れるんじゃないだろうか。
「すげぇな」
 レイターが幸せそうな笑顔を見せた。
 わたしをほめたのか、フライパンをほめたのか、はたまた教えた自分をほめたのかわからないけれど、わたしの顔もほころぶ。

 中はトロトロ。自分でこんな風に作れるとはびっくりだ。

「このフライパン、すごいわね」
「どれどれ」
 手にしたレイターが口をとがらせた。
「ふむ、俺には軽すぎるな。柄も細すぎる」
「ええぇっ、こんなに使いやすいのに」
「じゃあ、あんたにやるよ」
「いいの?」
 うれしい。これで焼きたてのおいしいオムレツを自分で作って食べられる。

 自宅に帰って早速もらったフライパンを電子コンロにかけた。もう一度、オムレツを作ってみる。レイターが隣にいなくても美しい黄金色が再現できた。

 聞いたことのないメーカーだけど、これは秀逸な一品だ。
 情報ネットで調べてみた。新製品で、入手困難。プロの料理人の間でやたらと評価が高い。お手入れも簡単。
 能書きを読んで納得する。成形が難しい希少金属を新技術で加工したものだった。

 びっくりしたのはその値段だ。普通のフライパンと桁が二つ違う。使い勝手は確かにいいけれど、これは一般人は普通買わない。

 いろんなサイズが用意されていた。直径、柄の長さ、板の熱さ、ほとんどオーダーメードの域だ。なぜ、レイターはこのサイズを選んだのだろう。
 わたしにぴったりな握り。

 そして、ようやく気が付いた。
 あの人は、どうしてこう回りくどいことをするのか。元々プレゼントのためにこれを買ったに違いない。
 わたし専用に作られたモノ。わたしのために生きている。そのすごさが伝わってくる。幸せそうに笑ったレイターが頭に浮かんだ。

 ま、いいや、気がつかないふりをしてもらっておこう。きっと、彼にとってこのフライパンも「買ってよかったもの」なのだろうから。       (おしまい)

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<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
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買ってよかったもの

宇宙SF

ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」