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銀河フェニックス物語【少年編】 第一話 大きなネズミは小さなネズミ(まとめ読み版)

銀河フェニックス物語の一番初めのストーリーがここから始まります。
銀河フェニックス物語 総目次
<少年編>のマガジン

 戦艦アレクサンドリア号に乗って一週間。
 僕は地球を出航してからずっと違和感を感じていた。

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 重量制限をオーバーしながら航行しているというイメージ。ただ、その原因がわからない。質量計も誤差の範囲だ。でも何かが違う。
「艦内に異常を感じるのですが」
 僕は艦長のアレック・リーバ大佐に進言した。

「アーサー、いや、トライムス少尉。お前にとっては士官学校を出て初めての任務、しかも長距離航海だからな。神経質になるのも無理はないが大丈夫だ。順調に進んでいる」
 と、相手にされなかった。

若アレック前目にやり逆. png

 アレック大佐は昔から大雑把だ。

 昼食の弁当を一口食べた時だった。
「トライムス少尉、艦橋から連絡が入っています」
 呼び出された僕は、弁当パックをその場に置いたまま食堂の横にある通信ブースへ入った。航行データの扱いについての相談だった。航海士に確認をして話は終わり、僕は食堂へ戻った。隊員の姿はまばらになっていた。

 僕が食べていた席から弁当が無くなっていた。予備の弁当は十分にあり、僕は新たな弁当を取り出した。問題というほどのことではない。誰かが片づけて捨てたと考えるのが普通だが、本当にそうだろうか。気になるが「僕の弁当を捨てませんでしたか?」と聞いて歩くほど暇ではない。

 その翌日、おろしたてのタオルが湿っていた。
 誰かが間違って使ったと考えるのが普通だが、本当にそうだろうか。ひじょうに些細なこと。みんなが気にもしないで見落としているようなこと。そこに何かしらの意味を感じる。

 アレック艦長が言う通り、初航海で僕が神経質になっているのだろうか。

「つまみ食いした奴、誰だ!」

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 食堂で料理長のザブリートさんが怒っていた。
「おいザブ、誰もつまみ食いなんてしてないよ」
 隊員たちは笑っている。
「いや、ポテトサラダが減ってる。俺が食材チェックに行ってる間に誰かが食ったんだ」
「誰も厨房になんて入ってないぞ」
「今日だけじゃない、この間も誰かがつまみ食いしやがったんだ。ったく俺の目はごまかせん」
 そう言ってザブさんはジロリと見渡した。

 僕の頭に、大きなネズミという単語が頭に浮かんだ。

 僕はザブリートさんにつまみ食いの話を教えてほしいと頼んだ。
 ザブリートさんは、夕飯の準備中、調理のメドが経った段階で翌日の食材のチェックに食糧庫へ出かけるのが日課になっていた。厨房へ戻ってくると、調理済みのポテトサラダが減っていたという。しかも、今日だけではない。

 僕は声をひそめてザブリートさんに聞いてみた。
ふねに大きなネズミが隠れているとは思いませんか?」

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「大きなネズミって、それは『密航者』ってことか?」
 僕はうなずいた。
「そりゃ無理だ。お前の方が詳しいだろ。このふねのセキュリティについては」
 もちろんわかっている、密航など不可能だということは。ふねが出航してから二週間。そんなに気づかれずに隠れていられるはずがない。

 だが、僕は確かめたかった。
 ザブリートさんは心よく承知してくれた。
「いずれにしてもネズミは退治しなくちゃならんからな」
 厨房に隠しカメラを仕掛け、そして、ザブリートさんからの報告を待った。

  二日後。僕はアレック大佐に艦長室へ来るように呼ばれた。
 部屋の中には艦長とザブリートさんがいた。

「大きなネズミが出た」
 ザブリートさんの報告に僕は少し緊張するとともに、正体の見えない不安が消えていくのを感じた。

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 アレック艦長が僕の肩をたたきながら言った。
「アーサー、お前の言うとおりだったな。もっとちゃんと天才少年の言うことは聞いておけばよかった」

 隠しカメラに何者かが映っていた。ザブリートさんが食材チェックのために食料庫へと消えた直後のことだ。積んであったリンゴを盗る手が映っている。用心深い奴だ。手しか見えない。カメラの死角のどこかから来てどこかへ消えている。

「うちの乗組員じゃない」
 アレック艦長の言うとおりだ。隊員だったら、隠れてリンゴを盗る必要などない。
「ひっとらえてやる」
 アレック艦長の目が怒りに燃えていた。

 このネズミはザブリートさんが食材チェックに出かけたあとを狙ってくることがわかっている。そこに罠を仕掛けることにした。


 揚げたてのコロッケを調理台の上に目立つように置くと、ザブリートさんはいつものように食料庫へと入っていった。

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 厨房には僕を含め五人が隠れている。僕たちは息をひそめて調理台を見つめた。
 入口はあえて開けてある。その外に五人が待機している。これでもうネズミは逃げられないはずだ。

 かさっ。
 気配がした。

 入口じゃない。一体奴はどこから来たのだろう?

 そんなことを考える間もなく、コロッケに手が伸びるのが見えた。
 今だ! 僕たちは飛び出した。

 が、誰もいない。そんなバカな。
「ダストシュートだ!」
 僕は叫んだ。

 向かいの調理台の下に生ゴミ用のダストシュートがあった。追いかけようにもこの小さなダストシュートには身体が入らない。ネズミは、ここを上ってきたのか。
「緊急配備だ!」
 アレック艦長が命令を出した。

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 ダストシュートがつながっている廃棄物処理室に向かう。処理室の入口の鍵が開けられていた。間違いない、ネズミはここから逃げた。僕たちの動きに気が付いたな。施錠せずに逃げている。だが、どこへ?
「艦長、全員に耐熱宇宙服を着装させてください。熱探査します」
「了解」

 つい、昔の癖で、上官であるアレック大佐に指示を出してしまった。誰も気が付いていないことを祈る。

 体温関知の熱センサーにネズミが引っかかった。艦橋の監視データが腕につけた通信機に共有される。艦内図に赤い点滅が光る。
 天井に張り巡らされたエネルギー配線の溝の中だ。随分狭い空間だ。小柄なリゲル星人の可能性があるな。
 追いかけるより足止めしたほうがいい。
「艦長、配線溝に睡眠ガスを注入してよろしいでしょうか?」
 今度は進言という形をとる。
「よし、やれ」

 配線溝パネルから即効性の睡眠ガス弾を撃つ。
 
 赤い点滅の動きが止まった。アレック艦長がうれしそうに言った。
「よしよし、ネズミを捕獲しろ」
 ネズミがいるのは予備倉庫の天井あたりだ。白兵戦部隊のバルダン軍曹と共に向かう。

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 熱センサーを監視していた艦橋から思わぬやりとりが聞こえてきた。
「か、艦長、ネズミが消えました」
「何?」 

 通信機から赤い点滅が消えていた。  

「熱センサーに反応がありません」
「死んだんじゃないだろうな」
 仮に死んだとしてもそんな簡単に体温が消えるはずがない。
「あっ!」
 僕は思わず叫んだ。

「アーサー、どうした?」
 通信機を通して艦長が聞く。
「ネズミの居場所の下にある予備倉庫には宇宙服があります。奴が着装したら熱探査できなくなります」

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 果たして僕の推理は当たっていた。

 天井パネルがはがされ、予備倉庫に保管されていた宇宙服が一着無くなっている。
 だが、そんなに遠くには行っていないはずだ。落ち着いてネズミの逃走パターンを分析する。

 ダストシュート、エネルギー配線、奴は艦内の裏側を走り回っている。狭い場所が得意だ。だが、今は宇宙服とヘルメットをつけている。狭すぎる場所には入れないはずだ。

 アレクサンドリア号の設計図を思い出す。
 僕は一度見たものは忘れない。艦内の配管の径とこの場所からの距離で判断する。
 奴が今いるのは排煙ダクトだ。

 ダクト内へ入るのに一番近いのはC1ポイント。だが、C1から入っては追いつけない。C3で待ちかまえるか。

 僕は走り出した。
「おい、トライムス少尉、どこへ行くんだ?」

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 バルダン軍曹の声が背中に聞こえる。
「後ほど指示します。通路で待機を願います」

 C3ポイントから排煙ダクトへ入る。ここは通路の天井裏だ。
 随分と狭い、匍匐ほふく前進するしかない。日頃の訓練がこんなところで役立つとは。

 先の方で陰が動くのが見えた。宇宙服を着たネズミだ。

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 奴は僕に気づいたようだ。
 ネズミは後ろへ下がるしかない。こちらの方が圧倒的に有利だ。

 奴はC2ポイントから表に出ようとしている。逃がすものか。
「バルダン軍曹、C2ポイントへ向かってください」

 C2の天井パネルを開き、ネズミが通路へと飛び降りた。

 僕も後を追う。僕の背後からバルダン軍曹が駆けてくる足音がした。
 ネズミの姿をとらえる。リゲル星人にしても小さい。宇宙服のサイズがあっていないのに足が速い。すばしっこさはまさにネズミだ。

 迷いのない走り。奴は艦内を熟知している。次は、どこへ隠れるつもりだ。逃げられてたまるか。

 艦内では簡単に発砲できない。

 ええい。僕は腰につけていたレーザー軍刀を鞘を抜かずに投げつけた。
 ネズミの足にうまくあたりネズミが転がる。

 捕まえようとした僕にネズミは反撃してきた。身軽に身体を起こし鋭い蹴りを繰り出す。無駄のない動き。場慣れしている。
 だが、僕も士官学校の戦闘格闘技で負けたことはない。リーチの違いは圧倒的に僕に有利だ。

 僕はネズミのみぞおちに、おもいっきり蹴りを入れた。

 ネズミの体が吹っ飛び壁にぶつかる。倒れたところを到着したバルダン軍曹が後ろ手にして抑え込む。

 軍曹はプロだ。ピクリとも動けなくなったネズミから僕がヘルメットを脱がせた。
「ち、ちくしょう!」
 叫ぶネズミの顔を見て僕は驚いた。

「艦長、ネズミを捕まえました。大きなネズミは小さなネズミでした」
「アーサー、報告の意味がわからんぞ」

 艦長室の椅子にネズミは手錠で縛られていた。
「確かに大きなネズミにしては小さいな」

 ネズミは子どもだった。金髪に青い瞳の男子。僕より年下の十歳ぐらいだろうか。着ている白いTシャツは所々破れている。

 艦長室にはアレック艦長のほかにモリノ副長がいた。僕と一緒にネズミを連行したバルダン軍曹は奴が変な動きをしないように銃を突きつけた。

「よく二週間も隠れていたな。お前、名前は?」
 アレック艦長はネズミのあごを掴んでたずねた。
「レイター・フェニックス」

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 声変わりしていない、高い声だった。怯えた様子はない。

 名前と顔認識システムで個人認証の簡易検索をする。
『該当者なし』と出た。
「偽名か」
「違う」 
「まあいい。お前、どうしてこのふねに密航した?」

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 「宇宙へ行きたかったんだ。たまたま乗ったふねがこれだった」
「たまたまねぇ」
「頼む、お願いだ。このふねで俺を雇ってくれ」
「お前、このふねが何の船かわかってるか」
「連邦軍の軍艦」
「行き先知ってるか?」
「多分、辺境の前線行き」
「よくわかってるじゃないか。遊びに行くわけじゃないんだ」
「お願いします! 何でもしますから、このふねに置いてください」

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 切羽詰まった声だった。

「家出の手伝いはできん。このふねは四年はソラ系に戻らないんだぞ」
 彼は目を伏せて小さな声で言った。
「……父も母も死にました。帰る家はないんです」
 艦長が一瞬言葉に詰まった。アレック大佐は戦災孤児で天涯孤独な人生を送ってきた。
「生きて帰れるかどうかもわからん、と言っとるんだ」
「構いません。お願いします!」
 レイターという少年が必死なのは伝わる。だが、このふねに民間人を乗せておくわけにはいかない。

「お前、いくつだ」
「十二です」
 驚いた。僕と同じ年だった。

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「ほぉ、アーサーと同じ年には見えんな」
 アレック艦長が僕と彼を見比べて笑った。まさか?

「ザブリート料理長を呼べ」
 真面目なモリノ副長が眉間にしわをよせながらザブリートさんに連絡を入れた。

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 信じられない。艦長は彼をふねに置いておくつもりだ。

 ザブリートさんが艦長室に入ってきた。
「おい、ザブ。調理場に人が足りないって言ってただろ」
「へえ」
「ネズミでもいいか?」
「この小僧がつまみ食いのネズミですか」

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「レイター・フェニックスです。つまみ食いしてすみませんでした。でも、とってもおいしかったです」
 レイターが素直に頭を下げた。「おいしかった」と言われザブリートさんが満更でもない顔をしている。

「お前、料理作れるか?」
「自分で食べるくらいは作れます」
「ま、いっか。ちょうど猫の手でもネズミの手でも借りたいところだ」
 密航者が幼い子供だったことで艦内の緊張感が急速に消えている。

「トライムス少尉」
「はい」
 アレック艦長が僕を呼んだ。嫌な予感がした。
「お前の部屋にこいつを案内しろ」
 艦長の命令は絶対だ。
「わかりました」
 僕はレイターを連れて艦長の部屋を出た。

「あんた、俺と同い年って、随分老けてんな」
 妙に慣れ慣れしい態度だ。艦長らに対する態度とは手のひらを返したように違う。
「君が幼いんじゃないのか。私はアーサー・トライムスだ」

「知ってる。将軍家のお坊ちゃんだろ」
 僕はムっとする感情が湧き上がるのを抑え込んだ。彼の言う通り、僕は銀河連邦軍将軍家で継承権第一位の嫡男だ。

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 このふねの乗組員が僕のことを『将軍家の坊ちゃん』と呼んでいることは知っている。事実でもあり、腹を立てても仕方がないと思っているが、面と向かって言われていい気分な訳がない。 

「俺、レイター・フェニックス。将軍家だろうが何だろうが、さっきはよくも蹴ってくれたな、いつか借りは必ず返す」
 僕はどう返事をしていいかわからなかった。
 他人の顔に人差し指を突きつけながら話す人物に会ったのは、生まれて初めてのことだった。

 僕は二人部屋を一人で使っていた。
 アレック艦長は前から僕の部屋を二人部屋にしたがっていた。だが、乗組員たちは将軍の息子である僕に気を使って、誰も希望せず相手が見つからないでいた。
「やったぁ! ベッドだ」

 レイターは狭い二段ベッドを見てはしゃいでいた。
「上と下とどちらがいい?」
「上に決まってるだろ」
 僕の返事も聞かずに彼は上に上った。
「ここからなら、あんたを見下ろせる」

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 僕の顔を見ながら彼は笑った。
「ふああぁ。ベッドで寝るのは三ヶ月ぶりだぜ」
 三ヶ月ぶり? この艦が出港して二週間。彼は一体どういう生活を送っていたのだろう。浮浪児か。死語のような言葉が浮かぶ。

 彼は横になったと思うと、すぐに寝息を立てた。警戒心というものが感じられない。 
 一方で僕は落ち着かなかった。
 寝ているうちに彼に何をされるか、わかったもんじゃない。武器の保管庫の個人認証を念入りにチェックする。僕は私物をほとんど持たない。この部屋に武器になりそうなものはない。

 これも訓練だ。僕は自分に言い聞かせながらベッドに入った。

 このふねの侵入者に対するセキュリティはかなり甘かったと言わざるを得ない。二週間もの間、レイターは、小さな体を利用して通気ダクトや配線溝の中で暮らしていたという。

 そして、必要に応じて、食事や排泄、シャワーを浴びるために、この船の中を歩き回っていたらしい。まさにネズミだ。

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 彼はこのふねの構造を理解していたし、我々乗組員の名前もほとんど覚えていた。
「だって、あんたたち上官の部屋に入るとき名乗るじゃん」
 しかも、個人の行動パターンも把握していた。
「決まった時間に決まったことしてるんだから、そりゃ、バカでも覚えるさ」
 ザブリートさんが食糧庫へ向かう時間もその中で見つけたという。
 彼は自分なりに分析して人が現れない時間帯に艦内を歩いていた。幼い見かけより随分頭が切れる。何か目的があって乗り込んだんじゃないだろうか。

 アレック艦長に僕の懸念を伝えた。
「レイター・フェニックスをふねに残して大丈夫でしょうか?」

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「アーサー、おまえ何をそんなに心配している。あいつは二週間、好き勝手にこのふねの中を歩いていたんだろ」
「ええ」
「目的があって乗り込んだとは思えんな」
「そうでしょうか?」
「例えば俺を暗殺するのが目的だったら、すでにできたはずだ。だが、奴は何もしていない。時期を見てるにしては長すぎるんだよ。俺の直感が大丈夫だと言っとる」
「……」
「あんなガキのために銀河警察を呼ぶのも面倒だ。家出人の捜索願いが来たら対応すればいい。大体、二週間も不審者が艦内をうろついていた、ってどうやって報告書に書くんだよ? 役に立たなきゃ次の停留地で捨てればいいさ」

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 相変わらずアレック大佐は行き当たりばったりだ。
 レイターがアレクサンドリア号のアルバイトとして働くための契約書の日付は、ふねの出航前に捏造されていた。

 大佐は詰めが甘い。というかあの人はいつも直感で動いている。昔からそうだ。レイターのことを偽名だと思い込んでいるから「該当者なし」の照会を疑おうともしない。
 レイターの両親が死んだというのも嘘じゃないだろうか? 僕は彼について調べることにした。

 少し調べるだけでいろいろなことがわかった。

 レイター・フェニックスというのは偽名ではなかった。 
 驚いたことにレイターはデータ上「死亡扱い」になっていた。だから簡易検索で「該当者なし」と出たのだ。

 地球の住民登録データベースにアクセスすれば情報は簡単に得られた。簡単、というのは将軍家の僕には閲覧権限が付与されているからだが。

 生年月日を確認する。生まれた年は僕と同じ。彼の申告通り同い年だった。
 母親のマリア・フェニックスは三年前に死亡、父親の欄は空白、現住所は地球の空港近くのコミュニティセンターになっていた。未婚の母が亡くなり、彼は行政に保護されていたということか。

 レイターが死亡登録された日付は二週間前の七月七日。このアレクサンドリア号が地球から出航した日だ。

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 死亡届を検索する。
 死因は爆死。空港近くの倉庫の爆発に巻き込まれたことになっている。
 あの日、爆発事故の影響でアレクサンドリア号の出航が大きく遅れた。その隙に密航したに違いない。

 地元の新聞でこの事故は大きく扱われていた。

 二ヶ月に渡るマフィアの抗争がエスカレートし、二十人が犠牲になる爆発事故が発生。子どもが巻き込まれて死亡した、と、ちゃんとレイターの名前と写真が死亡欄に出ていた。

 第三次裏社会抗争と名付けられたこの抗争で、すでに民間人が何人も犠牲になっていた。
 レイターが話していることに嘘はなかった。だが、僕の中の違和感は溶け切らず残っていた。

 レイターはよく働いていた。調理場と食堂では重宝されていた。
「へい、いらっしゃいっ!」

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 彼は主に料理の下ごしらえと給仕を担当していた。
「大盛にしておいたよ」
「スプーンのが食べやすいから、どうぞ」
 愛想が良く、細かいところによく気が回る。

 人たらし、とは彼のような人物を指すのだろう。笑顔を振りまいて人の心をつかんでいる。チップ制を導入したらかなり稼ぐに違いない。

 しばらくするとレイターは艦中の隊員たちからかわいがられていた。
 コックのザブリートさんとも気が合っていた。

「いやあ、あいつ飲み込みが早いし、器用だから役に立ちますよ。ちょっと包丁の使い方を教えてやったらその辺の調理師より上手いぐらいですぜ」

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 ザブリートさんの報告をアレック艦長がうなずきながら聞いている。自分の直感は正しかった、とご満悦だ。

 だが、レイターは僕の前では違う顔を見せた。僕とペアでする作業のほとんどを彼は無視した。

「今日どうして、清掃当番に来なかったんだ」
「あん? ああ、忘れてた。悪りぃ悪りぃ」
 忘れていたのではない。わざとだ。
「君は大人の前でだけいい顔をする」
「そんなことねぇよ」
「実際そうじゃないか」
「大人の前で、じゃねぇ。俺をこのふねに残す権限をもっている奴の前で、だな」
 すぐに屁理屈を言う。

「君がこのふねに乗り込んだ目的は何だ?」

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「目的ねぇ……」
 少し考えてから彼は答えた。
「生き延びること、かな」
 生き延びる? 爆発事故から生き延びたという意味だろうか。
「とりあえずこのふねに乗せてもらえりゃ、四年間は食いっぱぐれずにすみそうだ」
 肩をすくめてレイターは笑った。

 レイターは次第にふねのどこにでも出没した。
 彼は平均的な十二歳よりもかなり背が低い。顔も童顔で声も高く、簡単に言えば年齢より幼く見えた。

 何でも知りたがるというのは子供の習性だが、レイターは特に好奇心が強いようだ。「これは何なの?」と至るところで聞いて歩いている。子供というのは警戒心を緩くさせるのだろう。隊員たちがレイターに随分とディープな情報を与えている場面に何度も出会った。大人が聞いてもおそらく誰も教えないであろう機密事項ギリギリだ。

 僕は不安を感じた。彼は僕らの仲間ではない。だが、毎日食堂で顔を合わせているうちに、彼が同じ共同体に属しているような錯覚に陥っている。

 危険だ。

 その日は射撃訓練だった。
 訓練は重要な任務だ。艦内の後部にある訓練場でシミュレーション機が浮かび上がらせる敵兵士を本物のレーザー銃で撃つ。
 
 レイターは僕たちの訓練を待機区域でじっと見ていた。

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 十二歳の僕が言うのも変だが、十二歳の少年というものは銃に興味があるらしい。彼が参加したくてウズウズしているのが伝わってくる。隊員は皆、そのことに気が付いていた。だが、特段の事情無く一般人に銃を触らせてはならないと、内規で決まっているから声をかける者はいない。

 ところが、
「お前もやってみるか」
 訓練の休憩中にアレック艦長がレイターを誘った。

 また、艦長の気まぐれが始まった。このふねではアレック艦長の気まぐれは内規を超える特段の事情だ。
「いいの?」
 レイターの目が輝いた。
「ま、どうせシミュレーションだからな」

 民間人と敵兵士の三次元映像が次々と動き出す。軍服を着た兵士を撃てば得点が加算されるが、民間人を撃つと減点される。

「銃の使い方わかるか?」
「ゲーセンでやったことある」
 確かにこの訓練はゲームセンターのゲームと似ている。だが、この訓練では扱うのは本物の銃で勝手が違う。ソラ系では銃の所持には免許が必要で、僕のような例外でなければ成人にしか許可は下りない。
 アレック艦長が銃を渡す。突然、レイターが僕たちに銃を向けたらどうするつもりなのか。

 僕は手にしていた銃の引き金に指をかけた。

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 僕の心配をよそに、レイターはシミュレーターに向かって銃を撃ち始めた。基本がまるでなっていない構え。

 ゲームで慣れているというレイターは、いい反応をした。めったやたらに撃っているようで民間人を器用に避けている。
「ほう、なかなかやるじゃないか」
 アレック艦長が楽しそうに声を上げた。

 命中率六十五%。

 何だろう、僕は彼の動きに不自然なものを感じた。説明できない違和感。
 僕はもう、彼が何をしても怪しく感じてしまう。

「俺、大きくなったら『銀河一の操縦士』になるんだ」
 レイターはふねの至るところで自分の夢を大人たちに話していた。

 そんなレイターと戦闘機部隊が仲良くなるのは必然だ。彼は暇があると格納庫に顔を出した。カタパルト清掃の当番だけはさぼることがなかった。

 レイターはシミュレーターを使った宙航戦闘機訓練をやりたがっていた。だが、戦闘機部隊の隊長を務めるモリノ副長は厳格な人だ。部外者に触らせたりしない。

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 ところが、射撃訓練をアレック艦長がレイターに解禁した事で、事情が変わった。

 戦闘機シミュレーターの訓練にアレック艦長が顔を出した日のことだ。
「ねえねえ、触ってみていい?」
 レイターが艦長に聞いた。あいつ、タイミングを狙っていたな。
「お前、操縦士になりたいんだって? やってみるか」
 案の定、アレック艦長は簡単に了承した。
「やったぁ」

 モリノ副長は眉をひそめたが、艦長の言葉は絶対だ。

 レイターは実機の操縦席と同型のシミュレーターに乗り込んだ。身体が小さくて操縦桿に届かない。浅く不格好に腰掛けた。隊員たちから小さな笑い声が上がる。

 モニターに甲板と宇宙空間が映し出された。
「見ててね」
 と言うが早いか、一気にスタートさせた。これはゲームじゃない。あんな加速で飛び出すのは無理だ。
 が、次の瞬間、僕はモニターに釘付けになった。綺麗にぶれずに飛んでいる。敵の迎撃機が飛んで来た。トリガーを引いて撃つ。命中。
「いやっほーい!」
 次の敵機がミサイルを撃ってきた。交わしながら撃墜。

 続いて制宙空戦闘機が接近戦を仕掛ける。 

 三機の小型機が機関砲を連射しながら近づいてきた。レイターは器用にかいくぐりながら一発で撃ち落していく。

 あっと言う間にレベルワンをクリアした。

 アレック艦長があきれて笑っている。
「お前、学校行かずにゲームばっかりやってたんじゃないのか?」
「あはは、ご名答」

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「うまいもんだな」
 ほめられたレイターは本当にうれしそうだ。
「へへ、俺は銀河一の操縦士になるんだ、っつったろ」
 レベルワンは初心者向けだ。ゲームが得意な子どもでもクリアできる難易度だ。だからみんな笑っている。

 とは言え、僕はまた違和感を感じた。
 シミュレーターと彼の体のサイズはまったく合っていない。しかもこれはゲーム機ではない。Gもかかるし、よりシビアな反応が求められる。それなのにあのスピードで一発クリアだ。
 ゲーム機でやり慣れていると言っても本物の船を飛ばす感覚なしに、あそこまでできるのだろうか。

「遊びはこのぐらいにしておけ」 

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「イエッサー。いつか本物も操縦させてくれよ」

 真面目なモリノ副長が苦笑しながら諭す。
「ゲームと本物は違うぞ。大人になって連邦軍に入隊したらいくらでも乗せてやる」
「うん。銀河一の操縦士の俺がいれば、向かうところ敵なしだぜ」

 無邪気に子供が夢を語っているように見える。
 レイターはしつこい要求はしない。分をわきまえている。どうすれば大人に気に入られるかを彼はよく知っていた。
 彼をこのふねに残す権限を持つ者にうまく取り入りながら、やりたい放題だ。
 一見、素直な子供のような彼の計算高い演出に、大人たちはだまされている。

 他人のことは言えないか。私自身、大人社会の中で彼らが求める子供像を演じて生きているのだから。

 アレクサンドリア号が地球を出航した時の空港爆発のニュースを見返していて気になったことがあった。

「レイター、君はどうして空港のこんなところにいたんだ?」

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「え? 遊んでたんだよ」
 レイターの瞳に一瞬動揺が見えた。

「激しいマフィアの抗争が続いていて、民間人は外出自粛していたそうじゃないか」
「俺、親がいねぇから適当だったんだ」

 空港の爆発によって、その場にいたマフィアのガーラファミリーは構成員二十人が死亡し壊滅的な打撃を受けていた。抗争というが相手の姿が見えない。

 何かがおかしい。

 裏社会事情に詳しいメディアにアクセスしてみる。
 今回の第三次裏社会抗争は、老舗マフィアの首領のダグ・グレゴリーが『緋の回状』と呼ばれる十億リルの懸賞金付き殺害命令を出したことが発端だという。

若緋の回状

 その対象人物の命を狙って銀河中のマフィアが探し回り、グレゴリーファミリーの縄張りである地球の街を荒らした。狙われた人物は、空港の爆発事故によって死亡。懸賞金は支払われなかったと記載されていた。
 この抗争でマフィアの勢力図は塗り替わり、結局、グレゴリーファミリーが一人勝ちしたとある。

 嫌な予感がする。懸賞金をかけられて空港で死亡したのは一体誰なんだ。ガーラファミリーの構成員なのだろうか。
 将軍家が持つディープな情報バンクへアクセスする。

 検索データを見た瞬間、僕は思わずまばたきをして見直した。

”『裏社会の帝王』ダグ・グレゴリーが『緋の回状』で殺害命令を下した対象はレイター・フェニックス十二歳。殺害命令発出の理由は不明。”

 十二歳の殺害に十億リルの懸賞金。常識では考えられない。だが、納得する自分がいた。
「生き延びるため」
 レイターはこのふねに乗り込んだ理由をそう語った。

 ちょっと試してみるか。

「緋の回状」
 レイターの前でつぶやいてみた。  

「なっ!」
 思ったとおりだ。レイターはビクッと顔色を変えて固まった。

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 わかりやす過ぎる。
「一体君は何をしたんだい?」
「何をって、な、何がだよ」
「どうして君に十億リルの懸賞金がかけられているんだ」
 レイターが警戒した様子で僕の目を見た。
「俺は何にもやってねぇ。ただ、家出しただけだ」
 家出?

「君はグレゴリーファミリーの一員なのか」
「違う」
「どうもよくわからないな。今、君は家出をしたと言った。それはマフィアから足抜けしたという意味なのか?」
 と自分で言いながら違和感を感じていた。こんな子どもの足抜けに高額な懸賞金が動くわけがない。

「俺はダグん家に居候してたんだ」
「君は何か組織の秘密を知っているということかい?」
「秘密? ……ああ、それで俺、命狙われてんのかなぁ。でも、金庫の暗証番号なんて変えりゃすむだろ」
 彼がグレゴリーファミリーと深くかかわっていることはわかった。だが、十億リルはいくら何でも不自然だ。

 レイターをこのまま地球に返す訳にはいかない。

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 生きていることがわかったら、マフィアの餌食になる。だが、彼を乗せておくことはこのふねのリスクにもなる。

 どうやら僕は厄介な地雷を踏んでしまったようだ。

「頼む、誰にも言わねぇでくれ。もう掃除当番さぼらねぇから」
 レイターが手を合わせて必死に頭を下げる。
 リスク情報を上官に報告しないというのはありえない。だが、この情報を知ったらアレック艦長はどう判断するだろうか。直感で動くあの人の行動を読むのは難しい。

 今、レイターは死亡扱いされ、『緋の回状』も効力を失っている。マフィアがこのふねを狙ってくる可能性はほとんどない。ほとぼりが冷めるまで、動かないのが賢明だ。
「僕は何も聞かなかったことにする」


 たまたまその日、一緒にパトロールへでかけるはずだった僕の相手が体調を崩した。
 アレック艦長は思いつきで僕に指示をした。
「トライムス少尉、レイターをパトロールに連れてってやれ」

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 レイターが常に機会があれば船に乗りたいと艦長にアピールを続けていたからだ。
 やりたいことを口にすれば実現する、というのはどうやら本当らしい。レイターの粘り勝ちだ。
「うわぁい宇宙船だ」
 大はしゃぎするレイターを僕は冷ややかに見た。

 無人小惑星帯の見回り。ゲリラや犯罪組織が拠点を作らないように定期巡回している。
 僕が小型船の操縦棹を握り、彼は普段着のTシャツで隣の助手席に座った。
「なあなあ、俺にも操縦させてくれよ。俺はあんたよりうまいぜ。安心して任せろよ」
 レイターがしつこくてイライラする。大人に対する態度とはまるで違う。

 僕はシミュレーター訓練を見て疑問に思っていたことを聞いてみた。
「君は本物の船を操縦したことあるのか?」

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「ああ、ダグを乗せてよく出かけたぜ」
 やはりそうか。あの操縦感覚はゲームセンターで身に着けたものじゃなかった。
「君は『裏社会の帝王』の操縦士を務めていたのかい?」
「ダグのお抱えパイロットにちょくちょく代わってもらってたんだ。だからさあ、なあ、ちょっとでいいんだよ、ちょっとで。操縦桿を握らせてくれよぉ」
 マフィアにとって無免許操縦は問題にならないのだろう。
 シュミレーターを操る様子からは、かなりの技術があるように見えた。確認してみたいという興味はあるがここは公道だ。

「無免許の人間に操縦させるわけにはいかない」
「ったく、坊ちゃんのくせにケチな野郎だぜ」
 とレイターは舌打ちした。
 ケチな野郎とは、こういう時に使う言葉なのだろうか。自分のことを指されているとは思えないのに腹は立った。

 小惑星帯を抜け、帰ろうとした時だった。

 PPPPPPP…
 突然、警報音が鳴った。

 突然、小惑星の重力場に捕らえられた。
「人工重力か」
「こいつは宇宙海賊の手口だぜ」
 気が付くとレイターは僕の腰につけたホルスターから銃を抜き取っていた。 

「おい、何をする気だ?」
 慌てて取り返そうと手を伸ばすと、レイターは銃のグリップをぶつけて抵抗してきた。
 違う。レイターの奴、僕の手のひらに銃を押し付けて掌紋個人認証を解除したのか。何てことだ、銃が使える状態になっている。
 
「アーサー、下を見てみな、奴ら集まってきやがったぜ」
 宇宙海賊とおぼしき武装した中型船が停泊していた。大気が環境制御されているようだ。甲板に大型銃を抱えた海賊たちが宇宙服を着用せずに出てきた。レイターと揉めている場合ではない。

 僕たちは金目の物は持っていない。海賊らもわかっているだろう。狙いはこの連邦軍の船か。性能の高い中古船は辺境地域で高く売れる。
 僕たちを殺して船を奪う気だ。レーザー弾が飛んできた。

 突然、レイターが窓を開けて発砲した。

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 ぶれのない美しいフォーム。

 海賊の額から血が噴き出した。いきなり急所を撃ち抜いた。銃を持ったまま巨体がバタリと倒れる。即死だ。僕は思わず叫んだ。
「殺すな!」
「あん?」
 大きな目をさらに大きくしてレイターは僕を見た。

「過剰防衛を取られる」
「あんた、甘いな」

 突然の銃撃に、海賊たちが応戦してきた。大型銃から飛んでくる白いレーザー弾を左右の噴射でよける。

 続けてレイターは銃を操った。出力を下げて海賊たちの手元を撃つ。次々と大型銃を使えないようにしていく。
 百発百中だ。彼は揺れながら降下する船から標的を狙うという難易度の高い状態で、的をひとつもはずさなかった。

 訓練の時に感じた違和感を思い出した。基本のなっていない構え。そうだ、彼はわざと的をはずしていたのだ。


 甲板にいた海賊たちは中型船内へと逃げ込んだ。大男の死体だけが倒れている。
 人工重力場からは抜けられなかった。海賊船から離れた場所に不時着した。救難信号をアレクサンドリア号に送る。

「ったく重力場に捕まるなんて、バカじゃねぇの。だから俺に操縦させろっつったのに」
 他人からバカと呼ばれたのは初めてだ。

「突然の重力場に捕らえられたんだ。不可抗力だ」
「逆噴射のタイミングが遅せぇんだよ」
 彼のいう通り、一瞬の判断が遅れたのは確かだった。

「銃を返してくれ」
「ほれ。やっぱ35は重いな。RP20だったら使い慣れてんだけど」
 彼は素直に僕に銃を渡した。その時僕は気づいた。彼は小さな体に似合わず指が長いことに。
「君は本当は銃を扱えるんだな」

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 レイターは見ればわかるだろうという顔をして答えた。
「ダグんとこにいたら銃ぐらい撃てねぇと」
 マフィアにとっては当たり前のことなのかも知れないが僕は質問を続けた。
「これまでも人に向けて撃ったことがあるのか?」
 僕は実戦で人を撃ったことはない。
「そりゃそうさ、他に何を撃つんだよ」
 迷いの無い答えだった。確かに銃は人を殺すために存在している。そして、レイターは殺るか殺られるか、という第三次裏社会抗争を潜り抜けてきた。

「どうしてそれを隠しているんだ?」
「あんた、ほんとに天才なのか? 銃の扱えるガキなんて怪しまれるに決まってるだろが」

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 彼の言うことはもっともだった。
「徐々にうまくなったように見せかけるつもりだから、あんたも黙って協力してくれよ。二人の約束だぜ」
 そう言って彼はウインクした。
 約束と言うのは、一方的に通告するものではない。僕は合意していない。

 救助のためモリノ副長が指揮する中型船がまもなく到着するという連絡が入った。僕たちは船の外へ出てレッカーで引いてもらうための準備を始めた。
 その時だった。 

「危ねぇ!」
 レイターが僕の体を突き飛ばした。青白い光が横をかすめる。レーザー弾だ。レイターが倒れた。肩から血が流れていた。
「レイター!」

 レーザー小銃を手にした海賊たちが近づいてくる。レイターの体を引っ張って岩陰に隠れる。
「あいつらに、とどめをささねぇからだぞ……」
 レイターは僕に文句を言ったが、その声に力がない。

 船の装甲は丈夫だ。入り口はすぐそこだ。中へ入ってしまえば何とかなる。だが、レイターは自力では動けない。


 バリバリバリバリッツ
 爆音と共に戦闘機が近づいてきた。この音は味方だ。
「援護する」
 モリノ副長の声が通信機から聞こえた。

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「アーサー、すぐ船へ戻れ。レイターはその岩陰へ置いていけ。これは命令だ」
 命令? 無理だそんなことはできない。出血がひどい。彼は僕をかばって撃たれたのだ。倒れたレイターの体を背負う。
「置いて、いけよ。命令だろ……」
 それだけ言うと彼の体から力が抜けた。意識を失ったようだ。とにかく急がなくては。彼の身体は軽い。味方の援護さえあれば何とかなる。

 僕は生まれて初めて命令を無視した。彼の体を背負ったまま走り、船へと飛び込んだ。
 ドアを閉める。

 ダッ、ドンッ。
 ドアにレーザー弾の当たる音がして船が揺れた。間に合った。
 レイターのシャツを引き裂き、士官学校で習った止血の手当てをする。

 バルダン軍曹ら白兵戦部隊が小惑星に上陸した。

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 海賊たちは抵抗を続けたが、バルダン軍曹らの敵ではなかった。
「小手調べにもならんな」
 見る間に制圧し人工重力を解除した。

 僕たちはアレクサンドリア号へと戻った。



 医務室に入ると、青白い顔をしたレイターがベッドで眠っていた。

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 医官のジェームズがその横で治療にあたっている。ジェームズは年齢は僕より十歳上だが、士官学校の同期で僕と同じ少尉だ。

「レイターの具合は?」
「傷はそれほどでもないが、かなり出血したからね。君の応急処置が適切で助かったよ。彼は純正地球人だったんだ。輸血が足りなくなるところだった。このふねに純正地球人なんて乗っていないからね。元気になったら自己血を保存させないと」

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 地球人というのはわかっていたが純正地球人とは知らなかった。
「それから彼のDNAを鑑定にかけた。レイター・フェニックスは偽名じゃなかったよ。住民登録ではマフィアの抗争に巻き込まれて死んだことになっていた」
 それは知っている。ジェームズが僕の顔を見た。
「驚かないところを見ると、やっぱり知っていたんだね。アレック艦長は、彼をこの船で面倒見ると決めたようだよ。親も亡くなっていて、帰る家がないというのが本当だってわかったからね」

 ジェームズは視線をレイターの幼い顔に落として続けた。
「彼のいた町はマフィアに荒らされて、それこそ前線のような状態だったらしい。本物の前線とどっちがマシかよくわからないが、彼が地球に帰りたがらない理由もわかったし」

 アレック艦長は詰めが甘い。裏情報までは調べていないだろう。

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 マフィアが街を荒らした原因が十億リルの懸賞金を懸けられたレイターの存在だということや、彼自身そこで銃を持って戦っていたということは。

 僕は艦長室へと呼ばれた。
 姿勢を正して中へ入るとアレック艦長の横にモリノ副長が立っていた。

 艦長の真面目な顔を見たのは久しぶりだ。普段は陽気だがこの人の怒った時の怖さは尋常じゃない。
 強い口調で僕をとがめた。
「アーサー、レイターを置いてこいと命令したはずだ。聞こえていたな」

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「ハイッ」
「命令違反にはしかるべき罰が必要だ」
「ハイッ」
 理由はどうであれ上官の命令を無視したのだ。懲罰房だろうと何だろうと、甘んじて受ける。僕の中に後悔はない。

「トライムス少尉に命じる。あいつの、レイター・フェニックスの教育係をしろ」
「は?」

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 間の抜けた声を出してしまった。
「返事はどうした、トライムス少尉」
「は、はい」

 アレック艦長が大きな口をにやりとさせた。
「四年後、地球に戻った時にハイスクールに入れる程度に勉強をみてやれ。家庭教師という奴だ。天才のお前だ、苦労はせんだろう。勤務時間にカウントしてやる」
 納得はしていない。懲罰房のほうがマシな気がする。だが、そんなことは口に出せない。これは上官の命令だ。僕に拒否権はない。

「わかりました」
「ただし、情を移すな。あいつは死人扱いだ。邪魔になればいつでも切る」
 艦長はレイターの住民登録を修正しないつもりだ。『緋の回状』のことを知っているのか? それとも、ただ面倒なだけなのか。この人の思考は本当に読みづらい。
「下がってよし」

* *

 上官に具申するのはためらわれたが、モリノ副長はアレック艦長に聞かずにいられなかった。
「レイターをこのまま連れて行って、大丈夫でしょうか?」

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 戦闘機乗りのモリノは「銀河一の操縦士になりたい」というレイターをきちんと育ててやりたいと考えていた。レイターをどこかの星系で下ろして施設に預けるのが正しい対応だ。このふねは戦地へ向かっているのだ。生きて帰れる保証はない。

 心配性のモリノの意見を艦長のアレックは普段は重視している。だが、この件に迷いはなかった。
「アーサーのためだ」 
 モリノは思わず聞き返した。
「レイターではなくアーサーの?」

「俺はアーサーのことを生まれる前から知っている」
 アレックは長く将軍家付きの秘書官を務めていた。

 アーサーの母親は高知能民族のインタレス人だ。
 銀河系から離れたインタレス星は十五年前、星としての寿命を終え、高度な文明を誇った十八番惑星はホモ・サピエンスを含むすべての生物が滅亡した。その救出活動にあたったのが当時のジャック・トライムス次期将軍とアレック首席秘書官だった。
 救えたのはたった一人。ジャックは周りの猛反対を押し切ってそのインタレス人の女性と結婚した。世間では世紀のラブロマンスと騒がれた。

 モリノはアーサーが産まれた時の事を思い出した。
 十二年前、将軍家の跡取り誕生のニュースは銀河連邦中で伝えられ、基地では祝砲を鳴らした。

 妃はアーサーともう一人女の子を出産すると若くして亡くなった。
 将軍家の子どもがインタレス人最後の末裔であり天才的な頭脳の持ち主であることは銀河連邦に住む者にとっては常識だ。

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「アーサーは五歳の時には全ての星系の言語を自由に操り、高次方程式も解けた。あいつは天才だ。一度見たものは忘れない。何でもすぐに理解する。だが、一般人のことだけがよくわからない。同年代の友人もいない。上に立つために、勉強させるいい機会だ。実の親である将軍も、扱いに困って俺に押し付けたぐらいだからな」
 そう言ってアレック艦長はカラカラと笑った。

* *

 レイターの傷はすぐによくなり、僕の部屋へと戻ってきた。
「天才坊ちゃん、これからもよろしく頼むぜ」

 簡易ギプスも取れ、食堂でのアルバイトに復帰すると、次の射撃訓練で彼は本気を出した。

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「おい、レイター凄いじゃないか命中率九十パーセントだぞ。この間、撃たれてどうかしたのか?」
 驚くアレック艦長に、彼はうれしそうに笑顔を見せた。
「えへへ。コツつかんだみたい」

 レイターの作戦にみんなが騙されている。彼が僕の方を見てにやりと笑った。目で「二人の約束を忘れるな」と言っている。

 僕は何も知らない振りをしてその場を立ち去った。               (おしまい)  第二話「家庭教師は天才少年」へ続く

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